裁きの後(続)

 オストロー公爵家では、久しぶりに家族全員揃っての夕食を楽しんでいた。


 家長であるオストロー公爵と嫡男のエリック、騎士団員のマイクはこのところずっと忙しくしており、なかなか家にも帰って来れない状況が続いていたからだった。



「あなた、エリック、マイク、お疲れ様でした。ようやく事件が解決したんですのね」


「ああ。全て丸く収まったわけではないが、ひとまず片はついたよ」


 クレアが優しく微笑んだ。その美しい笑顔に妻大好きな公爵が相合を崩す。



「よかったわ。これでようやくアリスの婚約発表パーティーの準備に集中できますわね」


 ガタンッ


 カラン


 バキッ!


 ドスッ


 ブフッ


 クレアの言葉に、他の五人は不思議な五重奏を奏でる。


「もう、あなた、食事中に席をお立ちになるなんて。エリック、フォークを落としてるわよ。マイク、テーブルは正拳突きの瓦じゃありません。カイル、ナイフはテーブルに突き刺すものじゃありません。アリスったら、スープが口から溢れてるわ」


 動揺する五人を尻目に、クレアは一人優雅に食事を続ける。


「…あの、腹黒殿下め…王宮全体がクロー伯爵夫妻の断罪で忙しい最中にシラっとパーティーの計画を伝えおって…」


「父上も私も気づいた時には、パーティーに賛同していることになっていて…」


「今からでも遅くはありません!計画の変更を願い出ましょう!」


「いやだな、マイク兄さん、変更じゃなくて無期延期ですよ…」


 ブツブツ呟く男四人を綺麗に無視して、クレアはアリスに聞いた。


「アリス、パーティーのことはウィリアム殿下から伺っているのでしょう?」


「は、はい!」


 クレアの問いに、アリスはウィルが休み時間に突然現れた時のことを思い出していた。





「ウィル様?今日はお休みされると…」


「ああ、すぐに行かなければいけない」


「それなら、どうして…」


「どうしても愛しい婚約者に直接伝えたくてね。アリス、夏季休暇に入ったらすぐに、私達の婚約発表パーティーを開こう。準備は王宮の方で進めるから、君は何も心配しないで待っていてくれたらいい」


 そう耳元で告げると、ウィルはアリスの耳に触れるか触れないかのキスをして去って行ったのだった。





 その時のことを思い出してアリスは真っ赤になった。


 そんなアリスを見て、途端に公爵家の男四人が殺気立つ。


「…あの腹黒王子め…!」


「父上、やはりこの話はなかったことに!」


「俺、ちょっと王宮に行ってくる!」


「いや、やはりアリス専用の離れを建てて、そこから出られないようにして…」



「全く、我が家の男性陣たら。ウィリアム王太子殿下と私達のアリスの婚約発表パーティーは、アリスが嫌がらない限り、二ヶ月後に間違いなく開催します。全員、準備を手伝ってもらいますよ?」


 クレアの笑顔に嫌と言える男は、オストロー家にはいなかった。



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「ウィル、アリス嬢との婚約発表パーティーの日は決まって?」


「はい、母上。夏季休暇に入って五日目の金曜日の晩に決めました」



王宮でも久しぶりに一家揃って夕食を取っていた。国王夫妻、ウィル、そしてウィルとは年の離れた双子の弟妹だ。

いつもならここに宰相親子が加わるのだが、今日は二人ともハートネット公爵家に久しぶりに帰宅していた。


「しかし、どさくさ紛れとはいえ、よくあのオストロー公爵が承諾したな」


アリスが幼い頃に王命で婚約を決めたものの、娘を溺愛している公爵は正式な婚約発表についてはずっと先延ばしにしていた。三兄弟が長じてからは婚約解消を仄めかされるほど、公爵家の父兄達のガードは固かった。


おまけに、ウィル本人にも結婚を急ぐ気が全くなかったこともあり、二人の婚約は王国中で知られてはいるものの、公式なものとして成立してはいなかった。国王夫妻も気になりつつも、あまり焦らせるのも…と見守っていたのだ。


「ふふふ、あんなに結婚に興味がなかったあなたがね」


王妃がおっとりと微笑む。


「おにいさま、けっこんするの?」


「えー、だれと?だれと?」


まだ幼い妹と弟が、キラキラした瞳でウィルを見つめる。ウィルは十五歳違いの弟妹達に優しく微笑んだ。


「マリーとアンリも会ったことのある人だよ。アリスお姉様を覚えているかな?」


「あ!マリー、しってる!かみのけサラサラのきれいなおひめさまみたいな人でしょ!」


「アンリもしってるよ!」


「マリーもアンリも、ちゃんと前を向いて食べなさいな」


王妃が優しい母の顔で、張り合う二人を嗜める。


「肝心のアリス嬢の承諾は得ているのか?」


国王がワインのグラスを空けながら尋ねる。


「求婚に対する正式な返事はまだですが、嫌ではないという言質は取っています」


ウィルも同じくグラスを傾ける。


「そうか、それなら安心だな。まあ、アリス嬢が嫌がっていたなら、あの公爵夫人が絶対に許可しなかっただろうからな」


オストロー公爵家が、かかあ天下であることは既に公然の秘密となっていた。


「それなら大丈夫です。オストロー公爵夫人にはしっかりご挨拶済みですから」


にっこりと微笑んでグラスを空ける我が子を、国王は苦笑しながら見つめていた。

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