第28話 辛抱する木に花が咲く
野口の元へドレスをたくし上げながら走ってきたスーちゃんを、遠くで見ている梅の姿が見えた。そちらへ行ってみると、ブーケに顔を埋めるようにして俯いている梅がいた。
「梅」
声を掛けると驚いたように顔を上げた梅の鼻先に、黄色い花粉が付いている。梅の手からブーケをそっと引き抜いて顔を近づけた。
花粉を拭こうと指を伸ばした瞬間、梅が両手で俺の顔を挟んだ。
梅が唇を突き出して俺の唇に触れる。キスと言うより小鳥のついばみみたいな感触。一瞬で離れたそれは柔らかくて甘かった。
梅は両手を離すとそのまま俺を突き飛ばした。見る見るうちに顔が赤くなる。
「……う、梅…」
声が掠れる。それを聞くなり梅はクルッと後ろを向くと猛然と逃げ出した。高校生の時もこんなことがあったな、と一瞬思い出しているうちに梅の姿は見えなくなった。
梅が親方に付いて植木屋の仕事をしているのを見た日から色々考えた。梅のこと、自分のこと、その先のこと。
みんなが真剣に自分の将来に取り組んでいるのを見て恥ずかしくなった。
梅のそばに居たいなら、まずは自分が花を咲かせられるよう頑張らなければいけないんじゃないか?
ただ後を継いで親父と同じ事を教えられた通りになぞるだけでいいのだろうか?俺に出来ること、俺がやりたいことは何だろう……
ずっと考え続けた。そして少しずつ見えてきた将来への希望と願望。
学部も変えた。人間をもっと知りたいと思った。
梅も自分の道を進むため必死で頑張っている。邪魔はしたくない、その間俺も自分の進む方向を考え続けた。お互いに忙しく梅とはあまり会う機会もないままに大学を卒業した。
今は仕事にも少し余裕が出て来た梅に、やっとまたちょくちょく会えるようになって来た所だ。
久しぶりに会った梅を見て直ぐに気がついた。
梅は俺に恋していると。
どうして今までわからなかったのか、そちらの方が謎なぐらいに梅の気持ちはわかりやすく態度に表れていた。やっぱり何も見えていなかったんだな自分は、と実感した。
俺の気持ちを梅に伝えようか悩んだが、梅はまだまだ仕事に一生懸命な時期だ。資格試験もある。何よりあまり器用で無い梅が俺とのことに気を取られるのは邪魔にしかならない気がした。
梅がゆっくり将来を考え、そこに俺との未来を考える余裕が出来るまで待つつもりだった。
今思えば、小学校の頃からずっと待っていたのかも知れない。今更その時間が少しぐらい延びたとしても構わないと思っていた。
梅が大人の女性になるまで……
でも。これはヤバい。流石に我慢の限界だ。
本当に待っているだけで良いのか?!
残されたスーちゃんのブーケを見つめながら俺は覚悟を決めた。
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