相容れない二人

takemoana

相容れない二人

 聖星暦三二八年。

 とある二つの大国が、世界征服を目論む魔王ストロガノフへの対抗策として勇者召喚の儀を行った。

 そうして喚び出された異世界の勇者――女子高生レナ・イノウエに対し、二国はそれぞれ一人ずつ従者を当てがった。

 リュミエール王国からは、あらゆる攻撃を見切ることから「心眼の剣姫」の二つ名を持ち、王女の身でありながら騎士団長まで上り詰めた重装剣士――エレノア・リュミエールを。

 ラ・ギーヌ共和国からは、学術機関ユリイカの一級研究官も勤める才女であり、ハイエルフ族の各種スキルと動植物に関する豊富な知識を併せ持つレンジャー――シーラ・アイラクシネンを。

 共に各国が持つ最強クラスの人材である。

 そのように、一見「魔王討伐」という目的に対して最適な人選を行ったように見える両国だったが――腹の中では泥沼のような思惑が渦巻いていた。

 二人の従者はどちらも「勇者のサポート」というお題目とは別の、裏の使命を帯びていたのだ。

 その使命とは、魔王討伐の目処が立ったタイミングで相手国の従者を抹殺し、魔王討伐の栄誉を自らのものだと主張すること。

 つまるところ、両国ともに相手の裏をかいて手柄を独り占めする気満々なのである。

 魔王討伐に貢献した従者を排出した国となれば、その後の外交でも有利に立ち回ることができる――そういう政治的な目論見の下に組まれたのが、今回の勇者パーティなのである。

 しかし、当の本人たちには別の思惑があるようで――

 

 ★

 

 シーラ・アイラクシネンを初めて見たとき、私はようやく自らの罪を清算するときが来たのだと思った。


「心眼の剣姫」の両腕は血に染まっている――王国の裏の事情に少しでも詳しければ、知らぬ者のいない噂。

 実のところ、それは噂ではなく真実だ。

 私は輝かしい経歴の裏で、騎士団長として兵を率い、数え切れないほどの命を手にかけてきた。国家転覆を狙うテロリストや、私腹を肥やすために汚職に手を染めた貴族。そしてその血縁者たち。

 最初はそれを、国のための崇高な使命だと思っていた。私が生まれながらにして授かった類い稀な戦闘センスや、兵たちの士気を高めるカリスマ性は、高貴なるリュミエール王国を存続させるために――逆賊とその一族郎党を狩り尽くすためにあるのだと。

 だがそれは大変な思い違いだった。

 兵を率いる立場の私は、直接的に命に手をかけることは少なかった。故に「一族郎党を狩り尽くす」という意味を、私 は全く理解していなかった。

 私は本当の惨状を知らなかったのだ――自分の行いの正しさに酔いしれて曇った目には、その正しき行いの陰で奪われる一つ一つの命までは映らなかったのだ。

 数年前、私の率いる兵団は、王命で森を燃やした。王国に仇なす存在とされる、ハイエルフを根絶やしにするために。私たちは魔法で火を放ち、逃げ出してきたハイエルフたちを片っ端から切り捨てた。

 当然その中には女子供もいた。何も知らぬ善良な者たちも、きっといた。

 そんな彼らを躊躇いなく斬り捨てていく兵士たちを見たとき、私の頭の中で何かが崩れる音がした。

 ――違う。

 私は愚かにもそのときになってようやく気がついた。これは崇高な使命でも、国家存続のために必要な犠牲でもない。

 私がやっていることはただの殺戮だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 私は歴史上稀に見る極悪人であり、決して許されるべきでない大罪人なのだ。

 それ以来、私は自分が殺した命たちへのせめてもの償いとして、清廉潔白に生きようと努めた。いたずらに命を奪うことのないように、王へ直訴したりもした。それ故に王宮内では煙たがられる立場になりつつあったが、それでも構わなかった。

 勇者の従者として立候補したのも、贖罪の一貫というつもりだった――魔王との戦いは過酷なものだ。故に権力争いを重視する王国の騎士たちは敬遠しており、煙たがられる立場の私へ簡単に役目が回ってきた。

 相手国の従者を抹殺せよという使命には、最初から反抗するつもりだった。私はもう罪なき人を殺さない。共に手を取り合って、魔王討伐に邁進しよう。

 ――そんなふうに決意をした私の前に、彼女は現れた。

「あんたがリュミエール王国の姫騎士サマね。ワタシはシーラ・アイラクシネン。同じパーティだからって馴れ合う気はないから、そこんとこよろしく」

 不遜な態度で言い放つ女性は、金の長髪に銀の瞳、長い耳と、絶世と表現して差し支えのない美貌を持っていた。ハイエルフの特徴だ。

 そう、ハイエルフ――私が根絶やしにした一族の生き残り。

 彼女が私に復讐心を抱いているのはひと目見て分かった。

 こちらを油断なく観察してくる目。荷物を漁られたかすかな形跡。そうやって私の弱点を探り、隙を突いて殺すつもりでいるのだろう。

 彼女に殺されるのであれば本望だった。いっそ清々しい気持ちで、私は自分の寝首をかかれるその瞬間を待った。

 しかし、シーラは一向に復讐を果たそうとはしなかった。それどころか、私たちは普通の冒険者のように、ときにいがみ合い、ときに協力し合いながら旅を進めていった。

 シーラは――こんなことを言う権利は私にはないが、それでも言わせてもらえるのならば――率直に言って、いけ好かない女だった。

 勇者であるレナ様にはベタベタと媚びを売る。対して私には必要以上にキツく当たる。いや、彼女が私を嫌う理由は分かる。分かるが、それならばさっさと復讐を果たせばいいのだ。だのにそうはせずに、ことあるごとに私をいびるようなことを言う。そして売り言葉に買い言葉というやつで、私もついつい言い返してしまい、口論に発展することはしょっちゅうだ。

「喧嘩するほど仲がいいってやつだね!」などとレナ様は言うが、そういうアレじゃない。これは本当に仲が悪いのである。

 そんな彼女だが、どういうつもりか戦闘になると途端に頼もしくなる。命を救われる場面も何度もあった。不可解だ。理由を聞けば、

「あんたに死なれたら魔王討伐に支障が出るじゃない。そんなこともわからないの? 姫騎士サマと言ってもやっぱり剣士は剣士。脳まで筋肉で出来ているタチなのは変わらないのね」

 その言葉を聞いて、私はようやく悟った。

 彼女は高潔なのだ。

 私に対する強い復讐心を持ちながら、それを押し殺して大義を優先する。そういう選択のできる気高く強い女性なのだ、と。

 そんな彼女は、私には眩しすぎた。だってそれは、私にはもう手の届かない輝きだから。

 私はいつしか、彼女に対して憧れに近い感情を抱いていた。否、憧れと言うよりも、これは――

 だが、それは許されない感情だ。私は彼女に殺されるべき存在で、彼女は私を殺すべきだから。その事実だけは、決して揺るがせてはいけないものなのだ。

 

 ★

 

 エレノア・リュミエールはいかにも清廉潔白な騎士然とした堅物女だ。それなのに、どうやら彼女はワタシの正体を見て見ぬふりをしているらしい。それがワタシには我慢ならなかった。

 

 ハイエルフの里というのは、人間たちが思うほど美麗でなければ神秘的でもない。あそこはただの暗殺者育成機関である。

 そしてワタシは、あの耳長の老害どもに製造された最高傑作のアサシンだった。幼少期から(比喩表現でなく)血反吐を吐くような訓練を日常的に叩き込まれて、ワタシはあらゆる暗殺技能をマスターした。

 ワタシの主な仕事は、ハイエルフたちと業務提携していたラ・ギーヌ共和国からの暗殺依頼だった。来る日も来る日も、ワタシは殺し続けた。他国の要人から自国の政治家、はては一介の平民に至るまで、ワタシの刃はありとあらゆる首を切り裂いた。

 正直なところ、他人の命なんてどうでもいい――というか、どうでもいいものだと信じ込まなければ、人を殺して心を保つことなどできない――が、この生活に納得がいっているわけではなかった。

 裏の仕事をしている人間の命は軽い。雇い主たちは必要とあらば、後ろ暗さの塊のようなワタシたちのことを、ほつれた服の糸よりも簡単に切り捨てる。

 こんな仕事をしていれば、いつかワタシはワタシではどうしようもない要因によって命を落とすことになるだろう。

 だが、かといってやめることはできない。暗殺者をやめるということは里を抜けるということ、里を抜けるということは長老どもの尖兵に地の果てまで追いかけられて、今度はワタシの首が切り裂かれるということだ。一緒に人生もやめるだなんて笑えない冗談である。

 そういうわけで半ば八方塞がりだったワタシの人生に、ふとしたきっかけで転機が訪れる。

 どこかの親切な誰かさんが、ハイエルフの里に火を放って一族郎党根絶やしにしてくれたのだ。

 そんなわけで、たまたま仕事で里を離れていたワタシは、ハイエルフ最後の生き残りというプレミアの付いた存在になった。

 ワタシの命は一気に金塊よりも重くなった。まさか有用な力を持った一族の最後の生き残りを、簡単に切り捨てるわけにはいかない。ワタシはラ・ギーヌ共和国に国賓として招き入れられた。そして体外的な仮の姿として、学術機関ユリイカの一級研究官という地位を与えられた。

 それからワタシには、本当に重要な仕事しか回ってこなくなった。ワタシは鉄砲の弾から昇格して、無事国の秘密兵器になったのだ。

 そんなワタシに回ってきた今のところ最新の仕事は、勇者の従者となって魔王を倒しつつ、リュミエール王国側の従者を殺害してその手柄を独り占めすることだった。

 ――あの姫騎士サマとは、そこで出会うことになる。

「私はリュミエール王国第七王女、エレノア・リュミエールです。別の国の民と言えど、協力し合うことは出来るはず。共に大義を果たしましょう」

 第一印象は、つまらない女、という感じだった。

 全く同じ性格の人間が世界にあと五百人はいそうなつまらなさだった。いかにも騎士って感じ。顔を見るだけで退屈さに溺れそう。

 だが、この女がそこらの騎士とは一線を画した存在だったことに、ワタシはすぐに気がつく。

 彼女のワタシを見る目――それは、ワタシに対する疑念――いや、それを通り越して、何かを確信している目だった。

 ワタシは暗殺者としての勘からすぐに悟る。エレノアは、ワタシが実はレンジャーなんかじゃなくてアサシンで、自分の命を狙っているのだということに気づいている。

 だというのに、エレノアはワタシに対してなんのアクションも起こしてくることはなかった。それどころか、本当にただのパーティの仲間であるかのように共に旅を続けていた。

 とはいっても、彼女とワタシはそりが合わなすぎるから、喧嘩はしょっちゅうなのだけど。

 勇者のレナは、そんなワタシたちを見て「やっぱツンデレカケルツンデレが正義なんだよな」と訳のわからない異世界語を言って腕を組んで頷いていたが、何か根本的な勘違いをしている気がする。

 しかしいざ戦闘となれば、エレノアほど頼もしい存在をワタシは知らない。彼女の剣は敵の攻撃を正確に弾き、彼女の守りはレナとワタシに敵の指を一本も触れさせないのだ。

 だが、少し危なっかしいところもある。彼女は自らの危険を度外視して、味方を守る悪癖があるのだ。全くバカな話である。自分を殺そうとしている人間のことを、身を挺して守るだなんて。ワタシがそれとなくそのことを指摘すると、彼女はこんな答えを返した。

「……私は私の義に反しない行動を取っているだけです」

 ――そうか。

 ワタシはようやく理解する。この女は絶望的に不器用なんだ。

 エレノアのそれは優しさだ。いくら自分を殺そうとしているアサシンだとしても、目の前で死ぬのは耐えられないという、胸焼けがするくらいの思いやり。それが彼女の行動の本質なのだ。

 つまらないやつだと思う。

 自分よりも他人を優先する人間は、いつか虚しい死に方をする。だからワタシは常に自分の命を最優先に考えてきた。だからエレノアの生き方を、ワタシは肯定できない。

 だけど。

 人から向けられる優しさは、どうしようもなく温かかった。

 ワタシは今まで丁重に扱われることはあっても、それはあくまで「高級な兵器」としての扱われ方だ。しかしエレノアは、ワタシを一人の人間として扱ってくれる。一人の人間として、優しさを向けてくれる。

 ――本当にバカバカしいし、人から言われたら絶対に認めないけれど。

 ワタシはそんな彼女に、結構惹かれていた。

 だからいい加減、彼女にはワタシの隠し事を暴いてほしかった。そうでなければ、本当のワタシでエレノアと向き合うことはできないから。

 

 ★

 

 旅を始めてから一年。道中で立ち寄った宿屋の食堂で、とうとうその時はやってきた。

 一触即発の雰囲気で対峙する二人の美女――エレノアとシーラ。今にも果し合いが起きそうな剣呑な雰囲気に、食堂中が静まり返る。

 果たして、最初に口火を切ったのはエレノアの方だった。

「――シーラ。私たちがパーティを組んでもう一年になります。そろそろ私に言うことがあるのではないですか?」

 エレノアは思う――シーラが自分に復讐心を抱いているということを、自分は知っている。そして自分には、その気持を否定するつもりなど毛頭ない、と。

 凛とした表情で言い放つ姫騎士に、ハイエルフは挑発的な笑みを浮かべる。

「……やっぱりあんた、ワタシの正体に気づいているのね」

 ――やはりエレノアは自分がアサシンであることに気づいていた。そしてようやくそのことを看破する気になったのだ。

 それにしても――とシーラは思う。「心眼の剣姫」などと呼ばれるだけはあり、やはりこの女、観察力には長けているのだろう。

 エレノアはシーラの言葉に当然という風に頷いた。

「気づくなと言う方が無理でしょう。ひと目見たときから分かっていました」

 エレノアにとっては明快な理屈であった。生き残ったハイエルフはシーラただ一人。その彼女が自分について調べているのだ、復讐するため以外に考えられないだろう。

 そんな言葉に、シーラはショックを受けたような顔をする。

「え……ワタシそこまで態度に出てた……?」

 彼女は最高傑作のアサシンと呼ばれた存在だ。その称号に特別価値を見出したことはなかったが、しかし態度でバレバレだと言われれば流石にプライドが傷つく。こころなしか、彼女の横に「ガーン」という巨大なオノマトペが浮いているようにも見える。

 それはそうとして、エレノアはシーラの言葉に首をかしげる。

「態度に? いや……態度には出ていなかったと思います。むしろ上手く隠していたかと」

 シーラのエレノアに対する、一族を皆殺しにされた恨みは計り知れないものだろう。――だが、その気持ちを押し殺して、彼女は何度もエレノアの命を救ってくれた。その姿は尊く高潔なものだ。

 しかし――とエレノアは内罰的な感傷を抱く。その高潔さは、自分に向けられて良いものではないのだ。

「た、態度じゃないとしたら、何を見て気づいたのよ……!?」

 シーラは焦る。態度以外にアサシンだと気づかれる要素と言ったら、武器として使っている暗器くらいしか思いつかない。しかし暗器は特に厳重に隠しているはずだ。それを看破されたというのか?

 しかしエレノアの返答は、予想だにしないものだった。

「それは――あなたの美しい顔です」

 エレノアは心の中で補足する――あと長い耳と金の髪と銀の瞳です、と。

 それらがハイエルフの特徴だということは、少しでもエルフに詳しい者であれば誰でも知っている。

 しかし、シーラは何を勘違いしたか耳まで真っ赤になって叫ぶ。

「顔!?」

 美貌を武器にしたアサシン――そんなのは、色仕掛け専門に決まっている。

 つまり自分は、この姫騎士にそんな尻軽だと思われているのか。それはシンプルにショックだ。早く誤解を解かないとと思い、思わず血迷ったことを叫んでしまう。

「ワタシはまだ生娘よ!」

 当然面食らうエレノア。

「は? 生娘!?」

 急に何を言い出すのか、と困惑するエレノアだったが、しかし少し考えて、彼女の意図に思い当たる。

 きっとシーラは、里を燃やされた後に各地を放浪したのだろう。そしてあの美貌だ。不埒な視線に晒されることも少なくなかったはず。そんな中でも純潔を散らすことなく生き抜いて来られたと――恐らくはエレノアの罪の意識を少しでも減らすために――そう伝えてくれたのだ。

「そうですか……良かったです」

 シーラは真っ赤になりっぱなしだ。

「良かった!?」

 ――何が良かったの!?

 意味がわからない。どうしてシーラが生娘だとエレノアが喜ぶのか

 ――いや。

 思い至る節がないわけではない。シーラにしても、エレノアがそうだったらたぶん嬉しい。

「あんた……もしかして、ワタシに気があるの?」

「…………木がある?」明らかに違う漢字でエレノアが問う(ちなみに説明が漏れていたが、この異世界の共通語は偶然にも限りなく日本語に近い言語である)。

 エレノアは唐突に登場した「木」について考える。木といえば、森に沢山生えている。森……すなわち、彼女が燃やしたハイエルフの里のことだろう。

「いえ……それは私がすべて燃やしてしまいました」

 懺悔するように言うエレノアに、明らかに釣り合っていないテンションでシーラの声が裏返る。

「もやっ!?」

 「気」を燃やした――すなわち、エレノアはそれだけ情熱的にシーラのことを想ってくれているということだ。

 少し婉曲な表現ではあるが、つまりはこういうことだろう。たぶんあっている。さすが一国の王女ともなると詩的な表現が得意なんだなあとシーラは感心する。

「そ、そうだったの……ちょっとびっくりしたけど、その、嬉しいわ」

 満更でもない感じでもじもじするシーラ。

 エレノアは一瞬、彼女が何について嬉しがっているかを考えるが、すぐに思い至った。

 つまり、自分が罪を認めたことが嬉しいのだろう。

「ええ、はい――全部認めます」

 何を認めるかの確認がないまま、話は進む。

「そ、そう……」顔をぱたぱたと扇ぎ出すシーラ。

 とりあえず、一旦落ち着いて考えてみる。

 これは明らかに、エレノアがシーラに告白をしている場面だ。それ以外の解釈をすることは、屁理屈好きな法律家にだってできないだろう。

 しかし片方だけに告白をさせるのは不誠実だとシーラは思う。静かに深呼吸をしてから、思い切って口を開く。

「じ、実はワタシも伝えたいことがあって……」

「分かっています」

 エレノアは分かっている(分かっていない)。シーラが自分を殺したいほど憎んでいるということを。

「でもこれを言ってしまうと、あなたはこれまで以上に大変なことになるわ」

 大変なこと――つまり、国を裏切った暗殺者と恋に落ちたら、その後の人生はめちゃくちゃになるだろう、ということだ。

「……覚悟はできています」

 大変なこと――それはもちろん、自分がシーラに殺されるということだろう。しかし、その覚悟はとうに決めている。

「は、初めてなんだから、ちゃんと受け取りなさいよね……!」

 アサシンとして育てられたエレノアは、これまでまともに恋愛感情なんて抱いたことはなかった。だから――誰かに告白するのはこれが初めてだ。

「ええ。私も初めてです」

 殺されるのは。

「そ、そう……。それじゃあ、行くわね」

 そういえば――とシーラは考える。

 告白ってどうすればいいのだろう? もちろん彼女には経験がない。それに、これまでまともに恋バナをするような相手もいなかった。

 彼女はハイエルフ族に特有の超高速思考スキルを多重発動し、記憶を探る。そうだ。以前、要人暗殺の待ち時間に恋愛物の演劇を見る機会があった。一番盛り上がっていたシーンでは確か、ヒロインはかなりダイナミックな動きで口づけをしていたはずだ。

 そのシーンを思い出しながら、スタンディングスタートの姿勢を取るシーラ。

「はい。あなたの(復讐の)気持ちを受け入れる準備はもうできています」

 そう言って、悲壮な覚悟をするようにそっと目をつぶるエレノア。

 シーラはそんな彼女の機微に気づくはずもなく――何を思ったか助走を付けてジャンプ。抱きついた勢いで二人で床に転がって、仰向けになったエレノアに覆いかぶさるようにキスをした。

「……………………へ?」

 エレノアが間の抜けた声を出す。直前まで彼女が覚悟していた痛みを伴った衝撃は特になく、代わりに覚えのない柔らかい感触が唇に当たっていたからだ。

 そっと瞼を開けた彼女の目の前には、シーラの美しい顔。

 上気した顔のせいかいつも以上に美しく見える相貌が、少し涙目でエレノアの瞳を覗き込んでくる。

「ど、どうだった……? ワタシの初めて……」

「……」

 なるほど、とエレノアは思う。

 どうやらシーラは、自分の中にある彼女に対する秘めたる気持ちに気づいていたのだ。

 だからいきなりキスをしたのだ。そうしてエレノアの心臓を止めようとしたに違いない。

 ぶっちゃけクリティカルヒットであった。

「…………きゅう」

「!? ちょっと! エレノアー!?」


 ★

 

 そんな一部始終を横で見ていた勇者レナ。彼女は召喚ボーナスとして得た「SP」と呼ばれるステータスによって、彼女たちのすれ違いをすべて把握した上でそのやり取りを見ることができた。

 ちなみにSPは「察し・ポイント」の略である。

 彼女は小さくため息を付きながら、宿のカウンターまで足を運ぶ。

「……おかみさん。やっぱ今夜の宿二部屋にしといて。片方はダブルベッドで」

「あいよ!」

 

 ちなみに魔王は一ヶ月後に倒しました。

 

 Happy End!

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