因果応報
*残虐な描写があります。
(虫が苦手な方は特にご注意ください。この話を読まなくても全体の話がわからなくなることはありません)
謁見の間を出て王宮の地下に向かったセベールは、ある地下牢の前で立ち止まった。
「おや、久しぶりのご対面じゃないかな」
セベールの声に、その後に続いていたクロー伯爵夫妻が牢の中の人物に目をとめた。
「ひっ!」
「うっ」
伯爵夫妻は牢の中を見て、思わず声を上げる。
中にいたのは、元、コモノー男爵令息のアグリーだった。
その右腕と左脚は既になく、顔もパンパンに腫れ上がり、目が見えているのかどうかも定かではない。もはや人というよりも一個の肉塊と成り果てていた。
「お友達が来たよ」
セベールの楽しそうな声に、肉の塊が微かに反応した。
「あ、あ、あ、お、お前、前達は…」
「まだ声が出せたんだね。再会を喜んでいるのかな?」
セベールが歌うように言う。
途端に、アグリーがすごい勢いで鉄格子に身体をぶつけてきた。
「ひいぃ!」
耐えきれずマチルダが悲鳴を上げる。
「お、お、お前、お前達の、せ、せいで!」
「いやああ!」
「お、俺は、こん、こんな目に!」
アグリーが地獄の底から響くような声で呪詛を吐く。
「やれやれ。まだ他人のせいにする元気があるとはね」
だが、セベールは全く気にする様子もなく、むしろ呆れたように言うと、クロー伯爵夫妻を振り返った。
「彼は裁判にかけるまでもなかったのでね。色々と実験台になってもらったんだよ。でも、お二人は陛下のご命令もあるからね。あそこまでひどくはしないから安心していいよ」
セベールが美しい笑顔を浮かべた。
アグリーのあまりにひどい姿に、腰を抜かさんばかりにしていたクロー伯爵が、真っ白な顔で叫ぶ。
「ひっ、話す、話すから!知っていることは全部話すから!」
「そう。こちらとしても、その方が手間が省けて助かるな」
セベールはニコッと笑うと、部下に指示を出した。
「伯爵は右端の牢に。夫人は左端の牢にお連れして。あ、これは黙らせておいて」
アグリーを指差して言うと、セベール本人は左に向かって歩みを進めた。
伯爵の取り調べは部下に任せて、セベールはマチルダの取り調べを担当していた。マチルダを押さえつけているのは全員女性隊員で、セベールはマチルダからは少し距離を取って椅子に腰掛けている。
「さて、マチルダ・ド・クロー伯爵夫人。あなたの罪を告白してもらおうか」
優しいとさえ言える優美な笑顔を浮かべながらセベールがマチルダを促した。
「私の罪なんて!私は騙された被害者ですのよ!」
「うーん、この期に及んでまだシラを切るのかい?あれだけの証拠が揃ってるんだ。もう言い逃れはできないと思うけどねえ」
「あの証拠は全部でたらめですわ!」
マチルダはなおも強気な姿勢を崩さない。
「もしかして、女性隊員ばかりだから乱暴なことはされないとでも思ってるのかな。拷問っていうのは何も物理的に痛みを与えるだけじゃないんだよ」
セベールは美しく微笑みながら、後ろに控えている隊員に指示を出した。
「『贈り物』を持ってきて」
隊員は頷き、予め用意されていたらしい、深さのある木の箱を持ってくると、マチルダの足元に置いた。
「な、何を…」
「言っただろ、あなたへの贈り物だよ」
セベールは動かず、腰掛けたまま爽やかに言う。隊員達は何をするのかよくわかっているようで、黙々と作業を続ける。三人がかりでマチルダを押さえつけ、二人が箱の蓋を開ける。蓋を開けたところに、穴が二つ空いた蓋がもう一つあり、箱の中はよく見えない。何やらガサゴソと動く音だけが聞こえている。
隊員達はマチルダの脚の拘束を解くと、その脚を一本ずつ箱の穴の中に入れていく。
「ひっ、ひぃぃ!」
途端にマチルダが悲鳴を上げて暴れ出した。だが、椅子に拘束された上に隊員達に押さえつけられているせいで、足を引き出すことはできない。
「い、いやあっ、離して!離して!」
「どうかな。私からのプレゼントは気に入ってもらえたかな。大変だったんだよ。これだけの虫やトカゲなんかを集めるのは。大丈夫、毒を持っているものは入っていないから。毒殺なんてそんな可愛い罰で済ませるつもりはないからね」
「ひ!い、いや、いや、やめて、お願いだから、離して!」
「あまり暴れない方がいいよ。噛まれちゃうからね」
箱の中に入れられた脚に無数の虫やヘビが這い回っているのだろう。マチルダはあまりの嫌悪感に叫び続けた。殴られたり蹴られたりする痛みの方が、この生理的な嫌悪感に比べたらどれだけましだろう。
「さて、自らの罪を認める気になったかな?」
「み、認めます、認める、認めるから!」
「では、今回の医薬品の流通や違法薬物の密輸の首謀者は?」
「それは、わ、私です!」
「動機は?」
「実家を、メッシー伯爵家を潰されたから!復讐を!お、お願い!もう助けて!」
「あなたが一人でこの計画を立てたのかな?」
その時、マチルダの脚と穴の隙間から、一匹のクモが這い出してきて、そのままマチルダのスカートの中に入って行った。
「いやあああ!助けて!助けて!」
マチルダの悲鳴にも、セベールは笑みを浮かべたまま、追求の手を緩めない。
「質問に答えて」
「お、夫、夫と、です!お、お願い、助けて…」
マチルダの顔は土気色になっており、目が虚になってきた。それを見たセベールが隊員達に箱を片付けるように指示を出す。
「まだ壊れてもらっては困るからね」
にこにこ微笑むセベールと無表情の女性隊員達に囲まれて、マチルダは生まれて初めて、己の行為を悔いていた。
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