23 合戦2
大盾に蹴り掛かっては飛び退いて距離を取る。少しでも近づけば、後ろの魔導士の射程内に入り、ミランダに向けて攻撃してくる。
かといって盾を迂回して横から回り込もうとすれば、身軽な二刀流が迎撃しようと魔法剣を放ち、避けるか相殺するかしている間に大盾持ちが横から割って入ってくる。
剣を1度振る余裕すらない。ただ近づいては退いてを繰り返す。
「取り入る隙がない…。」
距離を取ってじっと3体を観察する。じりじりと正門に近寄ると、衛兵と冒険者達は狼狽した。
(まずは逃げ回ってるだけでいい!ルイーディアから引き離せ!どうせ攻撃は通じない!)
「わかってるよ。糸口の1つでも見つかればと思ったけどね。ボケボケのアンロッテンとは動きがまるで違う。」
(セオリー通り、魔術師をまずは取らないとな。)
武器を使わず、蹴っては逃げる。木陰に隠れて雷魔法を防ぐ。大盾持ちは言わずもがな鉄壁。二刀流は剣に纏わせた風魔法の真空波を容赦なく振り回してくる。
どうやったって単身では陣形を崩せない。
「ミランダ!出来た!」
ルイーディアの下へ向かうと、身長の倍はある氷柱が立っている。
(ミランダ、弓を拾って柱に撃て!光明撃ちだ!)
「おし!」
彼は精神を集中させる。光魔法の付与をしてミランダは柱を狙った。
「光明撃ち!」
矢が突き刺さると、乱反射した光が周囲を明るく照らす。遠くまで暗黒戦士たちの姿が露わになり、湿った体が硬化する。
ざわざわと周囲から声が上がった。魔法を使えないはずの盗賊のミランダが魔法の矢を放った。
(よし!これで攻撃は通じる!両手もフリーだ!)
「氷の柱を守りながら、だけどね。」
(奴らは光源に対しては動じる気配がない。それは前に確認済みだ。狙ってくることはないはず。)
3匹と同時に戦いながら、攻撃を入れる時だけ光を浴びせるのはとても無理だ。フェクトが魔法を使いながら戦うには、光源の中で戦う他ない。
彼は息を切らし、目線が一度落ちる。
(へぇ…へぇ…出来ればもうちょっと温存したかった。加速の使い過ぎで、参ってきたぞ。)
「あとはどうやって攻略するか…狙うべくは魔術師だけど。」
大盾の裏から魔法、盾をかいくぐれても二刀流が行く手を阻む。魔術師を取ろうと思えば2匹が背後に来る。過去に戦ったテレポート能力を持ったファルシオンの個体よりは、地形の広さも相まってまだ安全に戦える方だが、それでも厳しい。
(アンデッドの癖して、やたら反応がいいんだよなこいつら。大砲が使えりゃノロマの大盾は粉みじんに吹っ飛んで消化試合だったのによ。)
「バリスタぐらい作っておくべきだったわね。」
(それは俺らの仕事じゃねえよ…)
フェクトの爆裂礫でも所詮は小石。金属の大盾ごと叩き潰せる重たい砲弾を発射する大砲ほどの威力はない。スカスカの骸骨に対して弓矢は大した威力にならないから、攻略法は接近して後列を直接狙い、残った相手を叩く以外にない。
「私が魔法を連発して、大盾持ちをくぎ付けにする。2対1だけど、今よりはマシでしょ?私とフェクトの息が切れる前に二刀流をかいくぐって魔術師を取って。」
ルイーディアが前に出る。
「…大丈夫なんかい?」
「こっちのセリフよ。アンタひとりでやろうってんのがまず、無謀も無謀なんだから。そろそろ来るよ。」
3匹は歩み寄ってくる。ルイーディアが炎魔法を構えた。
「しゃあなしだね…行くよ!気合入れな!」
ミランダが構えて加速を始めると、勇気を出した他の魔術師職の冒険者が彼女の後ろについた。
「俺もやるぞ!」「盾に魔法を打ちまくればいいんだな!」
「お願い。」
再び加速で足に風を纏う。
「ファイアボルト!」「ファイアボール!」
爆発する火の玉を飛ばすと、大盾の暗黒戦士は鋼鉄の盾を地面に突き立てた。ミランダは真横へ動き、大回りして回り込む。
二刀流が魔術師の前に出て、迎撃の姿勢を取った。ミランダはブレーキをかけると、足の付与魔法が剣に移動する。
「大回転斬り…!」
(真空裂刃!)
半円の大きな真空波が飛ぶ。二刀流の暗黒戦士も同じ技を両腕で振るって相殺してくる。僅かにミランダの威力の方が大きい。強風が暗黒戦士へと吹き、僅かに姿勢が崩れた。
裏で魔法の紫色の光が見える。前にはミランダの追撃を防御する構えの二刀流。ミランダの攻撃を肉盾として受けてでも、魔法の発動を優先している。
(踏み台にして跳べ!)
クロスガードを構えた二刀の中心を斬り上げ、姿勢を崩すと同時に肩を踏み台にして飛び上がった。その間にも、氷柱の明りと、ルイーディアの火球が大盾にぶつかっては爆発し、絶え間なく周囲を照らす。
杖の先が光ると同時に、フェクトが背面から風魔法を出して、ミランダを空中で前に押した。
(届け!届いてくれ!)
エアダッシュで強雷撃をすんでのところで避け、ミランダは杖持ち目掛けて、空中で武器を振り上げた。風圧でマントが剥がれ、鎧のフェクトが露わになる。
魔術師は後ろに短距離テレポートで後ろへ下がって逃げ、ミランダの剣は黒いモヤを斬る。
「クソ!こいつも!」
(そのまま追いかけて仕留めろ!後ろは俺が何とかする!)
ミランダは更に踏み込んだ。後ろの二刀流が振り返って、彼女の背中を狙うと、フェクトの背面の目が開いた。
(来やがれチクショウ!)
彼は気合を入れて、物理障壁と魔法障壁を同時に発動する。風魔法の付与されたサーベルが真空刃を纏って直に切りつけてくる。2本を全力で止めるが、金色の魔法障壁の粒子があっという間に消えそうになる。
(う…!ぉ…!お、重い!)
防御に割く魔力を更に追加していく。フェクトは魔力を使う度に集中力がガリガリと削れていく。視界に砂嵐の様にノイズが走り出し、意識がチカチカと明滅するように途切れ始めた。
ミランダが追いつくと、魔術師タイプの暗黒戦士は杖で迎撃の姿勢を取る。
「ちっ!」
接近戦での戦意がある。真っ直ぐ向かっていきたいが、直撃を貰うわけにはいかない。踏み込みをワンテンポずらし、サイドステップを一度挟んだ。
杖の石突が、ビリヤードの玉を打つ様に伸びてくる。ミランダの肩に当たるが、彼女は杖の軸と自分の重心をずらしていたことで、素早く体を翻していなした。
「んぐっ!」
しかし、威力は重たい。ハードレザーの上からでも抉る様な痛みが走り、防具の裏で彼女の肩に青痣が出来る。
杖術は棒術や槍術にも通じる技であり、直撃を受けたらただでは済まない。魔術師とて、接近戦の備えはあって当然。
(狙うのは…)
西洋剣術では大型のナックルガードが着いているのが基本だ。杖にはそれがない。
(指だ!)
防御する杖に対して、沿う形で刃を滑らせ、指を切る。振り抜いた剣を手放しつつ、左手で杖を掴んだ!杖ごと腕を持ち上げて姿勢を更に崩しながら密着し、懐からスティレットを引き抜いた。
(獲った!)
肘打ちで上体を逸らし、完全にフリーになった上半身に向けて、スティレットを突き上げる!顎から脳天を突き刺し、持ち上げる様に首をへし折って引き抜いた!
砂になって軽くなるはずが、まだ倒しきれていない。
杖を持つ腕を掴み、後ろに回ってハンマーロックで腕を極めて杖を奪いつつ、飛び掛かる二刀流に対して、盾にする。蹴り飛ばして魔法使いの暗黒戦士にクロス斬りを振らせ、同士討ちで仕留めた。
ミランダは一歩バックステップで杖の先端に手を添えて、魔術師の取る魔法の姿勢を構えた。
「フェクト!撃て!」
(ら…雷撃っ…!)
フェクトは最後の力を振り絞ってバチンと杖の先から初級魔法の雷撃を撃つ。二刀流に直撃した。杖には雷のエンチャントが着いていたおかげか、上がった威力で二刀流が怯んだ。
彼は完全にバテて、目線を落として焦点が合わなくなった。氷に刺さった矢の光が薄れていく。
「げほっ!がはっ!」
ルイーディアが魔法の使い過ぎで、咽て跪いた。最後の火球が盾にぶつかると、大盾の暗黒戦士は盾を手放して、ミランダに反撃すべく振り返ろうとする。
今を逃せば、次はない。一瞬の硬直を見逃さず、杖の柄で、構えの緩んでいる二刀流の手首を内側から外へ弾いて、武器を一本跳ね飛ばした。額に向けて突いた後、杖の石突を口の中へ突っ込んだ。
スティレットを逆手に持ち、素早く距離を詰めて胸に突き刺した。持ち手を変え、大盾の背中に向けて二刀流の暗黒戦士を力いっぱい押し飛ばす。
「んぁっ…らぁぁぁ!」
二刀流と大盾持ちが、重なってぶつかり合い、怯んだ。更にミランダはタックルを繰り出し、左手で持つ、黄緑色のエンチャントが施された風のサーベルを、奪い取った!
「っりゃあ!っらぁあ!んぁ!」
必死の形相で、彼女は斬る!斬る!斬る!姿勢を崩した丸腰の二刀流が大盾兵に背中を預け、風魔法の真空刃が出るサーベルで2人纏めて彼女は滅多切りにする。
「あああありゃあああ!」
最後に一歩引いて、体を一回転させながら全力の武器投げをする。風のエンチャントが刀身に強い竜巻を纏い、凄まじい勢いで深々と暗黒戦士の2つの胴を半分まで切り込んだ。
岩とも思えるほど固い骨。その最も強固な背骨の半分以上に切り込みが達している。
「「ハーッ…!ハーッ…!」」
ミランダは膝をついて、ルイーディアは両手を地面につけ、乱れた荒い息をし続ける。フェクトはうたた寝の様な半目で、瞳孔が開いてピクリとも目が動かない。
全力で滅多切りにして、人間ならば既に血すらないほど切りつけた。
これで立ち上がってきたらミランダに勝機はない。彼女は乱れた息で、暗黒戦士が動かない様に、祈るかの様に下げていた顔を上げた。
暗黒戦士は灰になって崩れ落ちた。
「…何とか…」
「…なった…」
隠れて見ていた衛兵と冒険者達はざわついた。ミランダは暗黒戦士3体を相手取って勝利したのだ。
ミランダは息を整え、マントをつけなおした。早くルイーディアの下へ戻らないといけない。
(ハッ!)
フェクトの意識が戻った。
「起きたかい。流石にしんどかったね。」
(どれぐらい経った?!)
「まだ数分だよ。アンタが雷撃を最後に撃って、なんとかなった。」
(そうか…よかった。)
風魔法のエンチャントが着いたサーベルが2本。雷の杖、火の直剣に土の大盾。ミランダは息を整え、自分の武器と戦利品を回収する。
息が戻ってきた頃に異変が起きた。
ガサッ…
「チッ…新手か…」
再び背後の藪の奥からモンスターが来た。ミランダは振り返って姿を見る。お互いまだ気づかれていないが、人の気配を追っているのか、あるいは門前の松明の明りに寄ってきているのか、気配は真っ直ぐこちらにくる。
余り大きくない一つの人間大ぐらいの音だ。近づいてきて、ヤブをかき分ける音の他に聞こえたのは…。
金属の足音。
合戦もかなり経過したころだ。残っているモンスターも限られる。彼女は驚きの余り、回収していた武器を走りながら放り捨てた。ミランダの弓を手渡そうとしていたルイーディアの下に全力で逃げる。
「冗談じゃない!なんでアイツが?!ふざけんのも大概にしなよ!」
(よく見えなかった!何が居たんだ!?)
「インフェクテッドアーマーだ!みんな逃げろ!」
ふらふらと歩いてくる人型の影が露わになる。フルプレートの鎧と大剣を手に持った、今にも首が真横を向いて取れそうな、板金鎧に身を包んだ騎士だ。
フェクトと同じく、胸の中心から目が開いてぎょろぎょろと何かを探している。血走った目が松明の明りを見ると、ルイーディアと目が合った。
「ひっ…」
目が赤く光って、眼前に光の球体が浮く。フェクトと同じ魔法の予備動作だ。ミランダは考えるよりも早くルイーディアを庇って横に飛んだ。彼女のいた場所に光線で焼けた点に爆炎が巻き起こって周囲の松明を吹き飛ばす。
冒険者達は思わず、風圧に怯み、防御の姿勢を取った。目を開けると、松明の明りが消えていて周囲は宵闇に覆われている。
桁違いの威力の火炎魔法だ。当たれば四肢が吹き飛ぶ自分の姿が容易に想像できる。
「壁の中に逃げろ!急げ!ウチらに敵いっこない!」
ミランダが大声で叫ぶと、冒険者達は悲鳴を上げて検問に入っていく。据わっていない首で、おぼつか無い足取りの騎士が、へっぴり腰で大剣を空ぶると紫色の火花が混じる真空波が飛んできた。要塞の壁に人間の体長の2倍はある抉れた傷がついた。
「急げ急げ急げ!」
ミランダとルイーディアが門を閉めようと、冒険者達を中へ呼び込んだ。ミランダが捨てた武器を持ち去ろうとしていた、最後の一人を待っている。
「バカ捨てて走れ!死ぬぞ!」
インフェクテッドアーマーは、今度は右手を振るいおろす。床に青白い魔法の玉が転がってくる。扇状に地面が凍り付き、冷気が走ってくる。
間に合わない。ただちに門を閉じなければ、蝶番が凍り付いて閉じられなくなる。
「ヤバい!早く閉めろ!」
「間に合わない!閉じて!」
冒険者達は一斉にドアを押した。
「待って!入れて!助けて!」
武器を抱えた冒険者は、ドアを目前に、地面を走ってきた霜を踏んだ。氷が足を這い上がって凍り付き、一瞬で粉々に砕けてしまう。
門が閉じた瞬間、足元から凍り付き始めた。取っ手まで氷が急激な速度で這い上がってくる。慌ててミランダとルイーディアはドアから離れて尻もちをついた。門の裏で、何かが砕け散る音がした。
「そんな…嘘だろ!ダイチ?!返事してくれ!」
「よしな!扉に触ったらアンタが腕が砕けるよ!離れな!」
ミランダは犠牲になった冒険者のパーティーメンバーを止める。他の冒険者達も、ミランダに続いて彼を引き戻した。皮の手袋がすっぽりと彼の手から抜けて、掌をべったりつけたまま地面と平行に凍り付いている。
もう1秒、引っ張るのが遅れたら、五指を手袋の中に残したままになるところだっただろう。
(一体なんだ…この威力の魔法は…)
フェクトは狼狽した。
「急いで隠れて!すぐにでも門をぶち壊して入って来るわ!」
ルイーディアの一声で、一目散に民家や廃屋を盾にする。分厚い木と鉄で鋲打ちされたドアが爆発した。ヤツがよたよたと歩いてくる。
「何てこと…侵入を許すなんて…」
「まだ被害がでたわけじゃないよ。ここで終わらせりゃいい話さ。」
「どうやって!?」
「どうにかしてさ!」
防壁が突破された警鐘が鳴り出すと同時に、鐘の音が鳴る小さな櫓に向けて大剣の真空波を飛ばした。
(聴いた通り、本物は大魔法連発するんだな。怪物め…近寄れるだけ暗黒戦士が有情に思えてくる。)
「お前の兄弟だよ!何とかならないのかい!」
(無茶言うな、俺だって怖くてたまらねえよ!)
一同は民家の壁に隠れて様子を伺う。ルイーディアは杖を握って臨戦態勢になるが、口を押えて咳をすると、鼻血を出した。
「だめ…アタシ、もう魔法撃てない…」
(俺もだ。数発撃ったらまた意識が飛んじまう。)
「かといって、これ以上は逃げらんないよ。この際、建物ごと押しつぶすとかでもいい。何とかならないかい!」
石造りの教会を崩して押しつぶせば倒せるかもしれない。ミランダがそう考えて周囲を見渡していると、中央街側から足音がする。フェクト達は武器を構えた。
「よ、よせ!俺は衛兵だ!」
着火していない松明を抱えた衛兵が掌を見せて止めた。ミランダが銀貨を渡した衛兵だ。
「チッ、今更遅いよ!もう突破された!」
「な、なにが来たんだ?!」
「インフェクテッドアーマーだよ。一匹だけだけどね!」
悲鳴を上げて衛兵は逃げ出した。
「ケッ…使えないね。銀貨無駄にしたよ。」
(街の中に来られては大砲をぶっ放すわけにもいかない…どうしたものか。)
時間がたてば、前線で戦っていた冒険者達や衛兵の大砲が駆けつけてくれるだろう。だが、教会を超えれば復興が進んでいる商店街だ。
出来るならば、古い無住の家屋が並ぶ、今の場所で決着をつけたい。
「中央街の奴らならやりかねないよ!教会がぶっ壊されてもおかまいなしさ!その前になんとかするしかない!」
(だがどうすんだ、疲弊しきった俺達に敵う相手じゃないぞ。)
「多少ものをぶっ壊したってかまわないよ!家ごと押しつぶせたりしないんかい!」
(北の壁沿いに誘導して、投石器用の石を上から落とせばいけるかもわからん…)
考えている間にも、よたよたと本物のインフェクテッドアーマーは歩いてくる。
「おや、これは…」
悲鳴を上げて逃げた衛兵に替わり、鑑定屋の賢者フェイルが松明を抱えて現れる。
「面白い時に会いましたね。」
「あんた、何しに来たんだい?」
「衛兵が松明を探していたもので、お手伝いを。合戦中も営業してるのは私の店ぐらいなもので。」
こんな時にのんきなヤツだと、ミランダは彼を白い目で見る。
「私は既に冒険者ではないので招集はされないのですが…。なるほど、松明を大量に買わせたのはフェクトさんですか。アンデッド対策ですかね?」
(松明はもういらない。もう手遅れだ。)
彼は松明を床に置くと、フードを取った。
「前回の別れ方のままでは、フェクトさんから印象はよくなさそうですし。ここはひとつ、私もやりましょうか。久しぶりにね。」
彼はポーチの中から試験管に入れた緑と青の薬をミランダとルイーディアに手渡す。
「魔法薬かい…また貴重なものを…」
最初から戦いに来るつもりだったろうと、ミランダは睨みつける。
「こういう時にこそ、役立てなくてどうするんですか?」
「貰います!」
ルイーディアは迷わず青い薬を受け取った。微笑みかけると、ミランダも舌打ちしたあとに受け取ってコルクを抜いて飲む。
「お代は…そうですね。」
フェイルはミランダの前にしゃがみこんだ。
「フェクトさんを、私に着させて貰ってもよろしいでしょうか?」
「は?」
「装備できるモンスター、とても興味があるんですよ。アナタの異世界の知識も含めて、ね。」
(俺も疲れて魔法は撃てそうにないが…)
「構いませんよ。どうですか?ミランダさん。」
彼女は一息考えた。すると道の向かいの廃屋の後ろで声がする。
「弓貸せ!」
「オイ、何のつもりだ!」
「あいつを仕留めるんだよ!ダイチの仇だ!あの目玉をぶち抜いてやる!」
さっきの犠牲になったパーティーメンバーが、廃屋の影から弓を引いた。放たれた矢は、目の横で物理障壁の白い粒子に跳ね飛ばされた。
反撃で鎧の中心の目が赤く光って球が浮いた瞬間、廃屋で爆発が起きる。巨大な火炎魔法で吹き飛ばされた。同じ場所に数人隠れていたはずの冒険者達が、一発で壊滅する。
(敵を見つけてない時は常に防御してやがるのか…クソモンスターすぎる。)
「単純な不意打ちで倒せるほど、深層の敵は甘くありませんよ?」
最早考えている時間はない。フェイルが唯一の突破口だ。ミランダは彼を脱ぎ始める。
「乗っ取られても知らないよ!そいつ、ノンケで男の体が欲しいみたいだからね!」
「私の体が欲しいとなったら、それはホモなのでは?」
(なんだァ?テメェ…)
「どうでもいい!なんとかしな!」
ミランダはフェクトを投げ渡し、試験管に入った回復役を飲み干した。フェイルは彼を装備すると、準備運動を始める。
「フィットしますねぇ。」
(うーむ、仕方ない…やるぞ。)
彼がミランダと同じ様に触手をうなじに着けると、フェイルはふとナイフで自分の掌を斬り、触手を手に握る。
(オイ、なんの真似だ!?)
(飲むといいのではないでしょうか?)
(何をバカな…)
染み出た血を吸ってしまうと、彼は動悸がする。意識が一瞬遠のくと同時に、力が漲って目が血走った。
インフェクテッドアーマーが、向かいの壊された廃屋に差し掛かった。タイムリミットだ。視線が通る位置に来ている。ヤツが右を向けば、もう目が合う。
(お…前…!あの生き物の生態を知っているのか!?)
(ふふふ…お礼、期待していますよ?)
フェイルはヒールライトを握りこむ様にして使う。掌の傷が消えると、無造作に歩み寄りだした。
「お、おいアンタ…」
「ミランダ!別角度から行くわよ!巻き込まれる!」
2人は一度後ろに下がってから別々の方向へ展開した。
(勝てるのか?)
「サシでは私も無事ではすまないでしょうねぇ。」
(おいおいおいおいおいおい!!)
「ふふふ…期待していますよぉ!」
インフェクテッドアーマーがフェイルと目を合わせた。目が光ると、フェイルも指先から同じ光を発する。
互いのレーザー光が空中で衝突すると、空中に強い光の点が発生し、彼らの中間地点で爆炎の柱が上がった。ルイーディアは余りに眩しい熱量に、思わず帽子で炎の光を遮る。
(だが、凄い…!これが上級クラスの冒険者か…!今の魔法は…レーザーか?!)
「ふふふ。元、ですよ。」
立ち上る炎でお互いが見えない。火柱が消えたら、また魔法の撃ち合いになる。身構えていると、ミランダが後ろで叫んだ。
「賢者!気づいたことがある!そいつの弱点だ!」
(ほう、なんでしょうか?)
彼の念話が2人に届く。
「そいつは警鐘の音に反応して攻撃した!攻撃対象に見境がない!特性がフェクトと同じなら、挑発と混乱が通じるはず!フェクト!催眠光線を使いな!」
ミランダが思い出したのは、4層で出会った神官の女の挑発で怒るフェクトと、アイボールの混乱攻撃を食らったフェクトだ。
(…試してみる価値はあるぞ!眼前まで近づけさえすれば、だが。)
(分かりました、試みましょう。)
ミランダが通りに出て、壊れたドアの上で指笛を吹くと、炎が収まった。目前に居るフェイルを無視して彼女の方に振り返って真空波を出した。刃の規模はミランダが使った全力の真空裂刃より大きい。
剣の軌跡に合わせて彼女は伏せて避けると、壊れた廃屋の裏へ逃げた。再び大剣を大きく構えると、風魔法の刃が雷を纏う。振り下して飛ばすとミランダのいた場所へ向かい、そして真空波が廃屋の瓦礫に方向転換する。
全力で逃げに徹した彼女は何とか瓦礫と一緒に吹き飛ばされつつも、回避することが出来た。マントに焼けた木片が刺さり、燃え移る。彼女はマントを捨てた。
「いっづづ…くそ!常識外れがすぎる!」
一瞬だが、彼女にはちらっと真空波が見え、雷魔法の青紫色が視界の端に焼き付いていた。
(雷で軌道を変える真空刃…フェクトと同じ、複合魔法か!深層は魔窟もいいとこだね!自信なくすよ!)
後ろに回ろうと彼が歩くと、足音に振り返る。フェイルは足を止めた。彼は透明化を使って、インフェクテッドアーマーから5馬身ほど離れたところにいる。
足音を不審に思い、周囲を見渡していた。催眠光線を使うには遠い。
(ほう…挑発…プロヴォークが有効とはそういうことですか。こいつに明確な攻撃弱点は無いにしても…これは意外でしたね。)
手当たり次第に感知したものを攻撃する、虫の様な習性の様だ。猛烈な攻撃を正面から受けては取り入る隙はないものの、基本はヒトの体だ。追える数には限度がある。
(確かに、知性は高いが、理性的なものは感じないな。)
(よく見ていますねミランダさん。高い観察力は流石の盗賊、レンジャー職として、冒険者としてとても秀でています。)
壁の上にいる衛兵がミランダと目を合わせる。投石器の向きを反転させようと台座を動かしていた。
「よせ!街中に投石器は使うな!今は鑑定屋が戦ってる!ルーイ!使うなら氷か雷魔法だ!足を止めろ!」
燃える廃屋の裏からミランダは叫んだ。
「分かった!強…雷撃!」
インフェクテッドアーマーは、ミランダの叫び声と透明化したフェイルの足音を探して周囲を見渡している。ルイーディアの雷撃が背面に直撃した。
「ピギィィィィ!」
雷撃の直撃で感電し、硬直で直立しながら悲鳴を上げる。酸の霧を吐いた後、今度は雷撃の方向へ振り返る。ルイーディアの方へ追跡を始めた。
(どうやら防御魔法は、注意が向いてるとその方向へしか向いていない様だ。)
(…そのようですねぇ。)
ダメージを受けて悲鳴を上げている間に近づきたかったが、酸の霧の範囲に入るわけにはいかず、フェイルは2馬身ほど前で立ち止まった。
「うわわわ!こっち来るなー!」
彼女は背を見せて逃げた。フェイルは落ちている石を山なりに軽く放り投げ、インフェクテッドアーマーの横に落とす。
音の方を向いて周囲を見渡す。投石の飛んできた後ろを見るが、フェイルの事は見えていない。
周囲を警戒しているうちにルイーディアを見失ったようで、投石してきた相手を探して、きょろきょろとしながらフェイルの方へ歩き出した。
ルイーディアが隠れていると高原の合戦から中央の門を通って戻ってきた冒険者が駆けつけてくる。
「旧市街区の検問が突破されたって!?」
「隠れてて!インフェクテッドアーマーよ!」
「いっ?!マジで!?」
「賢者フェイルが出てる!先輩が何とかしてくれるはずよ!」
救援に来た冒険者達は、ルイーディアに続いて隠れた。超厄介モンスターが出てるとあれば、大多数の中位冒険者は二の足を踏んで当然だ。
じっとインフェクテッドアーマーの様子を見る。近づいて、催眠光線の射程距離に入るのを待つ。
(それで、催眠光線とは…私の知らない魔法ですね?)
インフェクテッドアーマーは背面の目を開いた。見つからなくて捜索範囲を増やし始めている。
(5層のアイボールが使ってくるヤツだ!俺にもできる!近づいて、ヤツの目に浴びせられれば…!)
(敵の技ですか…!興味深い!やはり来て正解だった!)
彼は懐から杖を出す。魔術師の杖ではなく、宝石が散りばめられた指揮棒の様なものだ。
(先輩…因果なものですね。)
ルイーディアはこれ以上なく楽しそうにしているフェイルの顔を見る。
(かつての仲間を殺したモンスターを着て、仲間を殺したモンスターの魔法で、仲間を殺したモンスターと戦う…)
彼の邪悪にも思える無邪気な笑顔は、一体どんな感情なのか、ルイーディアは真剣な面持ちで彼を見た。
彼にはルイーディアが想像していた敵討ちなどという想いは一切持ち合わせていなかった。
フェイルにあるのは好奇心と知的欲求のみ。未知の知識、未知の魔法、未知の技術。それらを求めて冒険者になり深層の途中でぶち当たった壁。
常識外れの魔法を連発してくるインフェクテッドアーマーは、彼にとって、新たな研究の対象であり、次の知識を求める為の1つのステップだったにすぎない。
透明化しているフェイルを探すのを諦めたのか、またルイーディアの方へ向かい始めた。最後に攻撃してきた相手を探しに戻ろうとしている。
「走れ、雪上藻!」
そうはさせまいと透明化を解除し、杖をアンダースローで振ると、青い玉が走って氷の結晶柱が立ちながら進んでいく。インフェクテッドアーマーの足元を凍らせると、彼はまたも無造作に歩み出した。
(まただ、ヤツと同じ魔法…!)
フェクトは驚いて目を細めた。ドアを氷漬けにした魔法だ。一瞬で発生させた氷魔法でありながら、気泡を含まない氷の棘が無数に生えている。
背面の目が開き、姿を現したフェイルを確認すると、炎攻撃の赤い玉が光った。フェイルは同じ魔法で相殺しようとする。
(おっと、その魔法はもう見飽きたぜ!)
胸元でフェクトの蒼い玉が浮かび上がり、フェイルよりも先に発動した。彼が出した氷魔法の軌跡を操作する。
「何?!」
扇状に広がった氷の棘が集まり氷柱に成長して、双方の間に割って入り込む。フェイルは驚いて魔法を中断したが、インフェクテッドアーマーは躊躇いなく攻撃した。
不純物のない氷の柱でレーザーが屈折し、後方の空の彼方へ飛んで行き、遠くの木の枝が爆発して花火の様に空が燃え上がる。
(コヒーレント光が起点なら、氷のプリズムで屈折させれば着弾位置を変えられる!正体は光魔法と炎の複合魔法だ!見切ったぞ!)
「氷で…軌道を逸らした…そんな回避方法が…!」
魔法のレパートリーや威力では、インフェクテッドアーマーに並ぶフェイルの方が断然に高い。しかし、応用力やコントロール力はフェクトの方が高い。
フェイルは心の底から好奇心が沸き上がった。
(これ以上、街をやらせるか!やるぞ近づけ!杖の先から光線を出すぞ!)
「本当にあなたは素晴らしい!異界の知識、ますます欲しくなってきました!絶対に勝ちますよ、この勝負!」
フェクトが目を閉じてチャージすると彼は走ってインフェクテッドアーマーに真っ直ぐ走って接近する。
両手剣を振り上げて、刀身に竜巻と雷がまとわりつく。迎撃するつもりだ。
(私の走力で間に合うか!?)
手を伸ばして杖先が眼前に届くまで、あと数歩だ。
剣を振り下ろす直前に、横から飛んできた矢が、インフェクテッドアーマーの腕に刺さった!
(カタナの破片の矢、持ってきておいて正解だったねぇ…。)
大剣に纏っていた魔法が消えた!フルプレートの目玉はミランダとフェイルの方を交互に見る。どちらを優先すべきか見比べて、そして最も近く、攻撃態勢に入っているフェイルの方を優先した。
しかし、その一瞬が勝負の命運を分ける。大剣が再び風と雷を纏った時には、フェイルの杖は手を目いっぱい伸ばせばアーマーの眼前まで届く。
ミランダは催眠光線が射程に入ったのを確認して両目を閉じた。
「やっちまえフェクト!」
(ヒュプノシスアイ!)
目を見開き、杖の先からピンク色の光を放つと、インフェクテッドアーマーは目の色が虹色のランダム色に変化し、前後の目が同時に開いてあらゆる方向を向きだした。
ミランダとルイーディアは、目を合わせていた時の純度の高い悍ましい殺気から解放される。
「本当に混乱が通った…!」
遠くから見ていたルイーディアが身を乗り出す。無関係の方向に剣を振り、真空波が明後日の方向へ飛んで、酸性雨の痕が残る枯れた木の枝を切断する。
「…勝ったね、これは。」
ミランダは弓を下して、勝利を確信する。
「見ましたよぉ!さっきの氷魔法!」
フェイルは杖を構えなおした
「既に出した魔法の残滓をコントロール…光を氷の結晶の中で乱反射!本当に、器用なものですよ!早速真似させてもらいますよ!フェクト先生!」
フェクトと同じ様に、彼は残っている氷柱を操作した。樹氷の様な彫刻が生え、折れてぶらついている首から、とがった氷の結晶を深く胴体の内側へ突き刺した!
混乱してから、腕の矢や、刺さった氷の痛みを感じていないのか。酸を吐かずに地面に剣を叩きつけて暴れまわりながら、足元に張り付く氷から逃れようとする。
(おっと兄弟!大人しくしてろよ!)
フェクトが刺さった氷の結晶を更に操作し、壊しても壊しても氷が這い上がる。もがくうちに首に刺さった氷は折れた。フェイルは刺さっている氷の結晶の端面に杖先を向け、赤い光を発する。
「描け、流星火!」
インフェクテッドアーマーと同じ、レーザー照射の後に爆発する魔法を首元に刺さる結晶へ撃つ。カッと光が体内へ入り込んだ。
「破っ!」
更に杖を前に突き出した。鎧の内側でボンと爆発して氷の柱が飛ばした酒瓶のコルクの様に空中へ飛ぶ。傷口と鎧の隙間から炎の細い柱が無数に、無差別な方向へ立ち上った!
「のわっ!」
「あつつ…!」
見ていた冒険者達の肩や腕を掠めて延焼する。彼らは燃えた服を叩き、地面に転がって消火する。
「ピギィィィィイ!!」
触手が飛び出た。寄生虫が燃え苦しんでいる。ボンボンと音を立て、肩やふくらはぎが膨らんで鎧の留め金が弾け飛ぶ。フェイルは物理障壁を展開して、飛んでくる金具を弾いて燃える様子を観察した。
「思ったより、よく燃えますねぇ。本体の弱点は火なのでしょうか?」
(ダメージを受けた時に吹きだす、体内の強酸が爆炎と化合して、より勢いよく燃えているんだ…。体内の水分が蒸発して膨れ上がって、肌が耐え切れずに破裂している。)
「その話、あとでよく聞かせてくださいね、フェクト先生。」
(勉強熱心なヤツだ…。)
「賢者、ですから。ふふふ」
彼はメガネをかけ直し、膨れ上がるインフェクテッドアーマーを見て勝利を確信する。
「同種モンスター勝負、見事に先生の勝利ですね。」
(…どうだか。一番美味しいところ持ってっといてよ。)
「ふふふ。」
皮肉交じりにフェクトが返すと、彼は屈託のない笑顔で返した。
膨張が最大限に膨らみ、最後の悪あがきで緑色の光の玉が強く光る。
「ピギャアーー!」
断末魔と共に破裂するように風魔法が吹き飛んだ。フェクトとフェイルは各々の防護魔法を発動し、破片と突風を防ぐ。
溶けた氷魔法の水や青い血の混じった爆風が周囲に吹き飛ぶ。燃える街路樹や廃屋の炎が吹き消され、赤く照らされていた周囲は一瞬にして夜に戻った。
風が止み、焦げて黒ずんだ鎧が形を残したまま、カランと音を立てて崩れる。彼はマントを振り払って服を整え、杖を懐に戻した。何事もなかったかのような、満点の夜空の静けさが戻る。
出城の先から聞こえる砲声も剣の音もなくなっていた。突破された警鐘の音を聞いて集まっていた冒険者達は、ただ一人立つフェイルの姿を見る。フェクトは目を閉じて鎧の振りをした。
「たった数発の魔法で…か…勝っちまった…」
「アレが賢者…すっげえぇ~へぇ~……!」
大歓声が上がると、ミランダが駆け寄ってくる。フェクトは自らバックルを外してミランダに受け止められた。
「あっ!しまった!」
「フェクトは返してもらうよ!」
「…まぁいいでしょう。あとで伺いますからね!」
ミランダは闇の中へ姿を消す。フェイルは冒険者達の賞賛を詰まらなさそうに浴びた。
(ミランダ、どこ行くんだ?)
「忘れたんかい!暗黒戦士の戦利品を取りに行くんだよ!他に拾われちまう前にね!」
(…そうだな!ただ働きは…)
「ごめんだからね!」
2人はお宝を回収して、旧市街区に戻った。合戦の終息を告げる角笛が、無数になり響く。
曇っていた夜空は晴れ、星々と月明かりが祝福するように周囲を照らしていた。
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