アリスの秘密(続)
医師が呼ばれてしばらくしてから、アリスはカイシャにクレアの自室へ連れて行ってもらった。
「失礼いたします」
ノックをして、入っていいという返事を聞いてからドアを開ける。
先ほどの出来事が余程ショックだったのだろう、いつもなら無視する行儀作法をきちんと守っている娘の姿に公爵夫妻は相好を崩した。
「お母様、お怪我はどうですか?」
「大丈夫よ、アリス、心配してくれてありがとう」
「アリス、母さんから聞いたよ。あまりお転婆なことはしないでおくれ。私の心臓が持たないよ」
「はい。申し訳ありませんでした」
神妙な顔で肩を落とす愛娘の姿に公爵は優しく声をかけた。
「アリスに怪我がなくて良かったよ。さあ、お部屋に戻って夕食の時間まで休むといい」
「クレア、アリスを庇ってくれてありがとう。早くこの怪我を治す薬がないか、ドットールー侯爵に聞いてみよう」
「もう、あなたったら。心配しすぎですわ。こんな傷、明日にはもう目立たなくなってますわ。それよりもまだお仕事の途中だったのでしょ?もうお戻りになった方がいいのでは?」
過保護な夫にクスクスと笑いながら、クレアは優しく夫の背を押した。
そんなクレアの様子が急変したのは、三日ほど経って、傷口も塞がり始めた頃だった。
その日は朝から調子が悪いと言ってクレアは早めに就寝していた。眠っていると思われていたクレアの様子を見に、クレアの専属メイドのマイラが部屋に入ったところ、クレアの息づかいがおかしいことに気づいた。
「奥様、失礼いたします」
断って額に手を当てるとかなり熱を持っている。
「こ、これは…」
様子がおかしいどころか、かなりの高熱だ。マイラは慌てて主人である公爵の部屋のドアを叩いた。
「旦那様、旦那様!奥様が!」
「クレアがどうした⁈」
仕事を片付けて、ベッドに入る前にクレアの様子を見に行こうとしていた公爵は、クレアの名前にすぐに反応した。
「い、今、奥様のご様子を見に伺ったら、すごい熱で…」
「何⁈クレアが⁈」
すぐにクレアのもとに向かうと、マイラの言う通り、クレアは高熱を出して苦しんでいた。
「クレア!これはいったい…マイラ、すぐにアレクを起こして、ラングドン医師を呼ぶように伝えてくれ」
「はい!今すぐに!」
マイラは執事のアレクを呼びにかけ出した。公爵はただ、クレアの手を握りしめることしかできなかった。
「クレア…」
ラングドン医師の診察に寄ると、クレアのこの症状は傷口から何か悪いものが入ったことによるものではないかということだった。
「平民を診察していて気づいたのですが、切り傷や擦り傷といった怪我をした後、しばらく経ってから高熱を出して倒れることがあるのです。おそらく傷口を清潔にしておかなかったことで、そこから悪いものが入って熱を出したのではないかと思われます」
「それは治るんだろうな…?」
「治る場合もあれば治らない場合もあります」
「治らないとどうなるんだ⁈」
「体力のない子供やお年寄りの場合はそのままお亡くなりに…」
ラングドン医師は言いにくそうに顔を背けた。優秀な医師である彼は、傷口と高熱の関係性に気づいてはいたが、有効な治療法があるかと言えば、答えはノーだった。
「…なんてことだ…治療法がないのか」
「今のところは熱を下げるようにして、傷口を清潔に保つことぐらいしか、できることはありません」
医師として目の前で苦しむ患者を救う手立てがないと認めるのは辛いことだった。だが、個人の力には限界がある。
「アレク、ドットールー侯爵家に遣いを出してくれ」
「ですが、こんな遅い時間からでは
失礼にあたるのでは…」
「構わん!非礼なら後でいくらでも詫びる。今はクレアの命がかかっているんだ!」
「…かしこまりました。すぐに遣いをやります」
カリーラン王国で医薬品の扱いに長けているのはドットールー侯爵家だ。市場に出回る前の試薬なども、侯爵家には集まってくるという。
幸い、オストロー公爵とドットールー侯爵は年齢が近く、学園でも共に切磋琢磨した仲間だった。今でも関係は良好で、ドットールー侯爵家の嫡男とオストロー公爵令嬢のアリスの婚約話が持ち上がっているほどだった。
「私が絶対に助けてやるからな、クレア…!」
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