20 鑑定屋の賢者フェイル

後日。


中央街ではいつも以上に人の通りが多く、騒がしい。冒険者達からネストの発生報告を聞いて、商人達が慌ただしく動いている。焦っている者もいれば、商機と読んで来る者も。往来が激しく、口論になっている者も多い。

(これぞ冒険者の街だな。)

「あぁ、こうでなくちゃあね。」

2人にとっては治安が悪い方が目につきにくく出歩きやすい。先にウォーピックと小盾を質屋に売る。

「お前、5層に入ったのか。」

「あぁ。何か問題かい?」

「はっ、一人でよくやるよ。ちょっとは色付けてやる。」

「あ?あぁ…」

「しばらく一人にしてくれ。今日は店じまいだ。」

ミランダは店を出た。金貨20枚に銀50。随分と多い。

「いきなりなんなんだか。」

フェクトは何となく質屋の目を見て察した。

(息子さんか何かの遺品だったのかね…)

「ふん。頼まれてもいないんだから、いつも通り買えばいいんだよ。半額ぐらいだろ。」

(言ってやるなよ。)

「冒険者ってのは別れがあってなんぼだよ。涙なんか枯れちまうさ。あのお人よし弓使い君だって、絶対に私と同じことを言うさね。」

彼女は次に黒い模様のエンチャントが施されたファルシオンを鑑定所に持って行った。

「おやこれは…。」

鑑定屋の男は糸目を半開きにして前かがみになる。

「どうなんだいこれ。」

「とても珍しいですね。闇魔法のエンチャントです。」

「闇魔法?」

「今や禁忌ともされている死霊術とも言われる魔法でしてね。国で使用が禁止されている魔法です。どうやって入手されました?」

禁止されていると聞いて、ミランダは鑑定士の手から剣を取り上げた。しっかりと握っていたはずだが、ミランダの盗みの技にするりと奪い上げられる。

「っと、そうはいかないよ。5層のやたら強い死霊剣士からさ。」

フェクトはローブの奥で冷や汗を流す。

「ほう…申し訳ありませんが、その装備は回収させていただきます。」

「あ~聞こえないねぇ?なんてったぁ?」

「回収、させて頂きます。規則ですので。」

「買い取り、の間違いじゃあないかねえ?命がけで手に入れた戦利品を没収されちゃたまったもんじゃない。」

「衛兵を呼びますよ。」

「…果たしてアンタに呼べるかね。」

ミランダが腰に差しているスティレットに手を伸ばすと、鑑定士が机の上にのせている手が、青白く発光した。魔法の気配がしたフェクトはすかさず魔法防護を発動した。

彼女が武器を抜く前に、バチンと雷がミランダの前で弾けた。衝撃で店内の羊皮紙が吹き飛び、ミランダは後へ転倒して後転しながら受け身を取り、姿勢を立て直す。

「ッこいつ!」

衝撃で吹き飛ばされたミランダはふらつきながら武器を構える。

(武器を抜きながら魔法防護!?発動の予兆が見えなかった!?)

鑑定屋の男は動揺して大きく目を開いた。

(一発で魔法防護を破壊された!こいつ、ただのがり勉の鑑定屋じゃないな!)

立ち上がった姿に異様な気配と威圧感を感じる。フェクトは恐れおののいた。

フェクトの魔法防護は全力だったが、相手は低級の低級の雷魔法。鼻をかんだティッシュをゴミ箱に投げ捨てる様なレベルの魔法で、彼の防護壁が一発で消し飛んだ。

(いや、店主は基本引退した冒険者がやるもの!強い方が当たり前か!)

彼女のローブが開いた窓の風で開き、フェクトの目が露わになって鑑定屋と目が合う。互いの持つ剣呑とした殺気が視線を通じて交じり合う。一瞬ながら、数秒に感じる時間だ。

(鎧に…目玉?!まさか?!)

鑑定屋はミランダから目を逸らし、彼女の胸元を見る。ミランダにもその仕草が見えた。

(ミランダ逃げろ!こいつは強いぞ!)

「…その鎧…!いや、念話!?」

(やべっ!聴かれた!)

フェクトは鑑定士の男に声を聴かれてしまった。ルイーディアと同じく魔術師職だ。感受性が高く、多少距離があっても念話を聞き取られてしまう。

「チッ!くそ!」

目を閉じて誤魔化すと、ミランダは踵を返して背中から暴風を出し、外へ逃げる。店内のものが彼の顔に飛んでくる。やむなく魔法で商品の破損を防いだ。

(後ろ向きに風魔法を使って加速した…?!私も知らない魔法だ。)

鑑定士は呆気に取られているうちにミランダを取り逃がす。

「もう来ねーぞバカタレ!」

ドアを蹴って締めると、彼女は全力で走って逃げだした。

(ミランダ…最近評判の旧市街区の盗賊か…あの鎧、インフェクテッドアーマーでは…10層の天然ものはフルプレートのはずだが…)

メガネをかけ直す。けだるそうに店番をしていた彼の目が、輝きだした。

(モンスターを装備する盗賊か……気になる!)


教会に戻って、ミランダは闇魔法の武具をクレアに見せてみる。神職に携わるものなら、何か知っているはずだ。

「闇魔法かい。確かに危険な代物だね。」

「どういう魔法なの?」

「代表的なのは死者を蘇らせて使役したりとかだね。よく神話とかで聴くだろう。武器に付与ってなると、血を媒介に強くなったり、自分を回復したりさ。」

クレアが言うには、文字は回復のルーンの様だ。柄を握ってみて軽く振っても何も反応がないところを見ると、攻撃した敵の血を吸って始めて効果が発生するのだろう。

「リスクもあるってよく聞くけど。」

「あぁ。毒属性や精神汚染魔法は、闇魔法から分岐したものさ。色の濃さからみて、闇属性の純度が高い。ともなると、アンタの心にも跳ね返ってくるかもしれない。」

「例えば?」

「ナイーブになったり、かと思ったら突然、攻撃的になったりね。」

一息ついてミランダは腕を組み、目を閉じて上を見ながら唸った。自分を回復するという能力は魅力的だが…。

(やめた方がいいな。)

「あぁ、これはちょっと。」

てっきり使いたがると思っていたクレアは意外そうな顔をする。

「確かに強いんだろうけど、正しい判断が出来なくなるのはちょっとね。」

(冒険において進退の判断ミスは死を意味するからな。)

フェクトの声はクレアに聞こえていないが、ミランダの意志を聞いてクレアは安心した。

「回収して貰うことにするよ。」

「そうかい。それならよかったよ。これからもそのままでな。アンタは強い子だ。」

ミランダは見栄こそ張ったが、やはり落ち込んだ様子で教会を後にした。

(あれだけ苦労したのに、徒労とはな。)

「あぁもう、そこだよホント、まったくだね。せめて回収費が掛からないところに渡すかな。」

(アイツに頭下げて回収してもらうか?)

「…それは癪だからヤだね。」

貧困街区の商店街の街道を歩いていると、巡回中の衛兵2人がこちらに寄ってきた。ミランダは身構える。

「何か用かい?」

「お前が闇属性の武器を持っていると通報があった。」

鑑定屋の男に通報された様だ。名指しとなると、フェクトの念話はハッキリと聞かれている。念話が出来る人物は、魔術師職でも中位以上のもの。それほど多くはないため油断していた。

ミランダは泰然とした態度で接する。

「そりゃ話が早いね。要らねえから持っていきなよ。」

武器を足元に放り捨てて後ろに下がり、懐に手を添えた。衛兵はすんなり渡した彼女にきょとんとする。

「…いいのか?」

「あぁ。好きにしなね。どうせ売れもしないんだ。」

警戒していると、衛兵は懐から羊皮紙の巻物を出して、手渡す姿勢でミランダに無警戒に歩み寄った。

「それじゃあ、これを持っていけ。謝礼を後で建て替える手形だ。中央街区のギルドに持っていくといい。」

ミランダもきょとんとしたまま羊皮紙の書簡を貰うと、衛兵は武器とマントを持って帰っていった。

「…なんだったんだい、いきなり。謝礼なんて特別なことされたら、他に取り上げられた冒険者からまた白い目で見られるじゃないか。」

(…待てよ、領主は国教とは敵対してるんじゃなかったか?まさかとは思うが…)

「ご明察。」

直近で聞き覚えのある声がすると、ミランダは武器を抜いてフェクトは魔法防護を展開した。周囲を見渡しても、どこにもいない。

「…なんだ、どこにいる?」

(今の声、さっきの鑑定屋だな!?)

「驚いた。まさか本当にインフェクテッドアーマーとは。」

衛兵の通り過ぎた場所に彼は居た。すぅっと虚空から姿を現す。鑑定屋に居た時の古ぼけた深緑色のどてら姿と違い、彫金された装飾の多い白いローブの魔術師だ。

「いきなり現れた…?!こいつも瞬間移動?!」

ミランダは大きくジャンプして距離を取る。

(いや、ずっと目の前に透明で居たんだ!恐らく光魔法!背景を屈折させて透明化していたな!?)

しかし、魔法を使用している相手にまるで気づけなかった。フェクトは直感的に相手の力量を確信する。

「ご名答。なるほど、衛兵の後をつけてきて正解だった。」

(こいつ、俺より遥かに強いぞ…!)

2人は限界以上に緊張する。恐らく格上の相手だ。真正面から戦ったら負ける可能性の方が高い。

「まぁそう警戒しないでください、ミランダさん。アナタは最近評判ですからね。」

「…。」

ミランダはスティレットを抜いて構え、殺気の籠った目をする。部外者にフェクトを知られて生かして帰すわけにはいかない。

「私が興味があるのは、そちらの鎧の方です。驚きですよ、魔物を装備するなんて。念話で意思疎通が出来ているとは非常に興味深い。少し、お話いかがです?」

(…色々と高くつくぞ!)

語彙力のない態度でフェクトは威嚇すると、彼はくすっと笑った。

「っと、これは失礼。盗賊の方ですからね。食事ぐらい奢りますよ。」

「…ふん。」


ミランダは鑑定士についていく。酒場に着くと、2人は対面に座った。

「で、話ってなんだい。」

(そもそも鑑定屋さん、アンタは何者なんだ?)

2人は細く白い目で彼を見る。

「ふふ、そう警戒なさらないでください。元上級冒険者、名はフェイル。ジョブは賢者。鑑定屋も本業です。」

(賢者っつったらルイーディアより上か。それほどの実力者がなんで鑑定屋に腰を据えてる?)

「ま、パーティーと反りが合わなくなりましてね。離反して間もなく…皆、あのダンジョンから帰らなくなりました。」

(…それは、気の毒に。)

「いいえ、冒険者なら必ず通る道です。ご丁寧にどうも。」

「…全属性魔法が使える賢者に釣り合うパーティーなんて、名も知れてる連中になるからね。次を探すのも苦労するだろうさ。」

ミランダはようやく懐に隠していた手を出した。

「それで、話ってなんだい。」

「やはり、その鎧さんですねぇ。話をしている限り、やはり人間臭いし、察しもいい。先ほどの衛兵の話も聴かせてもらいました。」

(国教と敵対しているって話か?)

「はい、その通りです。領主は首都に対抗するための力を集めている。闇属性の武器や異端の技術をね。先ほど、私のところにも来たのですよ。闇属性の武具を買い取るから、横流ししろとね。」

(入れ違いだったってわけか。)

「金が欲しいのかい?書簡はくれてやらないよ。」

彼はバカにしたような大げさなそぶりで手を振る。

「金なんてそ~んなの。私はそこまで困窮してません。家賃ぐらい間に合ってます。」

最後にアナタと違って、と言われてる様な気がしてミランダは眉間にシワが寄る。

(じゃあ、闇属性武具の取引には反対なのか?)

「いいえ、それも違います。もう冒険者も聖職者も辞めた身です。闇属性の武器はなるべくなら誰にも使って欲しくはありませんが、街の許可が下りている以上は私もこれから品物として扱いますよ。」

彼はミランダの胸元を指さす。

「ズバリあなた。お名前は?」

「こいつはフェクトだ。」

ミランダが答えると、彼は体を前に乗り出す。

「単刀直入に、彼を売るつもりは?」

「ない。」

彼女は真っ直ぐな目で即答する。

「なぜ、でしょうか?」

「戦力として必要だからってのと…約束がある。コイツは人間に戻りたがってるんだ。例え完全には戻れなくとも、人間として暮らしたいそうなのでね。」

「では、私が体を工面できるとしたら?」

(それでもノーだ。)

フェクトが答えた。

「なぜ?」

(ミランダの居る貧困街区を救う。人間の体に戻っても、アンタと一緒には要られない。)

「…救う?」

ミランダは酸性雨や出城の件を話すと、彼は目を丸くした。

「…なるほど。私の知らないところで、そんなことが…」

「こんなナリでも、ウチらは正規の冒険者さ。まっとうに人助けしてて何が悪い。」

「うんうん。そうですねぇ。邪魔しちゃ悪い。しかし、異界の未来人とは…うーむ。」

彼はまじまじとフェクトを見る。ミランダはフェクトを隠した。

「女の胸をまじまじ見るんじゃないよ、スケベ。」

「はは、こりゃ一本取られた。まさに魔性の体。」

「か~くだらね。口外すんじゃないよ?」

「分かっていますよ。信じられるのは難しいでしょうし…逆に受け入れられたら、本物を着たがる犠牲者が出るかもしれませんからね。」

ミランダはむすっとした顔で左を見る。フェクトだったから助かったとはいえ、不用心にもインフェクテッドアーマーを着てしまった人物なのだからバツが悪い。

「アナタの事は諦めましょう。ですが、今後もご贔屓にお願いしますね。解らないことが合ったら”私の方が”聴きに行くこともあるかもしれません。」

(賢者にモノを教えられたものかな。)

「ははは。ではお先に失礼しますよ。冒険者フェクト、アナタのますますの活躍、期待してますよ。」

彼は銀貨一枚を残して帰った。

「フェクト、どう思う?」

(言ってることが本当ならいいヤツなんだが…顔が裏切りそう。)

「分かる。」

ミランダは彼が残した分の食事まで平らげてから帰った。

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