放課後のご予定は?

「エラリー、もう体調は大丈夫そうだけど、そろそろ教室に戻ろうか?今戻れば、一時限目の終わる前にはギリギリ間に合いそうだよ」


「そうだな。これ以上ここにいる必要はないな」


軟体動物から脊椎動物へと無事に復活を遂げたエラリーは、サッと立ち上がると、ジャンに頭を下げた。


「ジャン、世話をかけた。すまなかった」


「いいよ、これぐらい。たいしたことじゃないよ」


どこまでも真っ直ぐなエラリーの姿にジャンは優しく微笑むと、医務室のドアを開けた。



「それに、ここで休んでたおかげで、とんでもない悪巧みの現場に居合わせることができたしね」


「ああ。あの令嬢達もあれだけ脅しておけば、まさか行動に移すことはないだろう。だが、まさか、クラリス嬢のことをあんな風に言う人間がいるなんて…」


エラリーは、まだ信じられないといった風に首を振っていた。そんなエラリーを少し眩しそうに見つめながら、ジャンは話を続けた。


「S階にいる生徒達はみんな自分の勉強や研究に一生懸命で、他人を蹴落とそうとする暇があったら本を開いていたいっていう人間ばかりだからね」 


「クラリス嬢が平民だからって馬鹿にするような人間は一人もいないどころか、むしろ彼女の努力する姿を素直に尊敬している」


「だけど、勉強はできないのに貴族だからって理由だけでここにいる連中からしたら、彼女は妬みや嫉みの対象でしかないんだよ」


「…そうだったのか…」


「お昼休みだってそうだよ。僕達が周りにいるから、誰も彼女にちょっかいを出そうとはしないけど、ものすごい目で彼女を睨んでいる女子生徒は数えきれないほどいるよ」


エラリーは、クラリスと話をする機会を伺うのにいっぱいいっぱいで周囲の悪意に気付いていなかった自分を恥じた。


「ほんとに俺は…何も見えていなかったんだな」


「何かに夢中になると、それしか見えないっていうエラリーのその性格は悪くないけどね」


さり気なく、ジャンから「エラリーはクラリスに夢中」と言われていたが、遠回しな物言いにはやっぱり気づかないままのエラリーは、照れくさそうに頭をかいた。






二人が教室に戻るのと、ちょうど授業の終わりの鐘が鳴るのとが同時だった。


「今戻りましたー」


「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


「おお、キンバリー君、身体はもう大丈夫かね。ドットールー君もご苦労だったね。誰か、今日やった所を後で二人に教えてあげるように」


先生はそう言い残すと、教室を出て行った。


「イメルダ嬢、悪いんだけど、今日の放課後、また勉強を教えてもらえるかな」


先生の言葉に内心大喜びしながら、ジャンは当たり前のようにイメルダに声をかけた。


「え、ええ!私でわかることでしたら…あ、でも、私、先ほどの授業でわからない所が…クラリス様、クラリス様は今日の放課後は何かご予定が?」


先生の言葉を受けて、ジャンとエラリーにノートを見せてあげようとしていたクラリスは、イメルダの問いかけに首を横に振った。


「いいえ、特にこれといった予定はありません。あの、私のノートでよろしければご覧になりますか?」


クラリスの控えめな言葉にすかさずジャンが被せてくる。


「それじゃあ、放課後にクラリス嬢もエラリーも一緒に勉強するのはどう?」


(ジャン、イメルダ嬢、ありがとう…!)


二人の友情にエラリーは胸を熱くしつつ、大きく頷く。


「ぜ、ぜひお願いしたい!クラリス嬢のノートの取り方なども参考にしたいし!」


「じゃあ、決まりだね!四時限目の授業が終わったらみんなで一緒に図書館に移動しようね」


クラリスもイメルダもにっこり微笑んで、同意を示した。






エラリーが友人達のナイスアシストに喜びを噛み締めている頃、アリスとポールは、それぞれの教室から出ることができず、イライラしながら休み時間を過ごしていた。



「アリス嬢、今少しいいかい?」


キラキラ王子様スマイルでアリスの行手を阻んだのは、ウィルだった。その後ろにはもちろんアンソニーが控えている。


「?ウィル様?何かご用ですの?」


アリスは急いで公爵令嬢の皮を被り直すが、クラリスの元に早く行きたい気持ちが隠しきれず、ついイライラとした口調になってしまう。


「いや(ククク、アリス嬢の顔!)、先日、オストロー公爵とドットールー侯爵から申立があった件でね。アリス嬢からも話を聞かせて欲しいんだ」


「構いませんが、この場では…」


眉間の皺をどんどん深くしながらアリスが応えた。


「もちろん今すぐにというわけじゃないよ。今日の放課後、予定がないようなら、久しぶりに王宮でお茶でもしながらゆっくり話せるといいと思ったんだが」


(…忘れてた。私、この人の婚約者だった…)


「王宮でお茶会ですか…ちょっと急すぎて準備が…こんな地味な格好ですし…」


「大丈夫だよ。そのままでもアリス嬢は十分美しいよ。あ、でも、そうだね。せっかくだから、私がこないだアリス嬢のために作らせたドレスを試してもらう、ちょうどいい機会かもね」


きらきらしたオーラのまま、ウィルは有無を言わせないような、とてもいい笑顔をアリスに向けた。


(私のために作らせたドレスって何⁈

注文してませんけど⁈それより何より、クラリスちゃんの顔を見に行きたいのに、なんでブロックしてるのよ!)


アリスの返事(「はい」一択!)を聞くまではここを動かない!とでも言いたげなウィルの笑顔に、アリスは諦めて首を縦に振った。






三年生の教室では、授業が終わるなり、ポールの周りをウィルとアンソニー以外のクラスメイトが取り囲んでいた。


「ポール様って、隣国のご出身なの?」


「どうして王国に?」


「編入試験、全教科ほぼ満点に近い点数だったんですってね!」


「発酵学を学びたいって本当?」


「どうやって勉強してるの?」


口々にポールに対して質問を投げかけてくるクラスメイト達の顔は、一様に好奇心でキラキラしていた。


ポールも、さすがにクラスメイトを無視するわけにはいかず、聞かれたことに一つ一つ答えているうちに、あっという間に十分間の休み時間は過ぎてしまった。


(ああー!クラリスの顔を見に行こうと思っていたのに!またお昼休みまでお預けかよー)



一時限目の時とは打って変わってがっくりと肩を落とすポールと、さらにくすくす笑いが止まらないウィルの対照的な様子にクラスメイト達は無邪気に首を傾げるのであった。

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