アリスの秘密
「はあぁ…クラリスちゃんが可愛すぎて辛い…」
帰宅早々ベッドにダイブし、枕を抱きしめて身もだえしているのが、この国の筆頭公爵の愛娘、アリス・ド・オストローだと言っても誰も信じないだろう。
それほど、普段のキリッとした雰囲気からは想像もできないほど、ダラダラとしまりのない顔になっていた。
「もう、お嬢様!シワになる前にお着替えからお願いします!」
幼い頃からアリスに仕えている専属メイドのカイシャがいつものお小言をこぼす。
「もうカイシャったら、そんなに怒らないで」
「怒って当然です!急に外食してくるとおっしゃったかと思えば、帰って来られるなり、ベッドに飛び込むなんて!淑女のされることではありません!」
「さあアリスお嬢様、湯浴みの用意が整いました」
カイシャのお小言にアリスがしぶしぶベッドから降りたところ、すかさずメイド達が服を脱がせて、下着姿のアリスを湯殿へと連行する。
「ありがとう、みんな。後は一人で大丈夫よ。」
長い髪を丁寧に洗われ、湯船に入ったところでメイド達に退出を促す。
「ふうう。慣れたとはいえ、やっぱりお風呂は一人でゆっくり入りたいわよね」
前世ではもちろん誰かに体を洗われるなんて経験はなかったから、こればかりは何年たっても気恥ずかしさが拭えない。
アリスが前世のことを思い出したのは五歳の誕生日を迎える一月ほど前のことだった。
盛大な誕生日パーティーを開くべく準備に余念がない公爵家で、アリスは暇を持て余していた。大人達はみんなバタバタと忙しそうで、少し年の離れた兄達は学園に通っていて、昼間は家にはいない。
「お庭の散歩でもして来ようっと」
アリスが庭に出ると、メイドのカイシャが慌てて日傘を持ってその後ろを追いかけてきた。
「カイシャは来なくて大丈夫!」
「ダメです。屋敷の敷地内とはいえ、アリス様お一人にするわけにはいきません!」
「来ないで!」
虫のいどころの悪かったアリスは、カイシャの手をすり抜けると、庭に向かって走り出した。
「お嬢様!」
カイシャが慌てて追いかけるが、カイシャのぽっちゃりした身体では、すばしこい四歳児を捕まえるのは一苦労だ。
「ここまでおいでー!っつ!」
後ろを振り向きながら走っていたアリスは目の前の生垣に気づかず、勢いのままに生垣に頭から突っ込んでいた。
ザザザッ
アリスは咄嗟に目をつぶって、来るべき衝撃に耐えようとしたが、アリスの身体は柔らかく抱き締められていて、傷一つなかった。
「お母様!」
「もうアリスったら。こんなお転婆なことをしてはダメですよ」
アリスを柔らかく包み込んで、困ったような顔をしていたのは、アリスの母のクレアだった。
クレアは少し離れたところで庭師とパーティーの飾り付けに使用する花の打ち合わせをしていたのだが、アリスがカイシャを困らせているのを見て、注意しようと近付いてきたところだった。
ところが、前を見ずに走るアリスが生垣に頭から突っ込みそうになったのを見て、咄嗟に自分の体を生垣とアリスの間に滑り込ませて、娘の顔が傷だらけになるのを防いだのだ。
「奥様!大丈夫ですか⁈」
「奥様、血が!」
「大丈夫よ、枝が少し引っかかっただけよ。」
アリスを庇ったクレアの腕には、枝で引っ掻かれたのか、一直線に傷ができていて、出血していた。
「お母様、ごめんなさい…」
「大丈夫よ。アリスの可愛いお顔じゃなくて良かったわ。次からはカイシャを困らせたりしてはダメよ」
「はい。カイシャもごめんなさい」
「お嬢様、もうこんな危ないことはやめてくださいね」
「はい」
「クレア!怪我をしたと聞いたが、大丈夫か⁈アリスも!怪我はないか⁈」
庭師から話を聞いたオストロー公爵が慌てて駆け寄ってきた。
「私は大丈夫ですわ。かすり傷です」
「お母様が私を庇ってお怪我を…」
「アリスに怪我がなかったなら良かった。だが、ああ、クレア、君の美しい腕に傷が…」
「ラングドン医師を呼べ!」
クレアの腕の傷に青くなった公爵は有無を言わさずにクレアを抱き上げ、公爵家お抱え医師を呼ぶように命じると、アリスの頭をひと撫でして、足早に屋敷の中に入って行った。
「お嬢様、私達もお部屋に戻りましょう」
「うん…」
先ほどまでとは打って変わっておとなしくなったアリスはカイシャに手を引かれて自室へと戻った。
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