小物達の悪だくみ
「くそっ、なんだ、あの親父は!平民の癖にわしに逆らいおって!」
「父上、やはり我々が優し過ぎるのがいけないんですよ!」
「これまで大目に見てやっていたが、昨夜のことは許せん」
「そうですよ、貴族である我々がわざわざあんな汚い店に通って目をかけてやっているというのに、ちょっと娘を隣に座らせようとしただけで、食事もさせずに追い出すなんて、何様なんでしょう」
「このまま舐められたままではコモノー男爵家の威信に関わる」
「本当に!どちらが上なのかしっかりわからせてやらないといけませんよ!」
ここは王都にあるコモノー男爵邸のリビング。趣味の悪い安物のソファが男爵親子の体重に悲鳴をあげているが、そんなことはお構いなしに、親子はお行儀悪く目の前のお茶菓子を食い散らかしていた。
「おい!菓子がなくなったぞ!」
「ただいまおかわりをお持ちします」
年老いた執事が、メイドを呼ぶでもなく、自らお菓子のおかわりを取りに行く。
コモノー男爵の王都の邸に仕えるのは、年老いた執事と年老いた料理人、そして年老いたメイドが一人だけだった。
元々は裕福な商人だったコモノー家は、現男爵の祖父の時代に王都の主要道路を私費で整備し、王国の商活動を活発にした功績を認められ、叙爵した。初代男爵は商才と漢気に溢れた好漢だったが、残念ながら二代目にはその才能は引き継がれず、先代の蓄えた莫大な財産も三代目の頃にはすっからかんになってしまった。
現男爵の妻は貧乏暮らしと夫の女癖の悪さに嫌気がさし、息子がまだ幼いうちに家を出て行ってしまい、男爵の女癖の悪さには拍車がかかった。
残った三人の使用人は初代の頃からお世話になっているからというわずかな忠誠心と、この年齢では他に働き口もないからという諦めの心で、この親子に仕えていた。
「お待たせしました」
「遅い!もっと早く動けないのか!」
「申し訳ございません。私ももう年でして」
「だから早く新しい使用人を雇うように言っているだろ。なんで早く人を探さないんだ!」
「恐れながら、若様、何度募集をかけても一人も集まらないのです」
「どうしてだ!せっかくこんな由緒正しい貴族の家で働けるというのに!」
「恐れながら、旦那様、待遇面での改善が必要かと…」
コモノー男爵家の賃金は貴族の邸中でも最低で、おまけに女癖の悪い親子が、女と見ると見境なく手を出そうとするため、この屋敷で働きたいという人材は皆無であった。
「待遇面の改善だと?お前は我が家の待遇に文句があるというのか!」
「いえ、私は先先代様からお世話になっておりますので、このままこちらに骨を埋めさせていただければと思っております。新たに求人募集をしてまいりますので、これで失礼いたします」
男爵の子供じみた癇癪にも淡々と対応し、一礼して部屋を出て行く執事を見やり、ふんっと鼻をならす。
「全く。祖父の代から仕えているからといって偉そうにしおって」
「父上!いいことを思いつきましたよ!あの食堂の母娘を連れてきてメイドにすればいいんですよ!」
「おお!それはいい考えだ!だが、あのムキムキ親父が簡単に納得するか?」
「納得させるんですよ。ふふふ、ご安心ください。私に考えがありますから」
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