昼休みが待ち遠しい
(実はあの男は母の実家の使用人で、母が隣国の裕福な商人の一人娘だと、あの時初めて聞いてびっくりしたんだっけ)
ポールの母、ナタリーがカリーラン王国の隣のブートレット公国の出身だというのは聞いていたが、その実家は公国屈指の有力な商人で、ナタリーは父とは駆け落ち同然に家を出てきたということは初耳だった。
ポールの祖父母は家出してしまった娘のことを密かに気にかけており、困窮しているという話を聞きつけ、家に連れ戻すべく、レットを差し向けたのだ。
優秀なレットはブランジュ家の借金や滞納していた家賃などを全て精算し、四、五日で、二人をブートレット公国に連れて帰る準備を整えてくれた。
ナタリーの祖父母からの指示もあり、何ヶ月もの間無料で食事を提供してくれたクラリスの両親にも、まとまったお金をお礼として渡そうとしたが、オーリーもエリーもがんとして受け取らなかった。
慌ただしい引越のことをポールからフレデリックやクラリスに説明したが、まだ幼いクラリスにはポールがいなくなるということが辛すぎて我慢できず、大きな眼からポロポロと涙をこぼした。
「いやだ、ポールお兄ちゃんがいなくなるなんて、いや!」
「クラリス…ごめんな。でも、大きくなったら必ず迎えに来るから、泣かないで待っててくれよ」
後ろ髪を引かれながら、ポールはすっかり痩せてしまった母の手を取り、レットが用意してくれた貸切馬車に乗り込んだ。
隣国の母の実家では、親子は暖かく迎えられた。ポールは公国の学園に編入することができ、優秀な家庭教師を付けてもらうこともできた。
(おかげで、厳しいことで有名な王立学園の高等部の編入試験に合格できるだけの学力を身につけることができた)
ポールが、発酵学を学ぶために王立学園に編入したいと希望した時、祖父母も母も反対しなかった。祖父母は過去に強く反対したせいで、大事な一人娘を辛い目に合わせてしまったことを深く悔やんでいたのだ。
発酵学を学びたいというのも本当だが、ポールが血の滲むような努力をして、Sクラスに入れるだけの力を身につけたのは、幼い頃のクラリスとの約束を実行するためだった。
(ようやくクラリスの側に帰ってくることができた。これからは全力でクラリスを幸せにするぞ!)
クラリスの無邪気な笑顔を思い出し、授業そっちのけで、早く昼休みにならないかとソワソワするポールだった。
一方その頃、医務室で、ジャンはエラリーをスライムから人間に戻そうと声をかけていた。
「エラリー、ほら、しっかりして。まあ、気持ちはわかるけどさ」
「あ、あの男は誰なんだ…クラリス嬢とあんなに親しそうに…」
「なんか、隣国から編入してきた、裕福な商人の孫らしいよ。優秀な成績で編入試験に合格したらしい」
貴族というより商人タイプのジャンは、常に情報収集を怠らない。新しい編入生のことも事前に知っていたが、クラリスと関係のある人物だとは知らなかった。
(知っていたら、先にエラリーに心の準備をさせておいたんだけど)
「クラリス嬢の名前も呼び捨てにして…いったい彼女の何なんだ」
「それは本人に聞いてみたらいいんじゃない?どうせ今日の昼もみんな一緒に取るだろう?」
授業初日にみんなで昼ごはんを食べてから、毎日同じメンバープラスアンソニーで昼食をとっていた。ジャンには、クラリスと謎の編入生の関係を尋ねる時間は十分あるように思えたが、エラリーはまだグズグズとしていた。
「だ、だが、何と言えば…」
と、その時、医務室のドアがガラッと開くと、誰かが入ってくる気配がした。
「あ、先生が帰ってきたのかな?」
養護教諭は体育館に怪我人がいるという知らせに、ジャン達と入れ違いで急いで出て行ったままだった。
「あら、先生はいらっしゃらないようよ」
「ちょうど良かったわ。誰もいないようだし、ここで少し休憩していきましょ」
聞こえてきたのは、二人の女子生徒の声だった。カーテンで仕切られているため、ジャンとエラリーの存在に気づいていないようだ。
「今朝のあれを見てから、すっかり気分が悪くなってしまったわ」
「本当に!あのクラリスとかいう平民が、あんな公衆の面前で男子生徒を誘惑して、あまつさえ、人前で抱きつくなんて!」
思わず声を上げようとするエラリーの口を咄嗟に手でふさぐと、ジャンはエラリーに静かにするようジェスチャーで促す。
「まったく、これだから身分の低い卑しい娘はいやだわ。Sクラスに入ったのだって、どうせまともな手段じゃないのよ」
「そうよ、ちょっとアリス様に気にかけていただいてるからといって、調子に乗って」
「お昼休みなんて、アリス様だけでなく、ウィル様やジャン様、アンソニー様にエラリー様まではべらせているのよ!」
「ほんとに図々しいったら!」
「なんとか自分の立場ってものをわからせてやりたいわ」
「でも、学園内ではいつもアリス様が一緒にいらっしゃるし、帰りも図々しくも公爵家の馬車に同乗しているし、あの女が一人になることがないのよ」
「そういえば、あの女の家は平民街にある食堂らしいわよ」
「じゃあ、その店に行って、食事に変な物が入ってるって騒いで、あの店は危ないって噂を流せば…」
「それはいい考えね!店が潰れた所で、あの女を娼館にでも売り飛ばせば、学園を続けることはできなくなるわ」
「いい加減にしろ!!」
あまりにひどい会話に我慢ができなくなったエラリーが、ジャンの制止を振り切り、カーテンを一気に引き開けた。
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