天網恢恢疎にして漏らさず
「いい加減にしろ!!」
烈火の如く怒りをたぎらせているエラリーの様子に、二人の女子生徒はすくみ上がった。
「「エ、エラリー様…!」」
「い、いつからこちらに⁈」
悲鳴にも似た声が上がる。
「君達がここに『休憩』しに来た時からだよ」
「ジ、ジャン様まで…⁈」
「僕はエラリーが具合が悪そうだったから休ませに連れてきたんだけど。いやあ、知らなかったなあ、この部屋は授業をサボって悪巧みをするためにも使われているなんてね」
ニコニコといい笑顔を浮かべながら、ジャンがその姿を見せると、女子生徒達は真っ青を通り越して真っ白になった。
「先ほどの話は本当か」
「あ、ええ!あの平民の女子生徒が朝から校庭で男子生徒と抱き合っているのを、この目で見ましたわ!」
「っぐっ、そ、その話じゃない。彼女の実家の店を潰して、彼女を娼館に売り飛ばすとかいう話だ!」
「えっ、いえ、あれは本気ではなくて、ちょっと言ってみただけと言いますか…」
「ええ、ええ、私もヤイミー様も、そんな悪いことはしませんわ…」
「ふーん、自分達のしようとしていることが悪いことだっていう自覚はあるんだね」
「カイリー侯爵令嬢、クロー伯爵令嬢、今日のことはここにいるドットールー侯爵令息と私がしっかり聞いたぞ。今後、万が一クラリス嬢の身に何かあれば、真っ先に二人が捕縛されるだろうな」
エラリーの琥珀色の瞳が二人の令嬢を見据え、有無を言わせない調子で言い放った。
「そういえば、僕もエラリーもウィリアム王太子殿下まで、クラリス嬢に侍っているって言ってたね。知らなかったなあ、友人と楽しく食事をすることを最近はそんな風に言うんだねえ。ウィル様にも教えてあげなきゃね」
エラリーとは逆に、ジャンは優しい口調で二人を追い詰める。
「ひっ!」
「も、もうこのようなことは申しませんので…!」
「言わずに黙ってやるってこと?」
ジャンがニコニコしたまま聞く。
「と、とんでもない!二度とクラリス嬢に近づきません!」
「わ、私もですわ!」
二人の悲鳴のような声に、ジャンはエラリーに目配せし、ひとまずこの場は終わりにすることを告げる。
「そう。自分が可愛かったら、今の言葉を忘れないことだね。」
真っ白な顔のまま、挨拶もそこそこにドタバタと医務室を出ていく二人の背に、ジャンが思い出したかのように付け加えた。
「あ、そうそう。君達が仮病のために医務室を利用していたことは、ちゃんとDクラスの先生に伝えておくからねー」
「…俺は今自分の耳で聞いたことが信じられん」
「そうだねえ、クラリス嬢が公衆の面前で男子生徒と抱き合っていたなんて、信じられないよね」
「っぐっ、い、いや、それも信じられないがっ!俺が耳を疑ったのは、あの令嬢達の悪巧みの内容だ!」
清廉潔白な、騎士道精神に溢れたエラリーには、令嬢達のむき出しの悪意が、あり得ないものとして写ったのだった。
「…エラリーは騎士になるのが目標なんだろ?それなら、こういった人間の汚い面から目を背けちゃだめだよ。でないと、大事な人を守れないよ」
いつにない、ジャンの真剣な眼差しにエラリーは何も言えず、無言で頷くしかなかった。
ジャンは、今の女子生徒達の会話に、半年ほど前の事件を思い出していた。
中等部の最終学年で同じクラスになったジャンとイメルダが、一緒に勉強するようになり、親しくなっていくのを、恐ろしい顔で見つめている女子生徒がいたことに、当時のジャンは気づいていなかった。
イメルダの気を引くことに夢中で周りが見えにくくなっていたことも原因だが、最初にクラス全員の前で牽制したこともあり、まさかイメルダに手を出そうとする人間がいるとは思わなかったのだ。
だが、それが大きな間違いだったと気づいたのは、ジャンに片想いしていた別のクラスの伯爵令嬢が、学園でもタチの悪い噂のある男子生徒達に頼んで、イメルダに乱暴させようとしている現場に遭遇した時だった。
「イメルダ嬢ー?あれ?いつも時間より早く来ている彼女が、今日はどうしたんだろう」
ジャンとイメルダは週に一度、時間を決めて学園の図書館で一緒に勉強していた。イメルダは真面目で、無断で約束を反故にすることなど考えられない。
ジャンは嫌な胸騒ぎがした。
図書館を出て、会う人会う人にイメルダを見なかったか聞いてまわっていると、何人目かの生徒が、イメルダがさっき裏庭に向かうのを見たと教えてくれた。
礼を言ってジャンは裏庭へと走った。
裏庭に辿り着いたジャンがそこで見たのは、二人の男子学生に押さえつけられて必死で抵抗しようとしているイメルダと、少し離れた所で醜悪な笑みを浮かべながら、その光景を楽しそうに見ている女子生徒の姿だった。
「イメルダ嬢!」
駆け寄るジャンの姿にイメルダを押さえつけていた男子生徒は怯み、一瞬迷った後、「あいつに目をつけられたらヤバい!」と呟き、慌てて逃げ出した。
イメルダの口をおさえてスカートを捲り上げようとしていた男子生徒は、咄嗟に動けないでいた所を、ジャンに思い切り顔を蹴り上げられ、顎をおさえてのたうち回った。
「う、うがっ」
そんな男子生徒の下腹部を強く蹴り上げ、完全に戦闘不能な状態にしてから、ジャンはイメルダに駆け寄った。
「イメルダ嬢、ごめんね、来るのが遅くなって」
「…あ、あ、ジャ、ジャン様…」
「さあ掴まって。怪我はない?」
ポロポロと涙を流し、声も出ない様子のイメルダをジャンは優しく抱き上げると、離れた所で隠れているつもりの伯爵令嬢に声をかけた。
「よくも、僕の宝物に手を出してくれたね。君も、君の家族も無事でいられるとは思わないことだね」
ジャンの地を這うような声に、令嬢が姿を表してジャンに縋ろうとする。
「ジャ、ジャン様!どうして、そんな身分の低い女なんか…!私の方がずっとあなたに相応しいのに!」
「…心外だな。自分の欲望のためには無実の人を傷つけてもいいと考えるような人間とお似合いだと思われていたなんてね。メッシー伯爵令嬢、今日中に身辺整理しておくことをお勧めする」
「そんな…!ジャン様!ジャン様!」
メッシー令嬢の悲痛な声が響いたが、ジャンは振り向きもせず、足早に医務室を目指した。
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