それぞれの放課後(ウィルサイド)

四時限目の授業が終わるやいなや、アリスを迎えに行き、公爵家の馬車で行くから!という声を聞き流して、半分無理矢理のように王家の馬車に乗せた。


最近表情豊かになってきた婚約者殿はウィルの前では以前と変わらず、淑女然とした態度を崩さない。


今も王宮の庭で向かい合って座りながら、優雅にお茶を飲んでいる彼女は完璧な淑女だ。だが、ウィルが贈ったドレスの話になると、その完璧な淑女の仮面が少しだけ外れそうになり、ウィルは今までにない満足感を覚え、思わず笑いが溢れてしまう。


クラリスという着火剤なしで、自分が直接アリスの感情を揺さぶることができたのだと思うと、不思議なぐらいに嬉しさが湧き上がってきた。


(だが、あの仕草は反則だ)


ウィルが思わず漏らした呟きに、わずかに首を傾げたアリスは可愛らしく、ウィルの方が珍しく動揺してしまった。もう少し彼女の仮面を外してみたかったが、しなければならない話があったことを思い出し、先にそちらを済ませることにした。

 




コモノー男爵親子が不正に薬を売買しているとして、ドットールー侯爵と連名で、筆頭公爵家のオストロー公爵が訴えてきたのは、新年度が始まってすぐの頃だった。


カリーラン王国の医薬品の売買などの管理は、代々ドットールー侯爵家が一手に引き受けている。人の命に関わるものであり、品質や在庫の管理など、一括で製薬から販売までできる体制を整える必要があるからだ。もちろんドットールー侯爵家に対しての王家の監査体制もしっかりしており、王国内でドットールー侯爵家が関わっていない薬は存在しないはずだった。


それが、数ヶ月ほど前から、街で買った薬を飲んだら余計に体調が悪くなったという訴えが聞こえてくるようになった。もちろん、どんな薬にも副作用はあるため、最初は副作用が強く出ているのかと、医師達はそれほど重要視していなかった。訴えが全て貧しい平民からのものであったことも、医師達の無関心を助長した。


だが、ラングドン医師は、訴えが増える一方であることと、その訴えが全て平民からのものであることが気にかかっていた。オストロー公爵家のお抱え医師であるラングドンは、公爵家の仕事が休みの日には無償で貧しい人達の診察をしていたのだ。


ラングドン医師は件の薬を集め、主人であるオストロー公爵に相談した。


それを受け、オストロー公爵が友人でもあるドットールー侯爵に確認したところ、彼の元にも訴えはもちろん届いており、オストロー公爵家とドットールー侯爵家は共同で調査を始めた。


すると、ほどなくして、粗悪な薬を平民街、特に貧しい人達が多く集まる所で比較的安価で売り捌いている男達がいるという情報を掴んだ。その男達から辿っていた先が、コモノー男爵親子だったというわけだった。



(先先代が築いた莫大な遺産をただ食い潰し、資金繰りに困った挙句に悪事に手を染めたようだが、こんな杜撰なやり方で捕まらないと思っていたのだろうか。幸い、この薬のせいで命を落とした人はいないようだが、一歩間違えば大量殺人という結果になっていたことも考えられる。軽い罪ではすまない)



ドットールー侯爵家は、質の良い薬をできるだけ手に入れやすい価格で提供できるよう、様々な工夫をしてはいるものの、薬に使われる材料は貴重なものも多く、どうしても高価になってしまうことがほとんどだ。そのため、医薬品の類は誰でも手に入れられるような物ではない。

特に、日々の生活でいっぱいいっぱいの平民達にとっては薬は手の届かない高級品だった。そこに安い薬が登場し、知識にも乏しい貧しい人々が飛びついたのだ。




オストロー公爵とドットールー侯爵の申立てを受けた時その場にいたウィルは、国王にこの件は自分に任せて欲しいとお願いした。コモノー男爵への怒りがあったのはもちろんだが、婚約者であるアリスにいい所を見せたかったという気持ちがあったのも事実だ。


(調べていくうちに、男爵親子がクラリス嬢に執心なのもわかったしな。きっとアリス嬢が興味を持つだろうと思ったのは正解だったな)




だが、話が終わるとすぐに、今日の仕事は終わったとばかりに席を立とうとするアリスの姿が面白くなく、咄嗟に手を掴んで引き留めてしまう。自分の口から出た言葉に自分で驚く。


この国で、「バラを一緒に見よう」というのは意中の相手を誘う時の決まり文句だったからだ。


(どうやら私は自分で思っていた以上に彼女に惹かれているようだ)


これまで感じたことのない気持ちに少し戸惑いつつも、ウィルは、自分がアリスの手を離すことはないだろうと確信していた。

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