13 アメジストのダンジョン 2層 3層

アメジストのダンジョン第2層

出てくるモンスターも変わり、見ただけで女の子は失神しそうなジャイアントスパイダーがゴブリンを食っている。

1層のネズミやゴブリンでは体躯が小さく、まずウェイト負けしている。重たい武器は持てず腕のリーチなどもない。小さな短剣で切り掛かったところで、急所でも貫かない限りはまず勝てないだろう。

(これは地表に出てもくるな。放っておいたら最終的に地表も深層の連中ばっかりになるんじゃないのか?)

「そんなの考えたくもないね。でも言われてみりゃあ、下から強いのがどんどん溢れてくるはずなのに変だねぇ。」

(合戦も大半がザコなんだろ?の割には、食物連鎖を無視して連携して襲ってきてるんじゃないか?)

「そういえば確かに…考えても仕方のないことだけど。」

(ルーイはその辺が気になってるのかもな。このダンジョン、生きてると言ってたが、意志までありそうだぞ。)

「やめてよ。おっかないこと言うね…。」

彼女はゴブリンから奪ったナイフの刃を摘まんで振りかぶった。

(まだ遠いね…)

(動きは鈍いな。風魔法で飛距離伸ばせるか、やってみるか?)

(ちゃんと頼むよ?)

(分かってるって。)

ミランダの動きに合わせて、自分も同じ動きをする。彼女の右腕に緑色の竜巻が、指先へ向かう様に巻き付く。

((せーの!))

サイドスローで投げたナイフが回転しながら飛び、ジャイアントスパイダーを上下に両断し、壁に突き刺さった。

(いよし!決まった!)

(あとは瞬時にできる様になるだけだね。)

(君のスピードについていけるか、正直言って心配だよ。)

(気合入れな。)

その後も彼女は隠れ忍びながらダンジョンを進んでいく。1層に居たのはゴブリン、ウェアラット、ポイズントードの3種。

2層ではジャイアントスパイダー、ポイズンマンティス、スティングバグ、ダイオオイタチ、サイレントクロウ。肉食の虫系が多い。

(気分が悪くなりそうな階層だな。頼むから組み伏せられないでくれよ。)

「男の癖に虫触れないのかい。」

(昆虫なんてウンコ触るようなもんだろ。ダンゴムシが犬のウンコに集ってるのみたことないのか?)

「気分悪くなること言うんじゃないよ…」

彼女はため息交じりに歩く。

「しかしなんだ、見た目はアレだけど、誰かと喋りながら冒険出来るのも久しぶりだね。もっと明るい話題にしたいよ。部屋の整理手伝ってる時のルーイみたいだ。学者肌だよねアンタ。」

(そうだな~。明るい話題かぁ…)

「前世は学者だったのかい?」

(…だったと思う。なんでだろうな、自分の事は蓋されたみたいに思い出せないんだ。)

「じゃ、他人の事はどうよ?学友とかいるんじゃないか?」

(うーん…あぁ、いるな。オオサキ、マツダ、ジョニー、ヘクトゥス、サワダ、アマンダ…あれ…)

彼は腕を組んで思い出すが、妙だ、いつ、具体的にこの時代に来てから何年前の友達だったか思い出せはするのだが、頭がこんがらがってくる。

「どした?いいじゃないか、友達いっぱいで…」

(…あれ…俺…me?ich?んん?)

「…本当にどうした?」

(変だ、俺…何回転校して小学生をやったんだ…?)

記憶の波に引っ張られる様に、意識が遠のいていく。

(え?中学卒業は…専攻…部活は確か…やった、やってない?彼女は8人いて…妻は5人…名前は…ミラ…ケイト…ハナエ…違う…俺は…40歳の誕生日を8回迎えている…)

違う国の景色が何度も入れ替わる。確実に覚えているのは、地球という惑星の国であったこと。

(勤務先は…学校、病院?市役所…工場…あれ…20歳の時の勤務先が…10個はあるぞ…)

「…クト!フェクト!」

(…っは!?)

彼は白昼夢を見ていた状態から正気を取り戻した。

「大丈夫かい?ブツブツ言い出してから、ずっと目が虚ろになってさ。」

(…え?)

「もう3層に入ってる。警戒しなよ。」

気が付けばもう5分以上経過していた様だ。敵に襲われていたらと思うとぞっとする。彼は瞬きして気を取り直す。

(あ…あぁ…ごめん。どうにも、前世の記憶が…思い出そうとするほど訳が分からないんだ…知識はハッキリあるはずなんだが…)

「そうなのかい?」

(…まるで、何人もの人生を夢に見たみたいだ…住んでた場所が滅茶苦茶で…あるだろ、場面がコロコロ切り替わるカオスな夢。)

「あるけどさ、今は冒険中だよ。しっかりしなね。前世がなんだろうとアンタは今、鎧のフェクトなんだからさ。おっぱい好きのドスケベの、ね。」

ミランダは何かを察知するとすぐに岩陰に隠れた。

(スケルトン?いや、ミイラか?脱出する時には見なかったな。)

「あの時は来た道を一気に戻ったからね…。あれはアンロッテン。まぁミイラ戦士の認識であっているね。」

彼女は小声で応答する。耳は良くない様だ。4~5人の集団で巡回するように歩いており、剣士や弓兵、魔術師タイプもいる。胸当てや兜といった一部の防具を着ていて、アンデッドにしては流暢に動く。足音が結構大きい。

(ミイラにしちゃあ、体重がありそうな足音だな。鎧なんて着ようものなら崩れ落ちそうなはずなのに。関節の動きも、なんていうかその…)

「ジューシー?」

(そう、それ。ミイラにしちゃ瑞々しすぎる…。なるほど、アンロッテン、腐らずか。)

ボロボロだが、両手斧を持っているヤツまで居る。

(順当にモンスターも強くなっていってるな。ありゃ食らいたくない。)

「真正面から戦えれば大したことはないけどね。基本的に集団なのが面倒だよ。」

3層はアンデッドのアンロッテンに、人形兵だ。

(人型になるのが3層目か。思ったより早いな。)

2層の巨大な虫系モンスターは、毒や牙は強固で金属をも貫くが、自身の殻が重たく動きが鈍い。見た目は頑健そうだが、多関節の節は衝撃に弱い。

アンロッテンは両手斧や大槌といった重量のある武器を持っている個体と、魔法を使える個体がいる。知性が消えた、冒険者の劣化パーティーといったところか。

勢いをつけて叩けば、2層のモンスターは節から砕けるし、大体の魔法にも脆弱だ。

(順当にモンスターが強くなっていってるな。さっきのスパイダーに食われてたゴブリンを見るに、1層上のモンスターは次の層にはまるで歯が立たない。そんな感じか。)

「そういうこった。楽できるのは3層までだよ。戦利品は大したことないけどね。」

(戦闘能力のインフレが早いな…何層まであるやら。)

ミランダは隠れながらモンスターの視界を避けて進む。時折石を投げて視線を誘導し、横を通り抜ける。

(先行していった連中が居るにしては、多いな。)

「道を違えてるみたいだね。引き返そう。少ない方や死体のある方に行けばいいのさ。浅層は出口を見つけ次第に最短を突っ切るからね。」

(弱点は?)

「ダメージ的には火が弱点…だけど、使って欲しいのは雷。人間と同じで、痺れると直立して硬直するから動きを止められる。」

(筋収縮か。分かった。雷撃だな。)

彼女は来た道を戻り、別のルートを探す。

「うーん…」

(こっちの方が多いじゃんか。9匹…2グループもいるぞ。)

「いやでも、道はあってるみたいだよ。先行連中は、無視して強行突破してったみたいだね…」

のぞき込んでいる部屋の先に、下層へ続く坂がある。

(どうする?迂回するか?)

「いや、どうせ帰りにも会うことになりそうだ。ここでやっちまおう。さっきと同じ、風魔法の投げナイフで先手を取る。狙いは魔術師から。」

彼女は右手にゴブリンから奪い取ったナイフを持った。

(よし。)

「弓に注意しな。防御、頼むよ。」

(分かった。投げるぞ、せーの…)

「…ッシッ!」

円盤の様な緑色の刃を纏った投げナイフが弓兵の腕を掠めながら魔術師の首を取った。同時にミランダは走りだし、もう1グループの魔術師へと突っ込む。

弓兵が弓を弾き絞った。

「フェクト、物理障壁!」

(んぬっ!)

彼が出した白い煙の様な防壁に矢が弾かれた。ミランダはそのまま直進して詠唱を始めた魔術師のアンロッテンに接近する。

魔術師の杖に狙いを定め、タックルしながら分捕った。倒れ込むアンロッテンの上半身に対して、肩から背中にかけて体重を乗せて同時に倒れ込む。バコっと首がへし折れる感覚がする。

(どわ~!目が回る!)

ミランダが自分の意識外の動きをするせいで、フェクトは目を回してしまう。

(これで2つだ!)

武器を奪いながら前転の受け身を取り、ミランダは敵位置を確認する前に壁へと走り出す。ドスドスと彼女の居た場所に矢が飛んできた。

ブレーキをかけて止まると、戦士タイプが襲ってくる。両手斧の振り下しの一撃をバックステップで避け地面に突き刺さる、更に来る剣士の突きを杖で払いのけるようにいなす。

杖を地面に突き立てて、体重を乗せ、顎に回し蹴りをする。アンロッテンとは言うが、生身の人間より耐久力はない。首が一回転すると、倒れた。

(これで3!)

更に剣士が襲い掛かってくる。

(ぬぅ…雷撃!)

フェクトの雷撃が両手持ちで振りかぶった剣士の動当てに直撃する。ミランダの言った通り、全身が一瞬硬直して両足が止まり、もつれる様に前面から倒れ込んだ。

「サンキューフェクト!」

両手斧を引き抜こうとする両腕の合間に入って懐に潜り込んだ。背中を腹に合わせると、ドスドスと背中に衝撃がする。彼女を狙う弓兵の矢が、両手斧持ちのアンロッテンの背中に突き刺さった。

両腕の内側をメイルブレイカーの刃で押し当てながら勢いよく引き切る。切断には至らずとも、皮一枚で垂れさがるまで切り込んだ。

(これで4!)

アンロッテンの壁から飛び出て、彼女は弓兵の下まで走った。

(ハァ~…広雷撃!)

次の矢をつがえている弓兵の集団に雷撃を放った。一度に3匹の弓兵が痺れて矢を手元から零す。ミランダは飛び蹴りの追撃を見舞った。

弓ごとへし折って吹き飛ばして倒し、残りの2体にも蹴り技を繋げていく。手に回し蹴りをして弓を弾き、武装を解除するとすかさず最後の弓兵をスティレットでコメカミを突きさし、柄を引っ張って首を反転させた。

(5!)

倒れた弓兵のうなじを踏み潰す。

(6!)

手ぶらになった弓兵の手を掴み、顎からスティレットを脳天に向けて突き刺した。そのまま真上を向かせ、更に逆手に持ち替え、押して真後ろを向かせる。

「これで7!」

弓兵の掃除が終わると、あとは動きを止めた剣士2体、両腕を失った両手斧持ちが1。距離はまだ遠い。

(雷撃!)

バチンと剣士に当てると、ミランダは電撃で痺れて倒れる前に剣を奪い、蹴り倒す。走ってくる1匹が彼女と相対する。

単純な振り下ろしを奪った剣の腹で受けた。火花が散り、彼女は斬撃を捌く。二の手でお互いに振りかぶり鍔迫り合いになった瞬間、彼女は剣を手放し、横に身を翻した。

アンロッテンの足を掬い上げ、うつ伏せに転ばせると彼女はスティレットで後頭部を突きさし、横に向けてへし折った。

「八つ!」

最後に再び立ちあがったアンロッテンに向けて、フェクトは魔法を向けた。

(氷撃!)

ミランダの胸から大きな氷柱が一瞬にして生えた。風魔法で押して吹き飛ばすと、剣士の喉元に深々と突き刺さる。

「九つ。」

彼女は剣を拾って、両手を失ったアンロッテンの後頭部へ投げてとどめを刺す。バコっという鈍い音と共にアンロッテンは倒れた。

両手首を切り落とした段階で、戦闘不能としてカウントしていたからか、彼女はため息をつく。

「ふぅ、一丁上がり。」

(流石ァ。俺の出る幕、実は殆どなかったんじゃないか?)

「まぁね。でもおかげで楽が出来たよ。いつもはもっと時間をかける。」

落とした武器を拾うが、状態は良くない。売り物にはならなさそうだ。剣を1本、弓矢を拾って手に持ち、彼女は次の層へ向かう。いよいよ稼ぎ場所の中層だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る