19 アメジストのダンジョン 5層
数日後、ミランダ達は再びダンジョン探索への準備を整える。今回もまた深層へ挑むパーティーに追従する形を取った。
早いもので、フェクトが来てからもう3か月は経つ。出城の建設は進んでいて、壁が切り崩され始めてへこみが開いている。
更に彼は魔法の応用力が増した。ミランダの体に合わせて、足に風魔法を纏ってダッシュして走力を上げたり、背面の目から風魔法を使うことで二段ジャンプや空中での方向転換制御を可能にした。
「今ほどアンタを拾ってよかったと思ったことはないよ。」
(これから同じことを何度も言わせてやるさ。)
「言うじゃないかい。」
ミランダは軽くジャンプを二度すると緩やかに走り出す。背面のフェクトの背中から緑色に光る風が爆発し、両足が竜巻を纏った。
深い前傾姿勢で、密度の高い丘陵地帯を高速で駆け上がって行く。すれ違ったゴブリンが乱気流に巻き上げられ、何が起こったか分からない表情をして過ぎ去った彼女を見た。
アメジストのダンジョン 4層
「…今回はシケてるねぇ。リザードマンとオオカミだらけ。それに死体の山だよ。」
より強くなったフェクトと、より入念な準備を重ねたミランダ。2人の前には手強かった中層の敵との戦闘も安定感が増し始めた。
彼女はシャーベットバイトアローが随分気に入ったらしい。刺さった瞬間の姿勢で硬直して倒れるのが見ていて気分がいいのだとか。
血の匂いもしないため他のモンスターも寄って来にくい利点もある。
隣の部屋へ向かうと、過去に自分達が倒した量の倍は死体がある。
(随分な量だな。他が稼いだ後か?))
「いや、これはネストだね。モンスターが一度に大量に召喚される現象だ。この層のネストぐらい上級クラスの冒険者チームならワケないだろうけど。」
死屍累々とした部屋でミランダは立ち上がる。砕かれた頭骨や、鋭い切創。モーニングスターの様な、打痕の痣に刺突された穴傷。複数の武器の死因がある。
(モンスターハウスか。)
「おうちって、気の抜けた表現だね。始めて聞いたよそんな言い回し。」
彼女は死体の山にレイス系の残骸がないかを探す。数枚マントを見つけるが、ネックレスは破壊されて使い物にならなくなっていた。
破片を素材にすれば良質な武器がフェクトに打てるかとも思ったが、リザードマンに憑りつかせる予定もないので彼女はため息交じりに諦める。
ホワイトランプソードと粗宝石の杖は持ち去られている。道中の使い捨てとして持って行ったのだろう。
「あぁそうだ、アンタはまだ知らないんだっけ。これは悪い知らせだよ。ネストは合戦の予兆だ。そのうち表層で大量に、あのアメジストのタケノコが生えまくる。」
(え?!マジ?!)
フェクトは動揺する。出城は建設途中で、しかも切り崩しの作業中だ。防衛力を上げるどころか、自ら壁を崩して自分の手で首を絞めることになっている。
「マジだね。前回はアンタと出会う3カ月ぐらい前だったか。半年おきだから、いつも通りのペースだよ。例外も結構あるけど。」
(…しまったな、酸性雨の早期解決を望む余り、合戦の発生時期の事を考えてなかった。)
「んなこと中央のお上連中も承知だろうさ。いつ発生するか分からないからこそ、即時着工したんだろうよ。」
(手が早いのはいいが、計画性に欠ける。)
「領主の青二才にそんな知能はないよ。連中はいつも導入武器や兵器の事ばっかり考えてる。冒険者より、言うことを聞く衛兵の方が大好きなのさ。」
(冒険者の街なのにか?)
「噂じゃ何年か前に、首都のパーティーでバカにされちまったんだとさ。それ以来、怒り狂って中央街があの様相。銃砲だって敵国の技術だって話だよ。」
この世界が似た様な宗教の歴史をたどっているとすれば、敵対関係も頷ける。シトリンたちは教会の作りから見てキリスト系。14世紀以降に銃砲を主として編成されたイェニチェリは、中東トルコのオスマン帝国でイスラム系だ。
国に対して純度の高い叛意がある。そうなれば、同じ宗教も嫌うだろう。
(坊主憎けりゃ袈裟まで、か…。)
カイル区長と同じく臣下達にも教会の言うことを聞くな、とキツく当たるだろう。公的な依頼は領主の耳にも届き、貧困街区の教会が関われば1銭も払ってたまるかと激昂する可能性がある。
ルイーディアに、貧困街区の門番兵の体調不良の原因を探るべしと依頼を送ったのは、優先度が限りなく低くとも、街の防衛に関わる話だったからだ。
ミランダが思うより、カイル区長はクレバーな人間だ。フェクトからすれば、良好な関係を保ちたい相手に映る。
「ウチら冒険者としては武器が安くなって言うことはなかったけどね。」
(その領主は看過できねえな。いずれ民衆を巻き込んだ上で盛大に滅ぶ。死ぬ前に本を燃やして文化財ぶっ壊しまくって歴史を台無しにするぞ。後世までバカにされ続ける歴史的人権フリー素材の完成だ。)
ミランダは死体の山から伸びる血のりを追う。次のフロアへの坂が見つかるはずだ。
「武力に関してはバカじゃないはずだろうさ。アンタの言う通り、狙いが定まればやりやすくもなる。ただ、問題が一個あってね。」
(なんだ?)
「重要な防衛ってなってくると、衛兵だけじゃなくてギルドに登録してる冒険者も動員されるんだよ。ウチも一応、正規の冒険者だからね。配置は向こうの指示なのさ。パーティーも強制でさ。」
今のミランダは噂が噂を呼んで、少しずつ評判が良くなっている。貧困街区の防衛に直結するともなれば、戦闘には前向きだ。一度きりパーティーを組むぐらい、彼女は許容するだろう。
問題はフェクトの方だ。モンスターを装備しているとあれば、周囲から何を言われるか分かったものではない。
(俺は外していくのか?)
「いや、貧困街区に率先して向かって来るってんなら、尚更手を抜くなんてもってのほかだよ。何が出てくるかわからないし。」
フェクトは腕を組んで喉を鳴らして考える。早期に終わらせる方法があれば、単独で敵将を暗殺するのも手だ。
(合戦の勝利条件は?やはり敵将を取るのか?)
「いや?モンスター共にそんな知能はないよ。全部ぶっ倒すまで続く。少数とはいえ深層のモンスターまで来るってんだから、やっぱり被害も大きくなりがちさ。」
(そういや俺と同じヤツが出るって言ってたな…。早期に終わらせるのは無理か。戦が始まるってんならこんなことしてる場合じゃねえぞ。郊外の川下りの退避ルートがまだできてないじゃないか。)
「こんなことって何さ。重要な収入源だろがい。明日すぐに来るってわけじゃないから大丈夫さね。」
ミランダは次の層への坂へ向かう。
(ここから先は初めてだな。5層の魔物は?)
今までの経験則からすれば、リザードマンや巨大なオオカミ、果てはゴースト系すら手も足も出ない力量の敵になる。
彼女は意を決して踏み込んだ。
「4種類いる。シャドーアメーバにアイボール、透明虫。飛んでる黒いアメーバに、アンタにちょっと似てる一つ目だけの目玉。あとは透明なガラス玉に足4つつけた虫みたいな奴。」
(どれも面倒なモンスターなのはなんとなくわかるぞ。)
「アメーバは黒くて半透明で浮いてる。基本無害だけど、見えにくいし触ると一瞬で疲れる謎生物だ。アイボールは目から状態異常系の魔法を撃ってくるから移動中にばったり出くわしたくない。」
血糊が途切れ、キャンプをした痕跡がある。深層に挑戦する組は、ここで少し休憩していった様だ。
「透明虫は魔法が効かない。動きも遅いけど、頑丈で、鋭い棘をいきなり伸ばして吸血してくる。」
(気になる4種目は?)
「最悪な死霊剣士だね…困ったことに、一番数が多いのさ。戦利品も美味しいんだけど…」
ミランダは5層に到着した。今までと変わって、天井が狭く、狭い通路が続く。ジャンプして槍を真っ直ぐ突き立てれば届きそうだ。少しずつだが、やはり壁の水晶が大きくなっている。
彼女は矢をつがえた状態で歩く。
(だけど?)
「階層のモンスターとも敵対してるのさ。見境なく歩き回って見つけたもの全てをぶち壊そうとしてくる。真っ黒い装束で髑髏顔した魔法も複数使うおっかねえ剣士でね、コイツ以外いないなんてザラさ。」
(弱点は?)
「当然、光魔法。普段は湿って鉄の様に重たい骨なんだけど、強い光を当てると、風化したみたいに脆くなる。そこを衝撃力の高い攻撃をすれば、簡単に砕け散る。」
(この辺から魔法が必須なのは、そいつのせいか。)
「そういうこと。ただ、死霊剣士は確実にエンチャントが着いた近接武器を持ってる。2本狩れれば、ホワイトランプソードとトントンの額だ。」
彼女は鼻からため息をついた。アイボールがそこらへんの天井に張り付いている。何匹か隠れて射抜きながら、ミランダは進んだ。
「…おかしい、敵の数が少なすぎる。」
(近くにいるって感じか…)
鎖帷子を鳴らす様な、鉄音交じりの早歩きの足音が近づいてくる。何度か距離を取って分かれ道を行っても、大きな柱を裏にぐるっと回りこんでも、ずっと足音が後ろをつけてくる。
「お出ましだよ。こりゃどういう理屈かわからんけど、最初から気づかれてるね…。」
ミランダは直線の通路で振り返る。真っ直ぐ1匹、こちらに向かって歩いてきた。
(光、出すか?!)
「まだ遠い!光を当てても怯まないよ!振りかぶった瞬間を狙いな!」
ミランダは弓を引いた。撃つタイミングを見計らう。少しずつアメジストが放つ明りに見え始めた。まだ遠い。フェクトの目からは、6馬身は離れている。
鎧の音が走り出した!黒光りする骸骨が見えた瞬間、ブォンという低い風の音と共に、黒い煙と共に突如として距離を詰め、ミランダの目前に現れた。ファルシオンを既に振りかぶっている。
(わー!?)
「なっ…」
フェクトは驚いて反射的に風魔法を発した。ミランダはつがえていた矢をこぼし、姿勢を崩しながら大きく飛びのいて、一刀両断を回避する。
(冗談じゃねえ!そんなのアリか!?短距離テレポート!?)
「クソっ始めて見るよ今の!」
彼女は踵を返して走り出す。
(もっと距離を取れ!俺だったらアレで目前から後ろを取る!弓も相性悪いぞ!)
「わかってるよそんなの!」
ミランダの方が足は速いが、疲れを知らない全力疾走で追いかけてくる。なかなか距離が離れない。
(このダンジョンでモンスターがモンスターを倒して成長したりすんのか!?特殊個体とかか?!矢を光らせながら撃てば当たるだろうか!?)
フェクトは後ろを見ながら観察する。離れて互いが影に身を隠された状態になっても、目が合っている感覚が収まらない。相手は夜目でも効くのか、ずっとこちらを注視している。
(ダメだ、あんまり逃げたら前が怖い!挟み撃ちされる前に、早期に迎え撃つ!)
息を切らしながら本能的にミランダは考えると、フェクトにも通じたのか、ふたりの息が合う。
「フェクト!」
(分かった!)
ミランダは矢をつがえて後ろを振り返りながら弓を引く。
(光明撃ち!)
矢尻から前方向に閃光を放つ矢が放たれる。木の枝が折れる様な音がして、死霊剣士が硬化した。足音がスケルトンの様な軽いものに変わる。
しかし、暗い場所で光を放つ矢は簡単に見切られてしまう。矢尻を弾かれ、地面に落ちると光が消えた。火を水につけて消す様な、ジュボっという音と共に、また重々しい足音がする。
(クソ、光を当てても普通に動きやがる!)
「言ったろ!こうなりゃスピード勝負だ!走りながらやるよ!」
弓を足元に放り投げてショートソードを引き抜いた。
(加速使いながらレイブライトを出すのは難しいぞ!タイミングが合わせられるかわからん!)
「やんなきゃやられるよ!アドリブ勝負さ!」
(ちくしょー!5層以降は全部こんな調子かよ!)
前かがみに構えると、フェクトの風魔法が足に纏わりつく。ドンと走り出し、姿が見えるとミランダは投げナイフを投げた。
ファルシオンの分厚い鎬でガードし、弾かれる。ミランダはガードの姿勢を解く前に一直線に向かい、全力で攻撃しに向かう。
突きを払い捌かれつつ、しかし彼女は切っ先をファルシオンから離さない。ショートソードを擦らせる様にファルシオンの根本へ滑らせ、ヒルトで互いに刃先を滑らせ火花を散らし合いながら、背後へ抜ける。
勢いのまま距離を取り、互いに見合って再び突進する。袈裟斬り、唐竹、繰り返し交差する度、彼女は振り返り攻撃するまでのスピードを上げていく。
(くそっ!強い!)
どれほどスピードを上げても、正確に防御され、いなされる。数度切り掛かって、ミランダは捌かれた瞬間を狙う。
(交差した直後の…)
攻撃を捌かれる振りをして刀身を軽く当てる様に滑らせ、ヒルトで殴りつける様にファルシオンの鍔を叩き下ろした。腕を下させ、ガードが下りた時に背中合わせになった瞬間、ブレーキをかけてショートソードを逆手に持ち、背中目掛けて、肘打ちするように突く。
(背面っ!)
限界まで攻撃の予備動作を減らし、深手を与えられる突きだ。
しかし、彼女は黒い霧を空振った。
(しまった!後ろ…)
(の上だ!エアバースト!)
フェクトが魔法防護と暴炎と暴風を同時に発生させて、ミランダの後頭部付近を爆発させる。反撃しながら、彼女を無理矢理動かした。
(悪い!音立てた!)
「いや、助かった。この様子じゃ、こいつしかいなさそうだよ。」
(確かにな…水晶のカエル野郎さえ居なきゃ大丈夫か。)
マントをつけた死霊剣士は爆風で吹き飛ばされながらも、何事もなさそうに受け身を取って泰然とミランダを見据え、歩み寄ってくる。互いの服の表面に魔法の炎の残り火が着いて、徐々に光が薄れて、暗い紫色の光源に戻ってくる。
「仕切り直しと行こうじゃないか。」
(そろそろしんどくなってきたぞ!)
「バテる前に勝つよ!気合入れな!」
フェクトが気合を入れ直すと、再びミランダは両足に風を纏う。間合いの数歩先で速度を緩め、同じように突っ込むと見せかけて、間合いギリギリの直前でガードを空ぶらせ、硬直させる。
横へ飛び壁を蹴って左回りに回転斬りで右の脇を狙う。再び黒い霧を空ぶったが、ミランダもワープは想定済みだ。勢いをつけているなら、ジャンプ斬りではこない。先に来る。
バックステップの様なテレポートの使い方。突進する彼女に、突進でのカウンターを狙う。振りかぶっての、真向唐竹!
「んのっぁあらぁ!」
ミランダは身を翻しながら全体重を乗せてショートソードのヒルトで殴りつける様にカチ上げてパリィする。
(コイツの一撃…なんて重さだいっっ!)
お互いの体をぶつけあいながら、分厚いファルシオンを叩き返したが、ミランダは姿勢を崩して、首を捧げる様な前かがみの姿勢になる。相手の方がまだ一歩踏み込める余力を残している。
(クソぁ!ガードだ!)
「っづぅ!」
フェクトの物理障壁とショートソードの鎬で受けつつ、縦斬りを何とかいなすが、2撃目の切り返しが来る。ミランダは刀身でガードするが、ファルシオンの刃を受けた剣の腹が、垂直に肩に押しつけられると、へし折れた。
物理障壁が破壊される限界ギリギリで耐える。それでも通った刃が右肩を掠めて血が滴り、彼女は重たい一撃で跳ね飛ばされた。
「あぐっ…」(んぐっぉ…ぉあ!)
壁を背にして追い込まれる。フェクトの魔法も消え、折れたショートソードも手放して左足はべったりと地面につき、重たく上半身は沈み、走り出すのが困難な姿勢になる。
死霊剣士が脇構えの姿勢で小走りしながら距離を詰めてくる。体が黒い霧に覆われた。ワープの前兆だ。
その瞬間、フェクトの脳裏に電流が走る。世界がスローモーションに見える。今まではハッキリしなかったが、ことあるごとに似たような感覚に襲われてきた。
(まただ、この感覚。やべえって時になのに妙に落ち着いて頭が冴えわたるこの感じ…)
彼の脳裏に声がする。どこかで聞いた、可憐な女性の声だ。
【ミランダを…助けて…!】
その言葉に突き動かされるかの様に、彼の目は黄色く光った。
(見える…見えた!)
瞬間移動は予め攻撃を振りながら、切っ先が触れると同時に実体化して限界まで予備動作を消すのが常套だ。
タイミングは見えている。弾き、姿勢を崩すには重たい一撃さえあれば行ける。壁だ。壁を使う。相手は普段動くはずなんかない壁がせり出してくるとは思わない。
(そこだストーンウォールゥゥゥ!)
フェクトは土魔法で壁から石柱を出した。ミランダの右耳を掠めて、ファルシオンを弾き飛ばしながら死霊剣士の顎にクリーンヒットする。
(レイブライト!!)
彼は目から光を発した。懐中電灯を照らすように90度に広がる埃の軌跡がミランダにも見える。パキパキと木の葉が燃える様に、死霊騎士の体に纏わりついている黒い影が飛び去った。
「っんぅ!」
隙を見つけたミランダは、前転しながらショートソードを拾い、姿勢を直しながら距離を即座に詰める。
「んぁらぁ!っっしゃあ!」
左胸にミランダの突きが入る。更に一歩深く踏み込み、体を密着させて折れたショートソードを限界まで刺し込む!まだ光る目がこちらを見て動いている。
「こんの!タフでいやがる!」
引き割く様に左胸を肋骨に沿って真横に切り裂こうとすると、ショートソードが根本から折れて刃が体の中に残った。
怯みながらも反撃せんと、髑髏の目が一層強く光る。彼女の首元目掛けて飛ぶように伸びてくる腕を、ミランダは折れた直剣の歪んだバスケットヒルトで受け止めた。
もつれ合いながら取り上げられた丸いナックルガードが、ミランダの頭の横で握りつぶされる。鉄を握りつぶす握力と強固な骨。首を掴まれたら一瞬でへし折れて握りつぶされていた。
左肩のタックルで押しながら、左足を右足の裏に引っかけてよろめかせた。懐から緑色の紋様が光るスティレットを、倒れるよりも早く左手の逆手で引き抜く。
全体重を乗せて右の喉から後頭部へ突き抜ける様に突き上げる形で組み討った。
「ぁあありゃあ!」
そのまま柄をてこの原理でレバーを上げる様に持ち上げる。バキっと頸椎が折れる音がして、髑髏の表情が左向きで真上に回転した。
スティレットを引き抜く勢いで、ロンダートで後方に跳躍しながら距離を取る。フェクトも再び物理障壁を展開した。
「はーっ…はーっ…」
死霊剣士は灰になって消えた。黒いマントとファルシオンがミランダの足元に残る。
(ふ~~~…)
「あ…危なかった。」
彼女は息を切らして片膝をつき、物理障壁はふわりと白い粒子が散って消えた。
(肩大丈夫か?ヒールライト使うぞ。)
「あぁ…助かるよ。」
フェクトの触手が肩の傷に近づくと、先端が水色の淡い光を発して彼女の肩の傷が塞がっていく。
(昨日の弓使い君のパーティー、こんな奴を何匹も倒しながら進んでったのか?)
「そういうことになるね…」
(次から敬語だな。こんな苦戦してんじゃ、俺ら生意気な口叩けないぞ。)
「かもねぇ。はぁ…やれやれ…しんどいね。」
ファルシオンを奪い取った。彼女のスティレットと似た模様だが、黒い魔法の印字が施されている。マントも同じ黒い光沢の筋がある。
「エンチャントされてるけど、黒色のは始めて見るね。なんだろう。」
(さぁ…これが瞬間移動の能力だったりな。鑑定して貰おう。)
「高値で売れそうだけど、黒ってなんか禍々しいね…呪われてなきゃいいけど。」
マントを腰のポシェットに入れ、もうひとつぐらい戦利品が欲しいと言って、彼女は弓を回収しつつ6層の探索を続けた。
アイボールが天井からぶら下がっている。ミランダと目があうと、目を閉じて全身が淡いピンク色に光った。彼女は手で目線を切って、ピンク色の怪光線を遮った。しかし、フェクトはもろに見てしまい幻覚に包まれる。
(うお!?転移魔法か!?ここは…教会か?)
全てが黄色い宝石で出来た大聖堂だ。自分に体がある。
(うわお、ファンタスティック。)
結婚式だろうか、鐘の音がする。振り返ったら新婦が待っている。
(…あぁ…中野バーガー…)
新婦の顔をよく見ようと、フェクトは目を凝らした。
「何言ってんだいあんた。」
ミランダは肩紐をぎゅっと抓る。フェクトの眼前の世界が砕ける様に消えて、正気を取り戻した。
(あだだだだ!しまった!幻術か!)
彼女が既にアイボールを射抜いて倒している。フェクトの体の感覚が戻ったが、膝から下が欠損した体の感覚に戻ってしまうのに、彼は少し物足りなさを感じる。
(くそぅ…人間に戻れた気がしたのに。)
「言ったろ、精神汚染系の魔法使うってさ。にしても、アンタ、頭いいのに混乱が効くんだねぇ。」
(…俺モンスターならあっちが良かったな。女冒険者に催眠、実にモンスターだ。)
「こんなところでよくスケベなこと考えられるね。ウチはあの死霊剣士に合わないか、内心ビクビクしておしっこ漏れそうだってのに。」
(俺も出来ねえかな。オラッ!催眠!)
念のためミランダは上を見てフェクトのピンク色の目の光を見ない様にする。
(あれ、これ出来てんじゃない!?)
「は~、くっだらね~…」
しばらくして、もう一匹の死霊剣士と遭遇した。幸運なことに透明虫と戦っている。
(アイツはマントつけてないな。)
「獲物も違うねぇ。」
武器はウォーピックで鉄の小盾も持っている。先ほどのよりも少し体格も小さい。
(個体差っぽいな。やっぱ上位種とか、レベルアップとかあんじゃねえの?)
「いいから戦うよ。あいつの獲物かっぱらって帰ろう。」
透明なガラス質の甲羅を力任せにたたき割っている。反撃で透明な棘が伸び、刺さって貫通はするものの余りダメージを受けている様子がない。
スカスカのアンデッド相手には吸血も通用しない。反撃も虚しくコアの赤い玉が砕かれると同時に、ミランダは素早く駆け寄って後ろを取った。
(鳥山先生、技を借りるぜぇ!太陽拳!)
フェクトが目から光を発すると、ミランダは振り返る前に死霊剣士をスティレットで突き、投げ飛ばす。武器を奪ってウォーピックのつるはしとは逆側のハンマーで頭を吹き飛ばした。
ゴルフボールの様に飛び跳ねた頭が影へと消えていき、体は残骸は灰になって消えた。ウォーピックは砂色に光る紋様が、小盾には白い紋様が刻まれている。
「ぃよし。」
(よし。)
「帰るよ!」
(あらほらさっさー!)
2人はわき目もふらず、全力ダッシュで層を駆け上がって行った。
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