10 復興作業中
5日後。
マスク着用と飲料水確保は、出城の計画前からクレアとシトリンが区民に走り回って周知させていたこともあり、集会の声かけをしに行く人達、皆が徹底してくれていた。
声かけの最中、商店街の状況を見て、すぐにでも建て直せそうな物件や、仕入先。宿屋の新築が出来そうな開いたスペースなど、経費を節約できそうなところを洗い出す。
既に飲料水を変えたことで体調がよくなりだした者もいる。
シトリンの体調もよくなり、教会で集会が開かれた。出城の計画、商店街の復興、宿の新築、そして避難経路の確保。
当然、ミランダがリーダーとして取り仕切ることになる。元、ではあるが、中央からの協力者としてルイーディアが着き、公ではないものの、区長には既に伝わっている。
事後報告になる形になってもいい、とにかく新しいことをやる際は区長に計画と報告だけは怠らない様に。区長はそう釘を刺した。
貧困街の人間はミランダと同じ盗賊のマスクをしていることで変な噂が立ち始めた。
同時にミランダが街区を取り仕切っているリーダーだと、盗賊ギルドの結成だとか。印象は悪いが、当たらずとも遠からずというのが悔しいところ。
形はどうあれ単身でいたミランダに権威が生まれ出したことに他ならない。出城の建設や復興が上手く行けば、彼女の声は中央まで波及するだろう。
復興開始。まずは住民と共同で、過去に表通りであった商店街でガタボロになった家屋の片づけを始める。
10日後。
商店街の食材店1号店が復活した。当然、仕入れるものは食料だが、困った事に農民がいるわけではない。
納入や品揃えは、全て行商人便り、つまり金を積んで解決する形になってしまう。中央から離れた往来の少ない場所での販売となると利益分の物価も上がってしまう。
行商人との契約などを含め、最低限のものを揃えるのでミランダの貯蓄が一発で半分になった。これでもまだレパートリーは中央の商店街の半分ちょっと。
行商人に対して凄む彼女を止めるのに、何度もルイーディアを同行させることになってしまう。おかげで彼女にまで悪い噂が広まっているようだ。
13日後。
金物屋が復活した。出城の建設の際、現場で足りなくなるものを買わせるためだ。
どういうわけか、店のレイアウトを整えていると仕入先の方から先に使いの人間が来た。貧困街区長が根回ししてくれていたということだ。
仕入れの際には、やはり鉄工所を訪ねなければならない。併設されている精錬所は大気汚染の原因である。そこに客として取引しに頭を下げに行かなければならない。
事情を知っている側からすれば、ミランダがいつ武器を抜くか分かったものではない。どうやら貧困街の区長は、かなり察しがいい人間らしい。いずれは正体が発覚する時が来るだろう。
当然、ノコギリや石材を切り出すノミに、ハンマー。石材接着用の水桶など、案外レパートリーは多い。
先に立て替えていてくれた様で、区長に支払いに向かった。不在だったため秘書に手渡したが、ミランダは最後までコイン袋を名残惜しそうに見て、レモンの皮をしゃぶった様な表情だった。
気持ちはわかるが、自分で復興の為に貯めてたんだろうに。これで、残っているミランダの財産も1/3まで減っている。
15日後。
商店街に街灯を設置した。商店街限定だが衛兵の巡回が始まり、日が傾いた時間でも作業が進むようになった。
特産のアメジストのガラスで作られた油式のランタンだが、薄紫色が中々どうして綺麗だ。
体調が戻った人間が半分を超えた。
16日後。
出城建設のため、石材運搬用のリフトが要塞の壁面に組みあがった。人間がネズミ車の様な車輪で歩き、リフトで石材を上下させるものだ。
町中の煤掃除も終わり、今日から着工が始まる。余りにも早いことに、フェクトも驚きだ。
巡回中の衛兵の話によれば、次のモンスターとの合戦を心待ちにしている領主が更に急がせたらしい。お役所というのはいつもこれだ。
フェクトの指示で要塞から出た少し郊外に妙なものを建てることになった。ルイーディアに指示を出していたものだが、着工が始まって、たった2日でことが済んだ。
「フェクト、宿の新築の為に練習とは言っていたけど、なんだいこれは。」
(廃墟だった家屋の柱とか使いまわして、簡単な掘っ立て小屋を作って貰った。)
中古の角材を骨に、固めた土を被せたものだ。農民だって今時こんな家には住まない。
「とても人様を泊まらせる様な家じゃないねぇ…で、目的はなんだい?」
(木炭小屋の保管庫だ。伏せ焼きなら小規模でも出来ると思って。)
既に伏せ焼き用の穴を掘り出して、ボロレンガで煙突を組みだしていた。
「なんでまた木炭を?」
(需要が尽きない。便利だ。木炭は目に見えない孔が無数に開いていてな。燃料以外にも、不純物を吸い取る浄水作用や空気清浄、消臭作用がある。)
「へぇ…」
(汚染された井戸に入れて浄化を早めたい。マスクの間にフィルターとして仕込むと、毒ガスを多少は防いでくれる。冒険にも使えるかもな。)
「なるほどね。他には?」
(純粋に、売り物。出城の築城でレンガを焼く用にも使えるだろ。あとは、火薬の原料の一部になる。硝石7と硫黄1と木炭2の比率。)
「それみたことさ。錬金術も知ってるとはね。中央区に売り込む気だろう?油断も隙もない。」
(飲料水の方がいい。火薬の保管は事故も嫌だ。硝石の保管庫が爆発して、この要塞より大きい港町が一発で消えたのを知ってる。ホームの近辺でやることじゃない。)
「火薬の方が一山当てられそうなのにねぇ。」
(比率が少ない木炭だけあっても、すぐ需要を満たすから売れなくなるさ。衣食住が最優先。シトリンちゃんの健康が最優先だ。)
「言うじゃないか、こいつぅ。で、他には?」
付き合いも長くなりだしたせいか、ミランダには見透かされ始めた。
(もっと単純なことだよ。木炭製造には白煙がもうもうと上がる。日夜ここから立ち登る白い煙が、避難用の目印だ。)
「はぁ~、そういえばそんな話だったねぇ。」
彼女は上を見上げた。彼の言う通り、郊外に出てすぐ南にある。彼のやることは、毎度聞き進める度に利点が多く、合理的。その上、判断も手も早い。呆れ交じりに関心してしまう。
(この南に川がある。川下り用のボートの停留所を作ったら、後は道路整備だ。川沿いにある西側の森とその先の平原にはモンスターがいるんだったか。退避先にモンスターがいるんじゃ敵わん。その対応も考えないとな。)
ミランダはふとした疑問を投げかけた。
「そういえば、木炭の煙は酸性雨にはならないのかい?」
(ならない方法がある。上る煙に、傾いた屋根を被せるんだ。)
「そんな簡単でいいのかい?」
(冷えた屋根に煙をぶつけると酸性物質の成分だけ滴らせて取ることが出来る。いわゆる木タールや木酢液だ。収穫量は少ないが、錬金術の素材でな。木炭にする木次第で成分が変わる。ものによってはコイツが一番売れるぞ。)
「なんでも知ってるねアンタ…」
(テレビン油ぐらいはキミも聞いた事あるだろ?冒険者なら火炎壺に使ってるはずさ。揮発性が高い、つまり乾きやすくてね。防虫剤や塗料を混ぜて柱とかに塗るんだ。バーニッシュ、ニス、ワニス呼び方は色々あるが、それだよ。)
「ふーん…それって、区長とルーイも知ってるのかね?」
(多分な。区長に関しては建築資材のテレビン油は欲しがるだろうね。ルーイは実験材料として買い手として対立するだろうな。)
「どっちに売るんだい?」
少し黙った後、彼は小声で言った。
(…独占する。)
「だっはっはは!そうこなくっちゃぁねえ!何作るんだい?」
(下痢止めの薬だ。他の薬草と混ぜて作る。異端審問とか食らいそうなレベルで匂いがキッッッッッッッッッッツいんだが、国同士の戦争を左右したほど効果があるものさ。)
「ほぉ、冒険中の下痢も洒落んならないぐらい危険だからねぇ。そりゃいいや。うちらで独占しちまおう。金の匂いがするよ。」
(アレの匂い嗅いでも金の匂いって言ってられるかな~…。)
廃レンガが届くと、掘られた穴に敷き詰められていく。
「にしても、この木炭工場も区長の許可あったんだろ?」
(あぁ。書面上のやりとりだが、快諾してくれたよ。)
「ってなれば、やっぱりアイツもアンタの狙いがいくつか分かってるってワケだ。ずっとバカにしてたけど、やっぱりウチより頭いいんだねぇ。なんか悔しいよ。」
(貧困街区出身のご老人と聞いた。だが、例え年長者でも立場は領主よりずっと下の方だと思う。下手に上の機嫌を損ねたら、自分より住民の扱いが悪化するヤツがポストに就く可能性の方が高い。見て見ぬふりの辛い立場だったろうな。)
「なんでもお見通しってかねぇ。アンタは、本当に一体なんなんだい…」
(人間の男だよ。もうそろそろ、資金も底が見え始める。君の出番だ。)
たった2週間だったが、自暴自棄になりながらダンジョンに入っていた頃と違い、今となってはミランダは希望だ。
単身でのダンジョン探索は死亡率が高い。だが、分け前は独占だ。今まで以上にがっつり稼いで、頻繁に生還し、街の復興により尽力しなければならなくなった。
自分が死ねば、親しい人間全員の命運を分ける。プレッシャーだ。
「ダンジョンを想像するとさ、手が震える様になったよ…こんな緊張今までなかったのに…。」
(今まで以上に失敗出来ないしな。だけどよ…それこそ、冒険者の花形。英雄のお立ち台、だろ?)
「英雄か…ふふ。なれるかな、ウチは…。」
(なってるのさ。少なくとも、クレアとシトリンにとっては、既に。)
ミランダは震える手を強く握り締め、笑みを浮かべる。そろそろ日没だ。
「は~ぁ、復興作業や道具の費用よりも、仕入れの初期投資が凄かったねぇ。お店って、始めるのにあんな金かかるなんて知らなかったよ。」
(それも黒字になってくれば、また印象も変わってくるさ。何もしなくてもお金が入る様になるぞ。)
「そりゃいい。シトリンもよく食べる様になったのはいいけど、いざ貯蓄が動くようになると食費がね…」
(大食いだよな、あの子。)
17日後。
ミランダは中央区へ冒険者ギルドへ赴く。ざわざわと騒がれながらも、彼女は依頼表や日程を確認する。
(視線が痛い…。ダンジョンへの探索は任意で行っていいんだろ?何しにきたんだ?)
(他の冒険者の依頼の受注状況や探索日程を見に来たんだ。どの日にどれぐらいの力量のチームが何人いるのか。鉢合わせる可能性もあるし事前に知っている方がいいだろう?)
(狙い目は?)
(深層に挑戦するチームがいる日だ。連中にとっちゃ中層の頭で拾えるアイテムなんかお荷物になるからね。)
2人は日程表を見た。
(3日後だな。チーム名は穿鑿隊【センサクタイ】か。炭鉱夫みたいな名前だな。)
(深層に行くほど、アメジストも良質になるからね。黄色や緑色の希少な物もある。魔法の触媒としても優秀でさ、物凄い価値が付くのさ。)
(へぇ…それで、彼らのチーム規模は?どれぐらいまで行けるんだ?)
(前衛と治癒師が多めの8人パーティー。恐らくまる7日は潜るだろうね。でも、中層入り口までは半日とかからないよ。)
(凄いな。敵対したくないものだ。)
(久しぶりに中央の依頼も受けて調整していこう。忙しくて2週間も間が開いちまったからね。)
(普段は受けないのか?)
(受け付けと目を合わせると嫌な顔されるからね。今は少しでも金が欲しい。)
受け付けに行くと、驚いた顔も嫌な顔もされた。ミランダが貧困街区のリーダーとなって再建に乗り出した噂はもう広がっている様だ。
それで尚も単身で挑む。他にない度量は注目されて当然だろう。
(異色のアメジストか…)
(あぁ、どうかしたのかい?使い道があるとか?)
(いや…特になんでもないが、なんか引っかかる。手に入るといいな。復興費を大きく賄える。)
(そうだねぇ…)
フェクトはルイーディアから、基本的な6属性種類の魔法を更に覚え、ミランダは鈍った体を鍛えなおす。
そして20日後。
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