裁きの後

ドンドン!


「クラリス!フレデリック!元気か⁈」


ノックの音が聞こえるのとほぼ同時にドアが大きく開く。


「もう!ポールお兄ちゃん!返事をするまでドアは開けないでって言ってるでしょ!」


ポールに向かってクラリスが怒る。


「そうだぞ、ポール。また前回みたいなことがあったら、いくらお前でも容赦はしないぞ」


妹大好きなフレデリックもジト目でポールを睨んだ。


「あー、悪い悪い。つい気が急いてしまってさ」


全く悪びれない様子でポールが笑った。



初めてお見舞いに来た日からずっと、ポールは毎日クラリスに会いに来ていた。アリスやイメルダ、エラリーが一緒のことも多かったが、たまにポール一人になることもあった。

一度、ポール一人の時に今のように勢いよくドアを開けたところ、着替え中だったクラリスに悲鳴を上げられ、ミミという侍女に危うく殺されるところだった。




「明後日から学園に戻るんだって?」


「うん。ようやくお医者様から許可が出たの。首の傷もだいぶ良くなってきたし、熱が出たりもないから、もう家に帰っても大丈夫だって!」


嬉しそうに話すクラリスを、ポールはニコニコしながら見つめていた。


「でも、一ヶ月近くも休んでしまったから、授業についていけるかが心配だわ」


「大丈夫だよ。エラリー様達が毎日のように授業のノートを持ってきてくださったし、ポールも一緒に毎日しっかり勉強していただろ」


フレデリックが心配そうなクラリスの肩を優しく抱く。


「そうそう!それにわからないことがあったら、俺がいつでも教えるしな!何も心配はいらないって」


ポールもクラリスの頭をわしゃわしゃと撫でた。




(あの日…アンソニーが慌ただしく教室にやってきて、突然「クラリス嬢を守って欲しい」と言った時には何事かと思ったが…クラリスもフレディも元気そうだし、明日には家に帰れるっていうしな。とりあえず、ひと安心だな)


コモノー男爵令息による立て籠もり事件の後、ウィルやアンソニー達がバタバタと忙しくしているのは知っていた。平民であるポールには詳しい事情まではわからなかったが、立て籠もり事件から何か大きな事件に発展しているのは察せられた。


(途中からジャンまで学園に来なくなったしな。余程の大事件なのかと思って心配していたが)


あの時のアンソニーの顔があまりにも真剣で、ポールは心底驚いた。クラリスを巡ってライバル同士だと思っていたのが、そのライバルのはずの自分に、「クラリスを守って欲しい」と言ってきたのだ。


(本気でクラリスを大切に思っていないと、あんなことは言えないよな)



ポールは複雑な思いで、クラリスを見つめた。


「ポールお兄ちゃん?どうしたの?」


笑顔の消えたポールを不思議そうに見上げて、クラリスが首を傾げた。


「っ!(上目遣いからの首こてんって、可愛すぎだろ!)」


「ク、クラリス!」


思わずクラリスを抱き締めようとしたポールの手をベリっと引き剥がしたのは、フレデリックだった。


「ポール?」


クラリスとよく似た綺麗な顔が物騒な笑みを浮かべている。


「あ、あ~、き、今日の勉強を始めるかあ!」  


幼馴染の黒い笑顔に、ポールは慌てて机に向かった。



==========================



「はあ、やっぱりこの部屋は落ち着くなあ」


久しぶりに侯爵家の自分専用の研究室の椅子に座り、ジャンは一息ついた。



質の悪い医薬品の流通から始まった今回の一連の事件も一応の決着を見た。国王の目論見通り、王家の政策に不満を持つ潜在的な反乱分子もまとめて捉えることができ、王家に表立ってたてつこうという勢力はしばらくは現れないだろう。罪の軽重など、彼らの今後の処分については司法の手に委ねられることになる。


「まさか、僕がここまで関わることになるとは思わなかったけど。こんなに長く学園を休んでしまったし。明日イメルダ嬢に会ったら、嬉しさのあまり抱きついちゃいそうだなあ。気をつけなきゃ」


イメルダの男性恐怖症は治っているように見えるが、傷つけられた心はふとしたはずみに嫌なことを思い出してしまうだろう。ジャンはイメルダに嫌われたり、怖がられたりして側にいられなくなることを何よりも恐れていた。


「エラリーのおかげで、イメルダ嬢に近づく奴もいなかったようだし、エラリーには何かお礼をしなきゃね」


生真面目な友は、イメルダを一人にしないで欲しいとのジャンの頼みを忠実に守ってくれていたらしい。


「クラリス嬢への贈り物の候補でも考えておこうかな」


言って、ジャンは薬品の入っている棚を開けた。


「あ、これはイメルダ嬢に似合いそうな香りだな。となると、この試薬とあれを合わせて…」


結局は、イメルダへの贈り物のことで頭がいっぱいになってしまうジャンだった。

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