後編
俺はヘッドセットを外して、白衣の男の元へ戻った。
「ありがとう、すごい出来だったよ!」
「そうですか、光栄です。こちらもデータを集められるのでとても助かりましたよ。ありがとうございます」
互いに満足な笑顔で向き合った後、俺は少し遠慮がちに切り出してみた。
「あの・・・これって、続きを・・・2回目や3回目を見せてもらうことはできないのかな?すごく気になるんだ。回数制限とかはあるのかい?脳への負荷とか、時間をあけなきゃいけないとか」
どうしても続きが気になったのだ。白衣の男は嬉しそうに笑った。
「いえ、ないですよ。連続しての上映は、検証中のこちらとしてもありがたいんです。ぜひやりましょう。またデータをとらせていただきながら、次回の予約を調整します」
俺は内心ガッツポーズをした。
それから俺は何度も、もしもシアターに通った。俺と明日香の間の不穏な空気は少しずつ薄まっていた。
明日香はやっぱり可愛いし、一緒にいる俺はすごく気持ちが安らいでいるのがわかる。孤独を感じる時間はなさそうで、一人寂しく仕事帰りにAIバーへ行くこともしていない。
俺はもしもシアターの虜になるとともに、日に日に明日香への想いが強くなっているのを感じた。
明日香との仲は順調で、もうすぐ記念日を迎えるところまで日付が進んだ。
記念日の分の上映が終わったら、明日香のところへ行ってみよう、そう決心した。
俺は明日香を探すため、情報を集めた。友人をたどって話を聞くと、今でも3年前と同じ病院の院内薬局で薬剤師を続けているらしい。病院の出入口でうろついていれば会えるんじゃないか。
思い返せば明日香には、業務の範疇内かどうか微妙なものも含め、色々と薬を処方してもらったものだ。一番助かったのは、酷い働き方をしていて不眠だった時だ。
明日香にもらった薬と、明日香がそばにいる安心感でぐっすり眠れたりした。明日香本人が薬そのもののような存在だったのではないかと、病院の真っ白な建物と一緒に明日香の穏やかな笑顔を思い出す。
次回の上映を終えたら、もう一度会いに行って、想いを伝えてみよう。どうか背中を押してくれる内容でありますようにと願った。
いよいよ記念日の回の上映だ。
俺は夕食に高級なレストランへ連れて行こうとしていたが、家で2人きりで食べようと頑なに断られたので、明日香の部屋で二人で過ごしている。
昼に明日香がくれた1年分の記念アルバムを俺が観ている横で、明日香は夕食を作り出す。カレーだ。しかも俺が好きな、本場のスパイスが使われているカレーのようだ。家庭用のルウには無いスパイスの香りに俺は喜び、何度もありがとうと言いながら、嬉しそうにキッチンから漂う香りをかいでいる。我慢できずにキッチンを覗いて話しかけた。
「すごいね、何が入っているの?家でこんな本格的なカレーを食べられるなんて、嬉しすぎるよ」
「できあがってからのお楽しみだよ!カレーもだけど、そのアルバムもせっかく頑張って作ったんだから、そっちでゆっくり見ながら待ってて。もうちょっとで終わるから」
どうしても見せたくないらしい。旗でも立てるのか?
笑顔で明日香にぐいぐいと押し返されるところで映像は終わった。
ああ、いいところだったのに!毎回2時間なのがもどかしい。これでは中途半端だから、明日香に会いに行くのは次回の上映後にしよう。俺はまた次の予約をとってシアターを出た。
しかし、次回上映予定の3日前、シアターから連絡があった。向こうから連絡が来るのは初めてだ。
「すみません、工藤さん。次回の上映は中止となりました」
研究者の声が、いつもより暗い。
「えっ、中止ですか。もしもシアターで何かあったんですか?」
「いえ、シアターは通常通りです。ご心配をおかけするような言い方をしてしまい、すみません。ただ、今回の映像は、上映規定にひっかかるので、どうしてもお見せできないんですよ」
上映規定…まさか、18禁的な流れになってしまったのか。それは恥ずかしい。
「ええと・・・そういうシーンだけ飛ばすとかはできないんですかね。どうしても観たくて・・・」
明日香にもう一度会いに行く、区切りというか儀式のような位置づけにしたくて、楽しみにしていたのだ。ぜひ観てから行きたい。
「いえ、飛ばすというのもできないというか・・・もう続きがないんです、そのシーンまでしか」
歯切れの悪い言い方に少し苛立った。
「あの、規定ってなんです。何が理由か、教えてもらえないですか」
研究者は、言いにくそうに小さな声で答えた。
「お客様が亡くなるシナリオの場合は、規定上お見せできないんです」
もしもシアターの決まりごと 桜木さとか @chamichami
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