24 穿鑿隊の剣士
合戦の後の数日の間、衛兵と共に大砲や投石器の片付けを手伝わされる冒険者達。
「本当なんだって、旧市街区のミランダが魔法を使ってたんだ。アンロッテンをバッタバッタなぎ倒して、暗黒戦士3体まで倒したんだぜ?」
「嘘こけよ。賢者フェイルと、外れの魔女だろ?アイツがそんなことできるわけないね。にしても凄かったなあの賢者。インフェクテッドアーマーを単独で、魔法数発でドカンだぜ?」
「俺、目にゴミ入って決着の瞬間が見えなかったんだよなぁ…」
「ハハ、惜しかったなぁ。最後の爆発なんか、目に焼き付いちまったよ。」
ミランダの活躍はフェイルの功績にすり替えられていた。隣の投石器の片づけをしていた彼女の耳に嫌でも入ってしまう。
(少しは門前での活躍も信じられてくれていい気がすっけどなぁ。)
(気持ちはわかるけどね。おかげで、アンタの事が悟られずに済む。)
(いいのやら悪いのやら。複雑だな。)
談笑する冒険者達は、次は俺だと彼らは活気づく。
(ケ~ッ!暗黒戦士ですら怖気着いてたのによく言うさね。)
心の中でミランダは不貞腐れて毒づいた。慣れているとはいってるが、やはり内心は不服の様だ。
(言ってやんなよ。冒険者は夢語ってなんぼだろ?)
(夢よりもまず地に足つけるこったね。中層まで行ったことない連中がさ。)
壁上での作業を終わらせると、彼女は教会の前まで戻った。入り口から左前にはインフェクテッドアーマーに壊され、炎上した廃屋の瓦礫がある。
ふと立ち寄ると、撤去作業は街の衛兵達だった。出城のすぐ近くになるため、区長の管轄になっている。
彼女は目を閉じると、あの時の光景を思い出す。深層の強大な魔物とは言え、たった1匹が入ってきただけで家一軒がまるまる炎上しているのだ。
これ以上の戦力がないとは限らない。防衛力強化は急務だろう。
足元に焼け焦げた皮紐のバックルを見つける。犠牲になった冒険者のものだ。
ミランダが捨てた武器を拾おうとして、犠牲になったダイチという冒険者と、その仲間。彼を弔う人は一人もいなかった。旧市街区内で弓矢で狙撃した彼のパーティーメンバーも反撃の魔法で跡形もなく消え去っていた。
天涯孤独の根無し草の冒険者は多い。冒険の途中で死に別れるものも多く、経験を積むほど、隣で起きる死に対して涙も枯れていくもの。冒険者の一般常識だ。
志半ばで消えていったもの達を思うなら、成功だけが仲間達の弔いになると信じなければ、前に進めない。それはミランダも、ダンジョンで会った心優しい弓使いの青年も、賢者フェイルも同じ認識だ。
それでも、せめてもの情けと、シトリンとクレアはミランダと共に、検問のドアの近くや、燃えた廃屋の前に落ちていた装備の残骸を回収し、教会の裏手の墓地に、新しく小さな墓標を立てて祈った。
3日ほどで作業が終わって、ようやく彼らに日常が戻ってくる。その頃には終息を知った商人達が戻ってきて、中央の商店街もいつもの活気が戻っている。
ミランダは上機嫌で歩く。合戦で拾った暗黒戦士の装備を行商人に売って、かなりの額が手に入った。闇魔法の装備はなかったが、深層で手に入る上質な武器だ。リスクに見合っただけの額はある。
(……ん~む。)
しかし、フェクトは何度となく悩んだ唸り声をあげる。
「どしたんだい、浮かないね。」
(あぁ…合戦の時なんだが…変だと思わないか?奴ら、中央街区の正門を無視して、旧市街区を囲んで襲ってきただろ。)
ミランダは片づけが終わった出城の上で一息つく。合戦の後もあって、今日は衛兵も冒険者もいない休日だ。風は穏やかに木々と光源の草原を揺らす音をたてる。
緑色だった出城の前の平原は黒焦げになっていた。一カ月もすれば緑が戻ってくるが、やはり凄まじい激戦だった様だ。
「あぁ。最悪だったね。ま、アンタの言う通り、一つ家が潰れたおかげで、新しく宿屋が出来る場所が決まったけどさ。」
フェクトは少し考えた後に、ハッキリとした口調で言った。
(…南の川流れでの退避経路、中止にしよう。)
「どうしてだい?せっかくあそこまで整備したのに?」
(いや、道路は道路として、普通に使えるからいいさ。川に橋でもかけることにして、今後も進めよう。問題は避難経路だ。実際に逃げれなかっただろ?)
「そうだねぇ。」
(始めから疑問だった。モンスターが合戦を挑む意図が分からない。街を住処にしたいとか、より多くの命や血が欲しくて襲ってくる。俺はてっきりそう思ってた。であれば、出城と中央の門に攻めてくる。)
中央の門を見ると、全くと言っていいほど戦闘の跡がない。中央側で待機していた冒険者達は、空堀の横から襲撃出来て、いつも以上に楽に終わっている。
「ふーむ…考えても仕方のないように思うけど…」
(逆にだ、この動きが正常だったとしたら?出城を作っていなければ、いつも通り穴のある中央の門に攻めてきていた。するとどうなるよ、今まで中央から侵入したら、貧困街区へ直行してきた恐れがあった。その可能性が捨てきれないんだよ。)
「…確かに、それが本当ならぞっとするよ。」
(だけど、さっき言った通り、住処とか多くの人間の命だとかであれば、人数の少ない貧困街区には全く攻める理由がない。酸性雨や煤の残りで、生き物には有害ですらあるのに。奴らは何が狙いなんだ?)
「さぁ…いずれにせよ、ウチらはシトリン達を安全に逃がす方法を探さなきゃ。」
(その通りだ。アプローチを変えないとな。)
2人は教会に戻り、帳簿と残金の管理を終える。
「さて、行こうかね。」
(どこに?)
「中層さ。リザードマンの体を取ってこないとね。」
フェクトは頭を抱える。
(…忘れてた。うあーまた右手ブッチすんのか。深層のモンスター何体も相手してんだからチャラにしてくれよな。)
「ルーイだって無報酬で協力したんだ。文句言うんじゃないよ。」
(くそ~それを言われると弱い。気が重い…)
「ネストのあとはモンスターの数も減るからね。楽に潜れる今のうちだよ、今のうち。カタナの代わりに約束したろ?ルーイのおっぱい見たくないんかい?」
(…行くか!中層!)
「最低だねえアンタ。ま、いいけど。」
中央の門から出て、2人はダンジョンへ向かった。
「すみません!ミランダさんいらっしゃいますか?!」
不機嫌そうなフェイルが教会に訪れると、ほうきで掃除をしていたシトリンはかぶりを振るった。
「ダンジョンに行きましたよ。」
「むぅ、またすれ違いましたか…!失礼します!」
「ふふふ。ミランダ、また知り合いが増えたんだ。」
フェクトが来てから、彼女の冒険は順調そうで、シトリンは安心した笑顔を見せる。
教会の煤臭さもなくなり、今や来るのに体調不良の人間はいない。彼女はこんな平和が続く様、祈った。
後日。リザードマンの体を奪って、フェクトはルイーディアの家へ向かう。ミランダはいつも通り、中央へ戦利品を売りに行く。
(寝室の拡張ね…部屋汚ね~)
脱ぎ散らかした服だらけだが、唯一壁に掛けてある彼女の装備のローブを見る。紺色のワンピースタイプのローブで、足首まで伸びる大きなスカートに胸まで大きな白い竜の装飾が大きく描かれた魔導士のローブだ。
上等な品なのだろう。アンダーウェア、肌着側の装飾も彫金的な刺繍が施されていて綺麗だ。彼女のナイスバディに着せたら、きっと上品でありながら色気とんでもない姿だろう。
「ベッドも新しいのお願い!あと、裏手にミランダが寝れる場所作ってくれない?勝手に入られるのもう嫌!」
(まぁ…そこはミランダの為にも作っておくか。)
「助かるぅ~!」
枝で木筋を作って、再び土魔法で小石と粘度を盛り上げ、本棚やクローゼットを作る。ミランダがピッキングして中に入らずに寝れる様に、外に簡易的な寝室を作る。
「ありがとうフェクト!」
作業が終わると、彼は暖炉の前でうたた寝をする。変温動物のリザードマンの体に暖かさが染みて眠くなる。
(…作ったけど、多分アイツ使わねえだろうな。暖炉前とかストーブ前って陣取りたくなるんだよね…。)
うとうとしながら考え事をしていると、背中を叩かれた。
「片付けも手伝って!お願い!」
(それは自分でやれよ…。)
「そこをなんとか…!」
そしてまた後日、シトリンの手伝い。ルイーディアは働かずにリザードマンを操っているという名目で同伴する。
「え?この道、使わなくなっちゃうの?」
「普通に行商人の道路として使うそうよ。避難経路は新しくするって。」
「そっかぁ。でもどうして?」
「合戦は、この道の上で戦ったからね。敵が来るのと同じ道は使えないでしょ?」
「そうだねぇ。それじゃ、川下りもなしかぁ…ざ~んねん。カヤックやってみたかったなぁ。」
思ったよりシトリンは好奇心旺盛な子の様だ。ミランダとも劣らない元気なやり取りは、姉妹の様に見える。
「今度は防衛兵器も自力で調達しなきゃなのよね。上は大砲の配備をしてくれないし、作るならバリスタかな。ね、フェクト。」
(そうだった~~~!仕事が増えるぅ~~~!)
思い出した彼は急いで作業を進める。重たい砂利をばら撒いては均一に並べて土を盛る、ローマ式街道をせっせこと作っていく。
「頑張るねぇフェクト。よっ仕事人間!」
「人間じゃないわよ?」
がっくりと項垂れながら、彼は作業を続けた。
更に数日。
フェクトは木炭小屋の横で金槌を振るう。小屋をルイーディアの家と同じように更に拡張した。外から姿を見られることがなくなり、同時に昼間でも熱処理の温度が見える暗さを確保する。
丘陵地帯の高原で仕留めたゴブリンの腕や足肉を、炉の余熱で焼いて骨を金槌で砕き、丸飲みにしている。気分は全くよくないが、リザードマンの体は幸い味を感じない。体を長く保ち、作業をするには必要なことだ。
ミランダが来て入り口でルイーディアと話すと、2人が入ってくる。ミランダは肩に手を乗せて耳打ちした。
「…フェクト、アンタにお客さんだよ。」
(客?)
「穿鑿隊の剣士だって。行商人経由で、ウチがカタナの持ち主だったってバレたみたい。」
以前、カタナを買って破損したものを、中央街の武器屋に持ち込んだ本人の様だ。
「すまないフェクト。教会で、シトリンの前だったから…」
(まぁ…いずれそうなるとは思ってた。今回は何本か売るつもりで作ってるし、今更隠すつもりもないさ。)
一度手を止めて、フェクトは顔を上げる。
(問題なのは、剣士さん本人の方ですねぇ。上級の冒険者は品行方正も求められますが…やはり全員一枚岩というわけには行きませんから。腕の立つ人には変人奇人も多いですし。)
念話で男性が語りかけて来た。ルイーディアも天井を見る様に声に集中する。
(フェイルか…何しに来た?)
(全然あなたに会えないので、ミランダさんの後をつけさせて貰いました。知性の低そうな方との交流はトラブルの元ですからねぇ、同情致しますよ。)
(その態度がトラブルの種なんでは…もしかして前のパーティーもそうやって離脱するハメになったんじゃないの?)
(ふふふ、手厳しい。その剣士さんですが…余り良い噂を聞きませんよ。関係者に手荒な真似をするやもしれません。ミランダさんの判断は正しいですよ。)
前回の合戦で特別功労賞、いわば関係者外のMVPをもらった彼は、街で人気になっている。おかげで鑑定屋も繁盛しているそうだが、既に知っているものの鑑定ばかりをされて辟易し、最近は店を開ける様になった。
彼は未知や珍品を知りたいだけであり、仕事で金銭が欲しいわけではない。今興味を引いて堪らないのは、フェクトそのものだ。
(来た理由は大体わかる。仕方ねえな…お前の勉強に付き合ってやるから、口裏合わせてくれ。)
(今度こそ、交渉成立ですね!先生!)
フェクトはルイーディアを見た。
(ルーイも来る?)
彼女はかぶりを振るった。
ミランダとフェイルが、彼を鍛冶場の中に通す。黒髪の長髪に線の細い二枚目。愛想のいい、笑顔だが、どこかニタリとした不気味な笑顔にも見える。
(…なるほど、なんとなくわかる。こいつは、自分以外の人間を見下している顔だ。生き物を切って喜ぶ人種か。)
しかし、さしもの穿鑿隊の剣士はリザードマンが剣を打っているのを見て驚いたが、すぐに表情を戻す。
(貧困街のミランダ、外れの魔女ルイーディア、賢者フェクト、そしてリザードマン…この距離ならば、全員行けるな。)
首筋や脇腹、狭い木炭小屋の中ながら、最小限で急所を振れる剣筋と身のこなしのイメージが着く。ミランダは警戒して睨みつけ、フェイルは腕を組むふりをして備えている。どちらも油断ならないが、倒せる。そう、黒髪の剣士は確信は出来た。
(最初にフェイルさえ斬れれば、全員斬れ…)
しかし、何故かリザードマンを見た時にだけ、手が震えて柄元へ腕が伸ばす気になれない。得体の知れない恐怖が背中を撫でる。
(なんなんだこのリザードマンは…魔法で使役しているのだろうが…洗脳しているというには、余りにも…ハッキリ自分の意思でこちらを見ていないか…。)
リザードマンの気配が異常だ。ルイーディアもこちらを見ている。手に持った光らせている水晶玉は、全く操作らしい操作をしていないし、そもそも術者が目を離した状態で、丸太の椅子に座り直したり足を搔いたりしている。
(動きが流暢すぎる…本当に操っているのか…?)
蛾の羽に描かれた、気持ちの悪い蛇の目模様を見る様な感覚がする。鱗の隙間ひとつひとつから、無数の目が薄目でこちらを見ている様な錯覚がある。
どこを切っても、こいつは動く、アンデッドの様な気配もある。頭を切り落としても、どこかから目が開いて、首が取れたまま自分に襲いかかってくる。まさに自分が向けている、偽物の笑顔で見られている様だ。
言うことを聞かなければ実力行使をしようと思っていたが、彼は諦めた。
そして商談が始まる。カタナの知識は、日常からたくさんのアイテムを見ているフェイルの鑑定から来たものと設定づけられた。説得力は増す。
フェクトは条件付きで承諾する。カタナの作者は口外しないこと。カタナを安く独占したい剣士としても、都合がいい。
そして報酬は、金銭ではなく、穿鑿隊の人脈だ。上級クラスの冒険者グループなら顔も広い。
「人脈?そんなんでいいのか?金貨だったらいくらでもとは言わないが、結構持って来たんだ。」
「実は私、旧市街区の再興の協力者でして。出城の建設も私の発案なのですよ。言い出しっぺなものですから、武装の薄い検問が突破された時には、やむを得ず自ら出た。ということなのです。」
「はぁ…なるほどなぁ。」
「出城の建設で大工は出ずっぱりです。今も出城の建設で寝泊りする人の宿屋を作ろうとしているのですが…人員が足りていないのですよ。」
「あぁ、それはなんとなく、見てて分かるぜ。」
「旧市街区長に伝えますので、冒険者ギルドからクエストを受ける、という形でいかがでしょう?これが条件です。」
「要するに知り合いのツテで大工をかき集めりゃいいんだろ?建設用の金はそっち持ちで?」
「はい。その通りです。」
「そんな程度、お安い御用すぎて笑っちまうぜ。騙されてるんじゃないかって疑いたくなる。」
「それでも、我々にとっては死活問題なのですよ。実はこの街の領主は、貧困街区そのものが嫌いらしく…人手を一切割く気がないんですよ。だから、バレたらケチをつけられる可能性が高いのです。内密にお願いしたいのですよ。」
「…分かった。俺も冒険者だ。柄じゃないが、取引上の人助けなら、断る理由なんかない。」
「他の冒険者にバレない様に、好きな拵えのサーベルを持ってくれば、それに似せて作る、だそうですよ。」
伝聞の言い回しになってルイーディアとフェクトに見られると、彼は口元に手を当てて目を逸らした。ミランダは外であくびをする。
「よし!約束、忘れるなよ!」
彼は嬉々とした様子で出て行った。だそうですよ、とまで言ったのに気づかない辺り、余り賢くない様だ。
フェイルはカタナを打つフェクトに鬼のような形相を向ける。
「なんで私に何もかも押し付けるんですか!今までのアナタの全責任が私に…!」
(お前から関わってきたんだろ。乗りかかった船、持ちつ持たれつだ。どれほど知識があるったって、俺は正真正銘モンスターだしなぁ?)
「ぐぬぬ…」
(異界の知識が知りたいんだろ?それに見合う様に、知識を共有しないとな?)
「これは一杯食わされましたね…!いいでしょう!相手になりますよ!」
2人は笑みを零す。
(なんか始まった…)
ルイーディアは面倒になる前にその場を後にした。
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