15 アメジストのダンジョン フェクトの体

ミランダは岩の音がした方向へ歩き出そうとする。

(待った。リザードマンの大剣、落ちてないか?)

彼女は言われた通り、倒したリザードマンの大剣を探す。右腕が砕けた方のものが、握りこんだ腕と一緒に地面に突き立っていた。

「片方は戦士のアイツが持ってったみたいだね。で、どうするんだい。」

(短く切り詰めよう。今持ってるヤツよりはマシのはずだ。)

「はいよ。」

(んんん…ムィィィィン!)

目からビームを出して鉄を溶かし、刀身を斜めに切って半分に切断する。

「アンタ精錬所で働いた方がいいんじゃないの?」

(レーザーカット加工機は確かに役に立つかも…)

出来た剣は、柄と刀身が同じ長さで分厚く、ショートソードとしては重すぎる。湾曲しているせいで突きがしにくいのも頂けない点だ。

「重いけど、まぁいいか…ないよりマシだね。」

左手に持って二刀流になる。彼女は一つ前の部屋に戻りだした。

(あれ、戻るのか?)

「聞こえてなかったのかい。こっちで召喚されてたよ。」

(ほーん、じゃあアイツ、隣の部屋まで来てたのか。)

フェクトは水晶の魔物が、部屋を指さして魔物を召喚するのを思い出す。

「さぁ…アイツがいなくても発生することはある。」

(そうなの。)

戻ってみると、リザードマンが2体とウィザードレイスが2体、直剣を持ったナイトレイスが1体いる。

(一本道でこれはキツイな…しかも退路は5層。こっちには遠距離攻撃もないぞ。)

(参ったね…レイス系は本体のアミュレットを盗めば一発だけど、リザードマンがそれを許してくれるとは、とても…)

(小石とか投げて誘導出来ないか?)

(出来て視線誘導ぐらいだよ。一直線だし、今回のこの層は3部屋直線しかないアホみたいな作りだから、音立ててもいい気がするね。まずはリザードマン2匹だ。)

(じゃあ、やるか…爆裂礫。)

(アンロッテンの剣で武器投げから行くよ。こいつはもう使えそうにない。)

(うし。)

ミランダは右手にボロボロの剣を担ぐ。フェクトが心の中で同じ姿勢をすると、目の先から緑色の光玉が浮かび、竜巻が剣全体を覆う。

((せーのっ!))

バビョオッ!

鈍い風切り音と共に剣が回転しながら円状の真空波を発生させながら突き進む。僅かに曲がっているせいか、ブーメランの様な曲線軌道を描いた。

ザンッと音を立ててリザードマンに命中するが、肩を大きく削いだだけで致命傷には至らない。

(くそっ!外した!)

「距離取るよ!」

ミランダは一気に逃げ出した。一斉にリザードマン達が襲い掛かってくる。盗賊の彼女の走力をもってしても降り切れない。早い上に歩幅もある。

レイス系のゴースト達も追従して追いかけてくる。彼女が振り返って距離を測った瞬間、フェクトの目前にアメジストが生えた。

(ミランダ!前!やべっ!)

すんでのところでフェクトが物理障壁を出したが、ミランダの勢いを殺しきれずに衝突した。

「あぐっ…!」

(ぐえっ!)

目前のアメジストにはウィザードレイスが結晶の中に閉じ込められている。左には宝箱、右にはまた新たなリザードマンだ。

(バカな!いきなり増えすぎだろ!)

「う…あ…」

アメジストの柱に強く頭をぶつけたミランダは脳震盪を起こし、足がふらついている。

(まずい…追いつかれる!ミランダ!後ろ!)

「ぐっ…くそ…」

彼女はウィザードレイスのいる結晶に背中を預け、武器を構えた。視界が開けた瞬間、リザードマンを飛び越えて火の玉が3発、山なりに誘導弾の様にこちらに向かってくる。

(嘘だろ!魔法障壁!)

フェクトが障壁を発動するが、3発の爆発が襲い掛かる。ミランダは横へ吹き飛ばされ、転がりながら壁に到達する。

ふらふらと立ち上がろうとするが、もう頭を上げることもままならない。彼女は壁にもたれ掛かった。

魔法をチャージしている光がフェクトの目に入る。しかし、それよりもリザードマンの足音が近寄ってきている。

(魔法!いや、まず助走をつけた一撃が来るやばい!ストーンウォール!)

土魔法で数歩先に壁を出す。足を一度止めることには成功したが、巨体とフランベルジェの一撃で砕け散った。

(クソ、もう一枚!裏にもう一個、アイスウォール!)

更にもう一枚、そして裏に氷のドームを作り始めた。分厚く、透明度が高い密度の濃い氷の壁を、土の壁を犠牲に時間を稼いで作り出す。

爬虫類なら冷えるものには触りたがらない、そんなほのかな期待を込めて、気泡のない氷を生成する。

(まずい!まずいまずいまずい!聞いてないぞ、いきなりこんな量が発生するとか、タイミングが良すぎる!悪意があるぞ!あのカエル野郎、どっかで見てやがるんじゃないのか!?)

「フェ…クト…いまどうなって…」

(俺がやらなきゃ…ミランダが死ぬ!そうなりゃゲームオーバーだ!俺がやらなきゃ…俺が…でもミランダが動けねえんじゃ狙いもままならねえ、どうやって攻撃すれば…)

岩壁が破壊された。ゆっくり生成され、透明度と密度の濃い氷の壁がリザードマンを映す。

(やるか、かめはめ波…?いや……後ろのゴースト連中には届かない。全力で撃つしかないが、使えば俺も体力が切れる…体さえ…)

リザードマンが手で氷を破壊し始めた。生成中の壁が崩されていく。

(自由に動く体さえ…あれば…)

氷が除去されて、腕が入ってくる。ミランダの頭を掴もうと、鋭い爪の生えた手がフェクトを覆って視界が陰った。

(体……)

追い込まれた彼の脳に電流が走る。脳裏に柔らかな女性の声がぼんやりと響く。

【守って…彼女を…】

その声に突き動かされる様に、フェクトの体に力が漲る。

【ミランダを助けて!】

目の色が黄色く、強く発光した。

ミランダを掴もうと、手を伸ばすリザードマンと目が合う。彼は自らバックルを外して、狙いを定めた。


生成中の氷魔法を中断すると、氷魔法の出力を変化させて一瞬で発動する。ミランダから分離し、足元に落下した。

気泡塗れの氷柱がリザードマンの腕にへばりつく。抵抗する暇がないほど、腕に白い氷が素早く這い上がって体を固定し、動けなくして氷の牢屋に閉じ込めた。

もがいて何度砕いても氷が体に纏わりつく。その足元から風魔法を地面に当て、反発力でスライドし、股を抜けてから背後に飛び上がる。

(貰うぞ!体ァ!)

長い首に巻き付いてバックルを閉じた。よだれかけの様に彼は暴れるリザードマンの首元にしがみついて、振り回されながら彼は懸命に手を伸ばした。

(ヤケクソだ!やらなきゃやられる!癒着してコイツになったってかまわねえ!今、全てが終わるよりマシだ!)

右腕が耳の中に入った。リザードマンは氷の拘束を砕いて免れるが、フェクトの右腕は脳に達した。

(ぅオァラァア!)

奥深くに腕を刺し込み、指を伸ばした。リザードマンは全身を硬直させ、大きく目と口を開いて直立して固まった。

ミランダとぶつかったアメジストが砕け、ウィザードレイスが出現する。


バゴン!


リザードマンの手が隣のリザードマンの顎を殴り飛ばした。殴った個体は、フェクトと同じ黄色く光る目が残光を描いている。

(なんだかよくわからねえ感覚だ。五体不満足の右手の先から、冷え切った新しい五体が繋がっててよぉ…)

右手の指の感覚は消え去って、新しい体になった。胴体が二つある、まるで手を繋いでいる人間の様な、双胴の飛行機の様な言葉に表せない奇怪な感覚だ。

(ベトちゃんドクちゃんってこんな感じだったのかなぁ!?うおぉぉぉぁぁぁ!)

「ゴアアアアアア!」

フェクトは思い切り叫ぶと、リザードマンが共鳴するように叫んだ。3つの目が黄色く強く発光する。隣で肩肉が削げているリザードマンをフランベルジェで叩く。叩く、叩く、叩く。

切り方も滅茶苦茶な上、剣の切れ味も悪いせいか、ただの殴打となって余計剣が曲がっていく。

「うぅ…フェクト…一体…?」

無我夢中になったフェクトは、リザードマンの肉体で右手に爆発するような何かを集中しながら拳打を繰り出した。ヒットと同時に火と風魔法の暴風が吹き荒れ、殴り飛ばす。

水晶に重たいリザードマンの体が叩きつけられ、ヒビを入れた。水晶の中の影がスッと階下へ隠れていく。

(あとはレイスどもだけだ!ネックレスさえ奪えば!勝てる!)

ふよふよとクラゲの様に追跡してきたナイトとウィザードレイスへ向けてダッシュする。

「豌キ繧郁イォ縺!」

氷柱が飛んでくる、腕でクロスガードしながら、魔法障壁で弾道を反らし、首や肩を掠めながら接近した。

「ブシャア!(分かる言葉で詠唱しろ!お化けめ!)」

ケダモノらしい叫び声と共に腕を振り下ろしてネックレスを掴み分捕り、チェーンを引きちぎる。更にナイトレイスに対して突進する。淡い銀色に発光する剣が、フェクトの本体を狙って突きが飛んでくる。

クロスガードで腕に刺し、無理矢理剣を取り上げてネックレスを奪った。

(…うおおおおおおおおおお!!!!!!)

「ブオオオオオオオオオオオオ!!」

フェクトが雄たけびを上げた。立っているのは、彼だけだ。息を切らして腕から剣を抜き、1分ほどその場に立ち尽くす。痛みの少ない傷口からボタボタと血が滴るが、回復の早い爬虫類の特性かすぐに血が止まった。

彼の目から黄色い光が消えた。

(やった…!何とか…なったぞ!)

「フェクト、アンタ…」

彼女は後ろからフェクトの暴れぶりを見ていた。ようやく鈍い痛みが収まって、走れる様になる。

「ヴェゲレシャ!ベシャグルゲシャ!(ミランダ!大丈夫か!)」

彼は身長を合わせる為に四つん這いになって彼女に近寄った。

「なんとなく伝わるけど、全然喋れてないよ…」

「ブシュルルルル…」

がっくりして項垂れると、ミランダは笑いながら頭を優しく叩く。

「今回の4層の一本道地形、思ってたより危険だ。さっさと戦利品を漁って帰ろう。」

いつもなら撒いて出直せるのだが、一本道で少し広めの部屋が5つだけの地形では、召喚されて出くわす敵の密度も上がる。単純な地形では、どこからでも敵が沸くとなれば挟み撃ちもされやすい。

ミランダの提案にフェクトは頷いた。ナイトレイスの剣やネックレス、ウィザードレイスの杖を回収する。リザードマンの体は重量物もなんなく持ち歩いていける。フランベルジェも足しにすべく、全て回収することにした。

「フェクト、ほれ。とりあえず隠しときな。」

レイスの抜け殻のボロボロのマントを3枚彼に巻き付けた。

「脱出して、アンタは壁外のルーイのところに預かってもらおう。その体じゃ、今まで以上に悪目立ちしてヤバいからね。」

頷くと、彼女は喉元のフェクトの目に顔を近づける。

「体が手に入ったからって、ルーイに襲い掛かるんじゃないよ!」

言われると思っていたが、フェクトから見れば、乗っ取った体は中途半端だ。脳を接着した右腕は完全に癒着して五感も全て共有できているが、未だに本体は鎧の部分。

ちゃんと人間の体になってからスケベしたくもあるし、なんならインフェクテッドアーマーの状態で乳房に張り付いて全身でおっぱいに挟まれたいのだ。

(俺様の高尚なスケベ心が分からないのか)と、彼は嘆息する。

「ちょっと、なんだいその態度!なんかムカつくね!」

スネを蹴ってもビクともしない。ふふんと彼は小ばかに笑って走り出す。


浅層でザコに絡まれることもあったが、難なく無事に脱出した。時間は夜。時刻は9時ごろだろうか。東から差す月明かりが綺麗で、足元がよく見える。

「ちょうどいい。明るいし、このままルーイの家に押しかけて泊まろう。夜中の壁外なら人の目に触れられずに行けそうだ。」

ミランダはフェクトの手から、ナイトレイスの持つ剣を抜いた。闇の中なのに刀身が白く淡い輝きを発している。装飾品も美しく、薄く、しなやかで薄く長く作られたロングソード。

「ふふふ。コイツはね、ホワイトランプソードって呼ばれてんのさ。霊的な魔力で物理を貫通する剣でね。熟練の冒険者でもここ一番で取っておくヤツが多い。厄介な甲羅持ちとかに剣士独力で通じるからね。」

フェクトのリザードマンの腕にも、ケーキに入刀される様に静かに痛み無く刺さった。重さのない幽霊が持つ剣故に、切れ味に最適化された武器の様だ。

「数回切ると、魔力切れで壊れちまう。買い手が尽きないから、べらぼうに高く売れるんだ。それが2本も取れるとはね。今日はついてるよ。」

フェクトが松明を持ち、2人は下山する。何事もなくルイーディアの家に着くと、荷物はミランダに全て預けて彼女は何度もノックする。

寝ているのか、まるで応答がない。

「…ダメだね。あの寝坊助。悪いけど、家の裏のヤブの中でいいかい?」

フェクトは頷いて答える。ミランダはピッキングして勝手に入ると、暖炉の火を灯した。

「それじゃ、また明日。」

ドアを閉じて戸締りすると寝転ぶ音がする。彼はすぐ裏のヤブの中で、ボロボロのマントにくるまって眠りに着く。

(喋れないのは…嫌だな。やっぱり人間がいい。)

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