早速のお出迎え

二日間馬車に揺られ、ウィルとアンソニーは隣国ブートレット公国に到着した。

事前に知らせを出していたおかげで、国境には公国の外相が出迎えに来てくれていた。


「ウィリアム王太子殿下、ハートネット公爵令息、ようこそ我がブートレット公国へいらっしゃいました」


「アーゴク侯爵、わざわざお出迎えいただき、ありがとうございます」


「高貴な方をお迎えするのですから、このぐらいは当然ですよ。ささっ、どうぞ我が家の馬車にお乗り換えください」


ウィルとアンソニーは一瞬目を見合わせたが、すぐににこやかに微笑むと、アーゴク侯爵の誘導に従った。


「せっかくのご好意だしね。大公家の宮殿まで向かう途中、公国の事情もお聞かせいただけるとありがたい」


「あ、わ、私ごときが王太子殿下と同じ馬車に乗るなど畏れ多…」


ウィルが馬車に乗り込みながら、当然のように言うと、アーゴク侯爵は慌てて後退った。それをアンソニーが笑顔で引き留め、侯爵を同じ馬車の中に押し込む。


「さあ、どうぞ侯爵。ぜひご一緒にお願いいたします」


アンソニーが後から乗り込み、最後にカリーラン王国の騎士が乗り込むと、馬車の扉を閉めた。


「残りの我が国の騎士達はもう一台ご用意いただいた馬車に乗せていただくことにしよう」


「アーゴク侯爵、何から何までありがとうございます」


「と、とんでもない…」


ウィルとアンソニーの言葉に、小柄なアーゴク侯爵は汗を拭きながら笑顔を返すのが精一杯だった。




(ふ、まさか初手から容疑者が接触してくるとはな)


アグリーの自白によると、粗悪な医薬品と違法薬物の流出元はこのアーゴク侯爵とのことだった。事前に公国に忍ばせていた影達からの報告では、大公家はこのことには無関係で、何も知らないという。


(恐らく大公家に知られる前に、事故にでも見せかけて葬ろうとでもしたのだろうが。やり方が稚拙だな。さて、直球で攻めてみるか。どこまでボロを出すか)


ウィルは無邪気を装って、単刀直入に尋ねる。


「ところで、侯爵。ブートレット公国では最近医薬品の開発が進んでいると伺いましたが、費用は公国が負担しているんですか?」


「え、いえ、はい。あの費用については我が侯爵家が全額負担しています」


アーゴク侯爵は汗を拭き拭き答える。


「侯爵家の全額負担ですか!それはそれは、大変な額になるのでは?」


アンソニーがさも驚いたと言った顔で尋ねる。


「あ、はあ、そうですね。ですが、必要なことですので…」


「素晴らしいですね。自国のために私財を投じて医薬品の開発を支援されているとは」


「ああ、まあ、ははっ。妻の家系が医者の家系でしてね。その繋がりがあるからなんですよ」


ウィルに手放しで賞賛され、アーゴク侯爵は満更でもない様子で踏ん反り返った。





「「ブートレット大公にご挨拶申し上げます」」


無事に大公の宮殿に到着したウィルとアンソニーは、謁見の間でブートレット大公夫妻とディミトリ公世子と対面していた。


「ウィリアム王太子殿下、ハートネット公爵令息、どうか気楽にしてくれ。遠路はるばる来て、お疲れだろう」


人の良さそうなブートレット大公が、にこにこしながら二人に声をかける。


「お気遣い感謝いたします」


ウィルは立ち上がり、笑顔を見せた。


「ウィリアム!久しぶりだね、会えて嬉しいよ」


公世子のディミトリが気さくな調子でウィルの名を呼ぶ。


「ディミトリ、私も君に会えるのを楽しみにしていたんだよ」


ウィルとディミトリは年も近く、お互い世継ぎということもあってか、昔からよく気が合った。


そんな二人を嬉しそうに見ていた大公夫人が、夫である大公に進言する。


「あなた、殿下達もお疲れでしょう。先にお部屋でゆっくり休んでいただいたら?」


「おお、そうだな。ディミトリも積もる話はあるだろうが、まだこれから時間はたっぷりあるからな」


「そうですね、父上。ウィリアム、今日の夜は君達の歓迎パーティーを開くからね。それまで部屋でゆっくり休んでて。ヒース、お二人を客室にご案内して」


「ブートレット大公、大公夫人、ディミトリ公世子、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、少し部屋で休ませていただきます」


ウィルとアンソニーは礼儀正しくお辞儀をすると、ヒースと呼ばれた侍従に従い、謁見の間を後にした。





その頃、アーゴク侯爵家では、侯爵夫妻が揉めていた。


「殺せなかったですって⁈この無能!何のためにわざわざ国境まで出向いたのよ!」


「そんなことを言ったって、私まで一緒に馬車に乗せられてしまったら、事故に見せかけることはできないだろう!下手したら私まで死んでしまう」


「ふん!いっそのこと一瞬に死んでしまった方が疑惑の目をそらせて良かったのに!全く使えないのね!」


「そこまで言うことないだろ!」


「あの二人が大公に密告したらうちは破滅よ!どうするのよ!」


「大丈夫だ。今夜、宮殿で歓迎パーティーが開かれる。そこであの薬を使って二人を静かにさせる」


「今度こそ失敗しないでよ!」


「ああ、任せておけ。ブリトニーに二人を誘惑させるのを忘れるなよ」



「お父様、私を呼びましたか?」


そこに、アーゴク侯爵家の一人娘のブリトニーがやって来た。母親のメアリーに似て、派手な顔つきの美人だったが、品の無いドレスとメイクがケバケバしい。


「おお。我が宝よ。お前のその美貌で隣国の王子達を骨抜きにしてくれ」


「やだわ、お父様ったら。でも、そうね、隣国の王太子はかなりの美青年だと聞くし。今日の夜会が楽しみだわ」


「さあさあ、ブリトニーちゃん、急いで支度を始めないと!」


メアリーが猫撫で声を出す。


「はーい。ねえ、お母様、私、あのエメラルドのネックレスを着けたいわ」


「はいはい。わかっているわよ」


妻と娘がかしましく騒ぎながら去って行くのを、アーゴク侯爵は疲れた顔で見送った。

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