一網打尽(続々)
「トマス!トマス!この裏切り者!あんなに可愛がってやったのに!実の母を売るなんて!」
今にもトマスに掴みかかりそうなところを騎士達が力尽くで抑えている。
だが、その声が聞こえていないかのように、トマスは頭を下げたまま微動だにしなかった。
そんな対照的な親子を一瞥すると、国王は背後に向かって声をかけた。
「セベール、ここへ」
「はい」
その言葉に、陰に控えていたセベールが前に進み出た。
「夫妻を地下牢に連れて行き、別々に取り調べよ。裁判に出られる程度には手加減するように」
「御意」
セベールの顔を見た途端、マチルダはますます狂ったように暴れ出した。
「嫌!私は何も悪くない!何も悪いことなんてしていないわ!どうして私がこんな目に合わなければいけないのよ!」
あまりの暴れように騎士達が困惑していると、セベールの後ろから特務部隊の女性隊員が現れ、マチルダの左右に立った。その一人が何事かを囁くと、マチルダは途端に大人しくなり、がっくりとうなだれた。
クロー伯爵夫妻が地下牢へと連行されると、国王は頭を下げ続けるトマスに向かって言った。
「トマス・ド・クロー伯爵令息。その方とクロー伯爵令嬢については、ひとまず貴族牢へ収監とする」
国王は側に控えていた騎士団長に頷いた。
「クロー伯爵令息、立ちなさい」
騎士団長がトマスの腕を取る。
トマスは大人しく立ち上がると、振り返って妹のメーダを見た。メーダは真っ青な顔のまま、ボロボロと涙を流しながら固まっていた。
「メーダ…守ってあげられなくてごめん。今更俺に謝られてもって思うだろうけど」
「お兄様…私…」
二人はそれ以上は何も言わず、無抵抗で貴族牢へと連行された。
「さて。ようやく一つ片付いたな」
トマスとメーダを見送って、国王はふうっと息を吐いた。
「あとは、ここにお集まりの皆さんの処分ですね」
目の前で繰り広げられた断罪劇に、集められた貴族達は声も出ないようだった。しかし、ウィルの「処分」という言葉を聞いて、口々に喚き始めた。
「し、処分とは、どういうことですかな!」
「先ほどのクロー伯爵家と我が家は何の関係もありません!」
「違法薬物なんて知りませんわ!」
そんな貴族達の前に、アンソニーが進み出ると、一喝した。
「静まりなさい!」
いつにないアンソニーの鬼気迫る様子にうるさかった貴族達が一気に静かになった。
「あなた方が、メーダ嬢と一緒になって平民の少女を陥れようとしていたことはわかっています」
「あ、あれは!」
令嬢の一人が声を上げるが、アンソニーにひと睨みされて、青くなって口をつぐんだ。
「そして、この王宮内で静養中のその少女達に害なそうとしていたのが、全てあなた方の差し金であったこともわかっています。実行犯は全員捕らえてあり、物証もあります。言い逃れはできませんよ」
ウィルがアンソニーの隣に立ち、真っ青になっている貴族達に冷たい視線を向けた。
「君達は、王家の推進する改革案にことごとく反対してきたようだが、その挙げ句に何の罪もない少女を傷つけようとするなんてね。貴族の風上にもおけない」
「殿下!我々はこの国のことを思って!」
「そうです!」
「貴族と平民が同じ扱いをされるなど許されません!」
数名の貴族が、この期に及んで苦しい言い訳をする。
「黙れ。見苦しい」
その声を黙らせると、国王は周囲を取り囲んでいる騎士団に命じた。
「ここにいる者達を全員罪人用の牢へ連れて行け」
「…なっ!」
「どうして!」
「嫌よ!牢屋なんて嫌!」
数十名の貴族達がギャアギャアとうるさく喚きながら、騎士達に連行されていく。
ようやく謁見の間が、静かになったところで、ディミトリに拘束されていたダムシー子爵を特務部隊に預け、王族達はふうっと息を吐いた。
「これでひとまず今回の件はひと段落着きましたね」
宰相が国王に微笑んだ。
「そうだな。まあ、これから裁判続きにはなるがな」
国王も疲れた笑顔を見せた。
「その裁判が終われば、次はオストロー公爵達の調べで浮かんできた不満分子達の調査ですね」
ウィルがオストロー公爵とドットールー侯爵を見ながら言った。
「そうですね。今回の件には関わっていなかったものの、怪しい動きをしている者達が、我々の再調査で浮上してきましたからね」
ドットールー侯爵が頷く。
「皆の者。ご苦労だった。ひとまず今日のところはこれで幕引きとしよう。昼食を用意させてあるから、食堂に移動してくれ」
国王の言葉に全員が一礼し、その場を後にした。
「ウィル様、先に行っていてください。私もすぐに追いかけます」
「ん?わかった」
アンソニーはウィルに小声で囁くと、食堂とは反対方向に足を向けた。その姿を見てウィルはふっと笑った。
「クラリス嬢か…」
アンソニーは足早にクラリスのいる客室に向かった。どうしてもクラリスの無事な姿を確認しておきたかったのだ。
コンコン
扉の前で息を整え、声をかける。
「私です。アンソニーです」
ほどなくして、扉が開く。
「クラリス嬢⁈あなたお一人ですか?」
恐る恐るドアを開けたクラリスに、アンソニーは慌てた。
「あ、いえ、ミミさんは今昼食を取りに行ってくださっていて、すぐ戻られると思うのですが」
「フレデリック殿は?」
「少し疲れが出ているようで、隣室で休んでいます」
アンソニーは室内に素早く視線を走らせ、影が護衛していることを確認すると、クラリスに気づかれないように小さく息を吐いた。
「そうですか…では、あなたお一人しかいない部屋に入るわけにはいきませんね。調子はどうですか?何か困ったことはありませんか?」
「い、いえ、私は大丈夫です!私よりも…アンソ、トニー様の方こそ大丈夫ですか?何だかとてもお疲れのようですが」
クラリスは心配そうに、長身のアンソニーを見上げていた。
「!(だ、だから、上目遣いは…!)」
アンソニーは慌てて手で口を押さえると赤い顔を隠そうと横を向いた。
「お仕事がお忙しいんですか?私が何かお手伝いできることがあればいいんですけど…お世話になるばかりで、何もできなくて申し訳ないです」
クラリスがしゅんと下を向いた。
そのあまりの可愛らしさに、気づけばアンソニーはクラリスの手を引き、自身の腕の中にその小さな体を閉じ込めていた。
「ア、アンソニー様⁈」
「すみません。少しだけこのままで」
「$^#*€+!!」
数秒の後、一瞬だけきつく抱き締めてから、アンソニーは名残惜しそうにクラリスを離した。
「ありがとうございます。おかげで元気になりました」
甘い笑顔を見せるアンソニーはすっかり元気になっていたが、クラリスの方は突然の抱擁に大パニックだった。
「これからは私が疲れた時にはこうして癒してくださいね」
「な、な、な…」
「あ、先ほど私の名前を間違えていましたよ。これはその罰です」
そう言うと、アンソニーは素早くクラリスの額にキスを落とした。
「€*%#$£+~~~!!!!」
クラリスはもう沸騰寸前だった。そんなクラリスを見て満足そうに笑うアンソニーの後ろから、事務的な声が聞こえた。
「アンソニー様。どうされましたか?」
昼食を運んできたミミに渋々場所を譲り、アンソニーはクラリスに手を振って食堂へと急いだ。
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