第26話 傍目八目 【side 梅】

「梅ー」

 待ち合わせの居酒屋に入ると声がした。そちらに顔を向けると先に来てテーブルに座っていたリョータが手招きしている。向かいの席に座ると、

「久しぶりやな」

と笑った。会うのは3ヶ月ぶりぐらいだ。

「うん」

 久しぶりに顔を見たのでちょっとドキドキする。すぐにメニューで顔を隠した。

「やっぱり二次会は無理っぽいわ」

リョータがメニューの向こうで話している。

「師走やからな。お坊さんは走ってるよな」

そう言うと声を出して笑った。

「結婚式は絶対行きたいから何とかするわ」

スーちゃんと野口の結婚式は身内と極親しい人だけでこじんまりと行う予定だ。その代わり披露宴代わりの二次会にはかなりの人数が来るらしい。

「スーちゃんのウェディングドレス見たいからなー」

リョータはそう言ってメニュー表をグイッと引き下した。

「久しぶりやねんから顔見せてや」

途端に心臓が暴れだす。慌てて再びメニューを顔の前に立てた。

「選んでんねんから邪魔せんとって!」

今顔赤い、絶対。ヤバっ……

「どうせ生やろ」

リョータは勝手に「生二つー」と声を張り上げた。

「仕事は?どう?」

リョータに聞かれて、

「取りたい資格が出来たからまた頑張る」

と答えた。

「何の資格?」

「樹木医。木のお医者さん」

「へー 難しそうやな」

「うん。合格率20%やって」

「おー 大変やん」

「リョータは?お寺の仕事どう?」

「うん。ちょっと考えてる事があって……」


リョータは運ばれてきた生ビールを飲んでから改まった様に切り出した。

「梅の妹さんって大学で福祉系の学部に行ってるって言うてたよな?」

「桃?うん。何かイメージとちゃうけど、前から決めてたみたいやで。何やら福祉士とかゆうのん取りたいとか何とか……保育士の資格も取るって言うてたけど。保育士って福祉の仕事なんやろか?」

「それやねんけど、妹さん社会福祉士の資格も取るんかな?もし取るんやったらちょっと相談に乗って貰いたい事あんねんけど」

「桃に?」

「うん。まだまだ先の話になると思うけど、ウチの寺でやってみたい事があんねん」

「お寺で?」

「うん。俺小さい頃から、親父の跡継いで坊さんになるのは当たり前の事やって思ってきたけど」

リョータはそう言って話し出した。


 何かこのままでええのかなって……

 仏教は宗教やろ?でも他の新興宗教みたいに布教活動とかしてるとこあんまりないねん。みんなある程度檀家さんがいてたら、その家族も自然とおんなじ寺に法事とか葬式とか頼むから。

 法要とか葬儀でお経読んだり、先祖供養したりお墓の管理したりは勿論大事な坊さんの仕事やけど、生きてる人の為にもっと出来る事あるんちゃうかと思って。仏様の教えを説くとかそう言う事以外に、もっと具体的で現実的に出来る事無いかなって考えてん。

 そうやなぁ……例えば旦那さんに暴力振るわれたり、自分の子供に必要のない折檻したり、DVって言うんかな?そう言うのの被害に遭った人とか子どものための機関はあると思うねん。被害者をまず助けなアカンのは当たり前やから。

 でも暴力を振るった方の人が、その事に苦しんでたり、自分ではどうしようもなくて追い詰められてたりした時に、何か力になれる場所を作られへんのかなって。心療内科とかそう言う分野とはまた別の何か、自分を見つめ直す場所って言うんかな…上手く説明出来ひんねんけど……

 善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、って親鸞聖人の言葉やけど、悪人こそ救いを求めてるんかも知れん。坊さんはそういう人が立ち直れるように力を尽くさなアカンのじゃないかって。

 本気で立ち直りたいと思ってるけど、どうして良いのかわからん人もおると思う。そう言う人をこそ救いたいって努力すんのが宗教の、坊さんの役割ちゃうかなって俺は思うねん。

 だからそう言う人の為の施設っていうか、そういう人が救いを求めに来てくれる場所にして行きたいねん、龍間寺を。これから。


 リョータは心理カウンセラーや認定心理士の資格も取ったそうだ。


「例えば寺に住み込んで植物育てて貰ったり、梅がやってる仕事みたいな木のお世話を一緒にして貰ったり、そう言う事を通して色んな生命に触れたりとか、具体的にどうってまだ考えがまとまって無いねんけど、そういうことを福祉の勉強してる人に相談してみたいなぁと思って」

リョータはそう言うと少し赤くなって、

「何か青臭いこと言うてると思うかも知れんけど…」

と恥ずかしそうに言った。

「ううん。全然。そうやな、お寺やから出来ることってあるんかも。ゆっくり考えてじっくり取り組んだら良いと思う。手伝える事あったら何でもするから言うてな」

そう言うとうれしそうに笑った。笑顔にまたドキドキしてしまう。慌ててまたメニューに逃げた。

 しばらくメニューを見ているふりをしてから、そおっと顔を上げるとリョータがこっちを見て微笑んでいた。

「何よ、何見てんの?」

といつもの様に突っかかってしまう。

「梅を見てる」

リョータがさらに笑みを深めて言う。

「……見んといてっ!減るし!」

動揺して悪態を突くとリョータは声を出して笑った。

「だからぁ、何なんよっ!何で笑うんっ!?」

「俺、ずっと何見てたんかなぁって。梅の事全然見えてなかったんやなぁって。ちゃんと見とけって頼まれてたのに」

「見とけって……誰から?」

「梅の親方にも言われたし、他にも頼まれた事あるねん」

「アタシの何を見とくんよ」

「俺は梅のお目付け役やから。爺やみたいなもんや。悪させえへんか、心にも無い事言うて意地張ってへんか、何に喜んで怒って泣いて楽しんでるか。全部見とかんと」

「アタシは子どもかっ!」

「子どもやったら良かってんけどなぁ……」

「どーゆー意味や」

リョータはニヤッと笑うと、

「子どもやったら可愛げあってんけど。いや、まだ子どもか。大丈夫、ちゃんと大人になるまで待っといたるから」

そう言って残っていたビールを飲み干した。

 

 ムカつく。何それ?女どころか子どもやと思われてるやん。最悪や……

「そう言う俺もガキやってん。アホやった。丁度ええやん、アホ同士。お似合いや」

リョータは楽しそうにそう言うと、

「こんなにわかりやすいのにな、梅は。ホンマ今まで何を見とったんかなー」

とまた微笑んだ。

 よく分からなかったが多分馬鹿にされているので、机の下でリョータの足を、ちょっとだけ手加減して蹴飛ばしてやった。

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