第27話 あばたもえくぼ 【side 梅】

 ウエディングドレスを身にまとい、本日主役のスーちゃんは本当に綺麗だった。

 弟の信が、

「お姫様みたい……女ってこわいな」

と呟いたのでほっぺたをつねってやった。

 

 チャペルにパイプオルガンの音が響く。扉が開いて、スーちゃんが真っ白なドレスで登場し、お父さんとバージンロードに厳かに足を踏み出そうとしたその瞬間、

「あっ!」

と小さく声を上げて、スーちゃんが元来た扉の方へ駆け戻り、そのまま何処かへ走り去って行く。

 何が起きたのかとスーちゃんのお父さんも新郎も口を開けて唖然としている。参列客も皆固まってしまった。しばらくすると、はぁはぁ息を切らしたスーちゃんが掛け戻ってきた。

「ネックレス付けんの忘れてた…」

テヘッとスーちゃんが頭を掻く。

 スーちゃんのお父さんはやれやれと首を振ると、スーちゃんにエルボーする勢いで肘を突き出す。そこへスーちゃんが勢いよく手を掛ける。二人はバージンロードを勢い良く歩き出し、新郎の元へと小走りで向かって行く。厳かさも湿っぽさも皆無だった。スーちゃんのお父さんが深々と野口に頭を下げる。 

 あまりのスーちゃんらしさに教会内は忍び笑いと、ぼのぼのとした雰囲気で包まれた。

 

 式の後ライスシャワーを新郎新婦に浴びせてから、桃をリョータの所に連れて行って二人を引き合わせた。リョータはこの間居酒屋で話していたことを桃にも説明する。

「まだ大学あと二年あるんで、すぐにはお手伝い出来ないかもしれませんけど…」

と前置きしてから桃は、

「でもそれでも良いなら紹介したい友達がいるんです。たぶん本人もそういう事に携わりたいって望んでると思うので」

とリョータに言った。

「今すぐどうこう出来るとは思ってなくて…むしろどういう風に活動出来るか、相談に乗って欲しいって言うか、アドバイスとかを貰いたいんです。もし紹介して貰えるならお願いします」

リョータはそう言って頭を下げた。

「明日会うので聞いてみます。また連絡しますね」

桃はそう言ってニッコリ笑った。

 リョータが野口の所へ話しに行ったので桃に尋ねる。

「紹介したい人って……女の人?」

 桃は黙ってアタシを見つめてからニヤッと笑った。

「男。漢と書いておとこと読みたいぐらいの厳つい男やから心配せんでエエで。ちなみに梅ちゃんと龍太さんって付き合ってんの?」

「…んな訳ないやんっ!小学校からの友達。ただの…友達」

「でもずっと好きなんやろ?」

「……リョータはアタシのこと女と思ってないから……」

 桃はアタシの顔を覗き込んで、

「本気で言うてる? マジか……本気っぽいな。まあそうかー そうやわな、梅ちゃんやもんなー」

 何に納得したのか桃はひとりでうんうんと頷いて、

「告白とかせえへんの?」

と聞いてくる。

「そんなん今更…何て言うてエエかわかんもん」

「もう言葉で伝えるより行動で示したら?」

「……どーゆうこと?」

 桃は黙ってアタシの頭を左右から両手で挟み込んで顔を近づけてきた。唇が触れるスレスレで囁く。

「こーゆうこと」

 思わず突き飛ばした。何を…何ということを……この妹はホンマに……

 アワアワと言葉にならないアタシを見て桃は真顔で言った。

「梅ちゃん、男梅みたいな顔になってんで。純情なんは可愛いけどちょっとは大人になったらんと龍太さん気の毒やわ」

 男梅のアタシを置き去りにして桃は去って行った。赤い顔を隠そうと参列客の輪から離れた。独りで佇んでいると、

「梅ちゃん」

と後ろから声を掛けられて飛び上がった。

 動揺したまま振り向くとお姫様なスーちゃんが立っていた。

「これ、梅ちゃんに渡したくて」

 スーちゃんは持っていたブーケを差し出した。

「私が自分で作ってん。最初から梅ちゃんにあげようと思ってたから、梅ちゃんに似合いそうな感じに仕上げてもうたわ」

 アハハと声を上げてスーちゃんが笑う。

 

 一世一代の晴れの日なのに……

 主役はスーちゃんやのに……

 自分に似合うやつ作りぃや……

 

 声にすると涙が出そうで黙って両手で受け取った。

「今度は梅ちゃんにおめでとうって言わせてな。素直になりや」

 スーちゃんはそう言って野口の元へと走って行った。追いかけて後ろ姿を遠くから見つめた。

 慣れないヒールで蹴躓いて危うく転びそうな所を野口が抱き留めている。その様子を眺めてからまた人目につかない場所に隠れる様に戻った。


 幸せになってな、スーちゃん。

 ブーケに顔を埋めると、幸せな優しい甘い香りが包んでくれた。

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