波乱の歓迎会

ヒースと呼ばれた侍従の後について客室に到着したウィルとアンソニーは、ようやく二人になり、フゥッと息をついた。


「いやあ、いきなりの本命登場でしたね」


「ああ、まさか到着してすぐに仕掛けてくるとはな」


ウィルもアンソニーも上着を脱いで襟元を緩める。その仕草に、お互いこれまで思いの外、気を張っていたことが分かる。


「しかし、あの侯爵に国をまたいで悪事を働くだけの器量があるようにはとても思えないな」


「同感です。小心な小男にしか見えなかったですね。影からの報告に寄ると、どうやらアーゴク侯爵の奥方が、亭主を顎でこき使っているようですが」


「ということは、今回の件の黒幕はその奥方か?」


「その可能性はありますが、現段階ではまだ何とも言えませんね」


珍しく結論を急ぐウィルに、アンソニーは少し驚いたが、あくまでも冷静さを失わず、淡々と事実を告げる。


「そうだな。決めつけるのはまだ早いな。いずれにしても、今夜の歓迎パーティーで何か動きがあるだろう。それまで少し体を休めるとしよう。トニーも休んでおいてくれ」


「はい。今晩に備えておきます」


ウィルは胸元をはだけたままソファに横になり、目を閉じた。

それを見てアンソニーは護衛と影の位置を確認し、自身は隣室へと移動した。






「今夜のお客様は、我がブートレット公国の友好国、カリーラン王国からいらっしゃいました、ウィリアム王太子殿下と側近のハートネット公爵令息です」


大公家に続いて入場したウィルとアンソニーを大公家の侍従が紹介する。


にこやかな笑みを浮かべて入場してきた二人に、会場中の令嬢達がほうっと息を吐く。


「皆様、今宵はこのような場を設けていただき、心より感謝申し上げます」


ウィルがキラキラ王子様スマイルで謝辞を述べた。令嬢達のため息が聞こえる。


「皆の者、カリーラン王国とブートレット公国の末永い友情を祝おうではないか!」


大公の言葉に、集まった貴族達が沸いた。




「ウィリアム王太子殿下、お初にお目にかかります。これは我がモーブ公爵家の娘の…」


「ハートネット公爵令息のアンソニー様ですね!私はソノータ侯爵家長女の…」


歓談の時間になると、ウィルとアンソニーの元には公国の貴族達、主に年頃の女子のいる貴族達が一斉に集まってきた。


ウィルもアンソニーもキラキラスマイルのまま、集まってくる貴族達を適当にいなしていた。すると、そこに聞き覚えのある声が響いた。


「これはこれは。ウィリアム王太子殿下にハートネット公爵令息。我が家の馬車の乗り心地はいかがでしたかな」


人混みを掻き分けて、アーゴク侯爵夫妻と令嬢が、ウィル達の側にやってきた。


「ああ。アーゴク侯爵。先ほどは宮殿まで送っていただき、ありがとうございました」


「私からもお礼申し上げます」 


ウィルとアンソニーは、アーゴク侯爵に親しげに微笑みかける。


「そちらはご家族ですか?」


ウィルの問いかけに、アーゴク侯爵は待ってましたとばかりに妻と娘を紹介した。


「これは私の妻のメアリーです。そして、これが我が愛娘のブリトニーです」


「「ウィリアム王太子殿下にご挨拶申し上げます」」


メアリーとブリトニーがしおらしく頭を下げる。


(ふ。カーテシーのつもりか?全くなっていないがな。アリスなら目を閉じたままでも綺麗にやってのけるぞ)


笑みを張り付けたまま、ウィルはアリスの美しい所作を思い出していた。


「これは、ご丁寧に」


「アーゴク侯爵は、美しいご夫人とご令嬢に囲まれてお幸せですね」


言葉の少ないウィルをフォローするべくアンソニーが歯の浮くようなお世辞を述べる。


「「まあ、美しいだなんて、そんな」」


途端に、アーゴク侯爵夫人と令嬢が恥じらった様子で俯く。


(はああ。仕事じゃなかったら、庭に転がっている石よりも興味はないんですけどね。赤くなってるのか、厚化粧のせいなのか、全くわからないし。それに比べてクラリス嬢の静謐な美しさといったら!)


アンソニーは化粧っ気のない、クラリスの清潔な白い肌を思い出していた。


「ところで、王太子殿下もハートネット公爵令息も、ずっと立ち続けでお疲れでしょう。あちらにとっておきのワインを用意してあります。確か、カリーラン王国では十八歳から酒が飲めるんですよね?」


ウィルとアンソニーが言葉少なになったのを、ブリトニーに見惚れたためだと前向きに勘違いしたアーゴク侯爵が、別室で休むことを勧める。


ウィルとアンソニーは一瞬視線を交差させると、揃って頷いた。


「ちょうど少し休憩したいと思っていたんです」


「国境へのお出迎えといい、本当にアーゴク侯爵は気の利く方だ」


「とんでもない。公国の外相として当然のことです。ブリトニー、お二人をご案内して差し上げなさい」


「はい、お父様」


あくまでも淑やかな侯爵令嬢の仮面を外さないまま、ブリトニーが二人に向かって微笑んだ。


「では、アーゴク侯爵令嬢、手間をとらせてすまないが、部屋までご案内願おう」


ウィルがいい笑顔を見せた。

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