何かが足りない?

「あれ?アリス、座らないの?」


 学園のお昼休み。


 いつもなら椅子を引いて無理矢理自分の横に座らせるウィルがいないせいか、アリスは食堂でどこに座ったらいいのかわからず、ボーッと立ち尽くしていた。


「え?いえ、もちろん座りますわ!」


 ジャンの言葉にアリスは慌てて席につく。


「クラリス嬢だけじゃなくて、ウィルとアンソニーまでいないから、何だかいつもの場所が広く感じるね」


「ほんとだな。いつもなら誰がクラリスの隣に座るかで揉めるのにな」


 ポールもどこか寂しそうに呟く。


「アリスはウィルがいなくて寂しいんじゃないの?」


 ジャンの無邪気な問いかけに、アリスはジト目で返す。


「どうして私が寂しがらないといけないんですの?」


「俺はクラリスがいなくて寂しいぞ」


「お、俺だって…!」


 ポールとエラリーの言い争いも、いつもに比べると覇気がない。


「まあまあ。今日もみんなでお見舞いに行くでしょ?」


「ウィル様が特別許可証を出して下さったおかげで、私達だけでも王宮に入れますものね」


 ジャンの言葉を受けて、イメルダがにっこり笑う。 



「ところで、ジャン。ジャンはウィル様達の隣国視察の理由を知っているんですの?」


 隣に座るジャンにアリスが小声で聞く。


「んー?知らないよ?」


 ジャンがアリスを真っ直ぐ見て嘘をつく。こんな時のジャンには何を言っても無駄だ。


 (もう。何も言わないでいなくなるなんて。あの腹黒エロ王子!)


 アリスは小さくため息を吐くと、食事を続けた。






 その頃王宮では、国王と宰相、そして特務部隊副隊長のセベールが王の執務室で密談していた。


「あの男は全部吐いたのか?」


「畏れながら陛下、これ以上あやつから搾り取れる情報はないかと」


 セベールが優雅な仕草で、国王の問いに頷く。


「そうか。では後は我が息子達が隣国で情報の真偽を確認してくるだけだな」




 セベールの厳しい取り調べ、という名の拷問によって、アグリーは早々に自らの犯した罪を全て白状していた。その自白の中には国内の貴族の名前と、隣国の貴族の名前が上がっていた。粗悪な医薬品と違法薬物の売買に、裏で手を引いて関わっていた者達だ。


 セベールからの報告を受けて、国王はすぐに、名前の上がった国内及び隣国の貴族とその周辺を調査するよう指示を出した。国内については宰相であるハートネット公爵が指揮を取った。


 だが、隣国については、下手な手を打つと外交問題に発展する心配もあったことから、表向きは王太子であるウィルの視察という名目で、公国の協力を得られるか打診することにしたのだ。




「ウィリアム殿下とアンソニーなら、任せて大丈夫でしょう」


 ハートネット公爵は二人に全幅の信頼を寄せていた。


「そうだな。わしもそう思う。だが、念には念を入れないとな。二人には護衛だけでなく、ハートネット公爵家の影も付けてあるのだろうな?」


「はい。もちろんです」


「なら大丈夫だな。セベールよ、最後にもう一度だけ、あの悪党から聞けることがないか確認してくれ。殺しても構わん」


 非情な為政者の顔で国王がセベールに命じた。


「仰せのままに」


 一礼すると、まるでこれから舞踏会にでも出席するかのように、軽やかな足取りでセベールは王の部屋を辞した。



「やれやれ、あの男だけは敵に回したくないですな」


「だが、味方となればこれほど心強い男もいない」


 セベールの後ろ姿を見送りながら、宰相と国王は頷き合った。






*この後、残酷な描写が続きます。苦手な方はご注意ください。




 セベールの足音が聞こえ、地下牢にいたアグリーは恐怖に震え始めた。身体は厳重に拘束され、口には布が突っ込まれた上で、更にその上から布で塞がれている。万が一にも自死するのを防ぐためだ。


「う!う!」


 セベールが牢の前に立つと、アグリーはセベールから少しでも遠ざかろうと、身動きの取れない身体でジタバタする。


「やあ。ご機嫌はいかがかな?」


「う!う!う!」


「はは、いいわけないよね。あれだけ痛めつけたんだものね」


 セベールは楽しそうに笑うと、控えていた牢番に鍵を開けるように指示を出した。


 牢獄の扉が開き、セベールが入ってくると、アグリーはいよいよ激しく震え出した。


「口の布を取ってあげて」


 同行してきた男達に指示を出す。


「た、助けてくれ!俺の知っていることは全て話した!」


 唯一自由に動かせる口でアグリーは必死に命乞いした。


 アグリーの右耳は千切れ、左目は既に見えない状態だった。残った右目も半分塞がっている。手足はかろうじて付いているものの、至る所から出血しており、拘束を解いたら、あらぬ所に折れ曲がっているだろう。


「ほんとにあれで全部かな?まだ何か話していないことがあるんじゃないの?」


 セベールがニコニコと微笑みながら、アグリーに聞く。その手にしているのは、真っ赤に焼けた鉄の棒だった。


「左目は昨日潰しちゃったから、今日は右目にしようか」


「い、いやだ!いやだ!頼む、助けてくれ!」


「君に脅された貸し馬車屋の家族もクラリス嬢達もみんな助けを求めたんじゃないの?もっと言えば、過去に君達親子に乱暴された女性達もね。君はその訴えに応えてあげたのかな?」


「~!!!」


「自分のやったことは自分に返ってくるんだよ。君に傷つけられた人達の恐怖と悔しさを少しは味わってもらわないとね」


 鉄の棒を手にゆっくりと近づいてくるセベールに、アグリーは恐怖のあまり失禁した。

 それを見てセベールが思い出したように言う。


「ああ、そうだ。二度と女性を傷つけることがないように、君を去勢しなきゃね。私としたことが、大事なことを忘れていたよ」


「や、やめろ!本当にもう何も知らないんだ、本当だ、もう許してくれ!」


「あのクロー伯爵家と隣国のアーゴク侯爵がどう繋がるのかがまだ分からないんだけどね。君は本当に何も知らないのかな?」


「お、俺達はクロー伯爵に言われた通りに動いていただけだ!隣国のアーゴク侯爵の名前もたまたま耳にしただけで、詳しいことは何も聞いていない!本当だ!信じてくれ!」


アグリーの悲鳴のような声が響く。


「そう。じゃあ、君から得られる情報はもうないってことだね」


「そうだ、俺は全部喋った!だからもう解放してくれ!」


「解放?何を勘違いしているのかな。私は話せば自由にするとは一度も言っていないんだけど?」


「な、なんだと…」


「情報を得られなくなった以上、君はもう用無しだよ。陛下の許可もいただいたことだし、我が特務部隊の後進の育成に貢献してもらおうかな」


いつの間に来たのか、セベールの後ろにはまだ若い男女が数名並んでいた。みな無表情にアグリーを見つめている。


「さあ、みんな。いい実験動物が手に入ったよ。どこをどう痛めつけたら効果的に自白を引き出せるのか、実施の講義といこうか」


アグリーの絶叫が地下牢にこだました。

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