9 復興のスタートライン
後日、既に教会沿いの街道には荷車が着いていた。ミランダは首を傾げたが、すぐにクレアの手から書簡を渡される。
解体と出城の建設の着工が即時始まったという。余りにも早い決定にミランダはフェクトを見た。
(さ~てこれで忙しくなるぞぉ~?中央の管轄下の大工が、毎日ここに通勤してくるんだ。重役の現場監督は現地で寝泊りする奴だって出てくる。)
井戸回りの煤の存在は貧困街の人間は気づきもしていない。彼らの施工場所は、自分で清潔に保たれなければならないのだ。酸性雨は放っておいても大工達の手で消えることになる。
(工事が終わって出城が出来ても、今度は防衛の超重要拠点だ。少なく見立てても百人は駐在させる必要がある!赴任先での寝泊りは、この辺になって当然よ!)
「あ、あんた、こうなること判ってたね?!これも未来の知識か?!」
(いや?宿場町なんて人の往来が出来りゃ勝手に発生する。とにかく、ようやく、この地域に金を落としてくれる人が出来たわけだ。荒れちまった街道の再整備は急務だぜ~?ほれ後ろみろ。)
クレアとシトリンは、どういうことか、説明を待っていた。ミランダは白状して、教会の小屋で計画の全貌を話す。
「というわけで…酸性雨の問題を解決する為の、全てうちら3人の独断ってことになります…。」
「そうかい…」
「勝手な真似をしてごめんなさい、おばさん…。」
「いいんだよ!しゃんとしな!」
クレアは肩を叩いて一喝した。ミランダは背筋を伸ばす。
「よくやったよ。アンタは腰の重い中央の人間を動かしたんだ。私が何を言っても聞かなかったあいつらが、ようやくね。」
彼女はマスクを下し、涙目の浮かぶ笑顔を見せた。ミランダは、彼女の涙を始めて見て、呆気にとられる。
「こうなってくれるのを、ずっと待ってたよ。」
「違う、これはウチじゃなくてフェクトが…」
「ガタガタ抜かすんじゃないよ!今までだって、ずっとこの地区を救うんだって息巻いて、ひとりっきりでダンジョンに行ってきたじゃないか!それと、何が違うんだい!」
「ウチひとりの力じゃ…ない。」
「いいんだよ、新しいパーティーでもなんでも。あんたがいなきゃ、こうはならなかったんだ…!」
クレアは彼女を強く強く抱きしめた。
「この街のみんながどんどん倒れて行ってね…私もずっと病気の原因が分からなくて、不安だったんだよ…」
クレア自身も原因不明の体調の悪化に気づき始めれば不安に思わないわけがないのだ。
(これも、フェクトはお見通しだったわけか…)
(シスターは、基本的に宗教の管轄下だ。この世界の神はまだ知らないが、俺の知る歴史では異国の南方の兵士のイェニチェリは異教のはず。積極的に領主が鉄砲を取り入れているとあれば、この街の行政と宗教が分裂しているのが容易に理解できる。)
フェクトはため息交じりに言い放った。
(だから、教会を背景にした嘆願は通用しない。始めから、独力で解決する以外になかったんだ。貧困街にはもう、動けるお前しか頼れる奴はいなかったんだよ。)
(…敵わないな、お前には…)
(さぁ、続きだぞ。お前が貯めた金に、使い道が出来始めたんだ。クレアおばさんは使ってないはずだぞ。)
クレアの腕に手を置くと、2人は離れて顔を見合わせた。
「いいかい、このチャンスを逃したら、次はないよ!その鎧、次の手も考えてるんだろう!だったら、行動しな!アタシらも、全力で手を貸すからね!」
いつもと変わらない豪快な笑顔がクレアに戻った。
「うん。あ…えっと…じゃあ…おばさん、今まで渡したお金、まだ持ってるって…本当?」
「勿論さ。アンタが稼いだ金だ。教会の本部に出したって、くすねられるだけだからね。アタシのチェストに隠してある。好きに使いな。」
「うん。街の復興に当てる。今に見てておばさん!」
ミランダは飛び出して教会の中にあるクレアの私室へと走っていった。
(足りなくなったら、ダンジョンの出番だ。その時は、俺も魔法を使わないとだな。)
「頼りにしてるよ相棒!あった!」
今までクレアに預けて来た分の金だ。金貨が20枚で、その高さを揃えて銀貨の塊が8個、銅貨が19個。リュックサックに入れても重すぎて持ち切れないほどだ。
付いてきたクレアとシトリンはミランダの後ろで微笑んでいる。
(まとまってるのだけでも銀貨160と銅貨380か。凄い数だな。このままの方が安全だろう。必要な分だけ持っていく方がいい。)
「アンタ、数えてないのによくわかるね…。」
(数えてるよ。)
ミランダは硬貨の束を見る。20枚で紐にひとくくりされているが、くくられていないものの端数が少し減っている。
「あれ……ちょっと足りないな。」
(どうした?)
「銀貨が2枚、銅貨が6枚ほど足りないね…」
(稼いだ額覚えてるのか。凄いな。)
「ぎくぅ!」
一歩後ずさったシトリンが、クレアに捕まった。
「シトリン?なんか言うことあんじゃないの?」
「……あはは、その、実は…去年ぐらいとか…そのう…どうしても、お腹空いちゃって…3回ぐらい、ネコババしました。」
観念して捕まったネズミの様に力が抜けてしまう。
(なら、しょうがないな!腹が減ったら死んじまう!)
「なら、しょうがないね。その為に稼いでたんだからさ。」
「ごめんなさ~い。」
「全くこの子は…」
クレアとシトリンには出城の危険性の説明を終えた。真っ先に戦場になるから、モンスターの襲撃があったら、すぐに街から逃げだすこと。
フェクトを通じてミランダの主導の下に脱出路の整備を行う。中央街区の人間からは援助を受けられる内容ではないため、貧困街の人間に周知させ、全員で協力して行わなければならない。
教会から出るとルイーディアが待っていた。
「ルーイ、来てたんだ。」
「えぇ。忙しくなりそうね。」
「ホント。何から何まで突然でさ。ウチも正直、まだ混乱してるよ。」
「アンタにはしてやられたわ。まさか、問題解決と同時に復興の足掛かりまで作るなんてね。」
(なんのことやら。ところで協力したんだから、おっぱィ見ぃぃぃぃせてぇぇぇぇぇ!!!)
「ダメに決まってんだろ。」
(でぃやあああああああああああああう!!!目がぁあああああああああ!)
目玉をデコピンされてフェクトはもがき苦しむ。
「おいインフェ、これからどうすんだ。」
(ひょ?)
「アンタの体だよ。そういう約束だろ?具体的にどうやって探すか、考えないと。」
フェクトは涙目を瞬きしながら答える。
(そんな約束あったなぁそういや。すっかり忘れてた。シトリンちゃんの食欲が戻ったら、そのうち考えよう。)
「なんでシーのことがでてくんのさ?」
(あの子、可愛いし、なんか危なっかしくて心配なんだよな。たまにハグしてやってくれよ。俺の事を間に挟ん…あんぎゃあああああああああああ!)
「ったく、エロ目玉がよ。ま、しばらくアンタがいいなら、それでいいか。で、復興計画はどうするの?」
(下ネタは悪い冗談だっての…。そうだな、まずは商店街の立て直しと仕入れ、そのあと、宿の設営だな。ひとりでする作業じゃない。街区で、集会を開こう。動ける人を集めなきゃな。みんなで教会に来るように声をかけてまわるんだ。)
「手伝うわ。まともに動ける人、まだ少ないでしょ?」
「ありがとうルーイ。」
二手に分かれて、彼女達は街へと歩き出した。
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