第24話 歳寒三友
7月。夏休みになって実家に帰省した。
ゴールデンウィークも帰って来ていたが、梅には会えなかった。野口やスーちゃんと一緒に会おうと誘ったが、仕事が忙しいと言って来なかった。
スーちゃん曰く、梅の仕事はかなりハードで、家に帰ってからも辛うじて風呂に入った後は、そのままベッドに直行して眠ってしまう毎日らしい。電話しても梅の姉妹に、もう寝てる、と言われるそうだ。
「何の仕事してんの?」
と聞くと、
「私もちゃんと聞いてないねん。だっていつ電話しても仕事行ってるか寝てるかのどっちかやもん。桜ちゃんと桃ちゃんは親方に弟子入りしたとか言うとったけど」
と困惑していた。
親方ってことは、土方?大工?どちらもハードそうではあるが……結局梅が何の仕事をしているのかを知ったのは、この夏休みになってからだった。
植木屋さんが庭の手入れをしてくれているようで、朝早くから境内の方が騒がしかった。今までは植木屋さんの存在を意識したことがないぐらい、いつもはスッとやってきて作業後もスッと帰っていたような気がするのだが、今日は何だか頻繁に大声が聞こえてくる。朝めしの後何気なくその様子を見に行って驚いた。
梅がいた。Tシャツの下にピタッとした長袖のシャツを重ね着して腰に巻いたバンドには何やら色んな道具が付いている。
「水撒くだけにどんだけかかっとんのや腐れ梅っ!さっさとあっち片付けんかいっ!」
親方の怒声が飛ぶ。
「すんませんっ」
口ではそう言いながら梅は明らかにわざとホースの水を親方に掛けた。
「あんだらっ!なんさらしとんじゃわれっ!」
「急かすから手元がぁー」
梅は舌を出して逃げるように走って行く。
「どんならんっ!しゃあないやっちゃっ!」
そう言いながらも親方の顔は笑っていた。
「あの……ご苦労様です」
親方に声を掛ける。
「おー 坊ん。すんまへんな、騒がしいて」
親方が頭の手ぬぐいを取って頭を下げた。
「あ、全然。…えっと、あの娘親方んとこで働いてるんですか?」
「あの娘?あー あのゴン太くれか」
親方が笑顔で言う。
「石田梅ですよね?アレ」
「なんや坊ん。知り合いか?」
「小学校からの友達で……」
「ほうかー」
親方は俺のそばにやって来て話し出した。
「かなんで、急に弟子にせえ言うて押しかけて来てのう」
「…アイツ梅根性で言うこと聞かんけど悪い娘じゃないんで…よろしくお願いします。」
と俺は頭を下げた。
「なんや、坊んが頭下げんのかいな。…フッ梅根性か…ピッタリやの」
親方は笑った。
「強情やし素直じゃないけどホンマはエエ娘なんです。面倒掛けると思いますけど……」
親方は無言で俺をじっと見た。
「えっと……」
「梅ゆう木はなぁ、寒い冬にあの細い体で耐えて耐えて誰よりも先に花を咲かせる、強おて香りも姿もエエ、風雅な木や。苦労してもへこたれん、それどころかそのお陰でもっと美しいて良い香りの花を咲かせよる。あの娘もそんなタチかも知れんな」
極寒の中、松と竹は緑を保ち、梅は花を咲かせる。松竹梅とはそういう意味だと聞いた事がある。
親方は向こうの方で作業している梅を見ながら話しを続けた。
「桜は切るな 梅は切れ、ゆうてな、桜は剪定したら枝の切り口から菌が入ってすぐ腐る。反対に梅は無駄な枝を剪定したらんと形が崩れてまうし、花も実も付きにくうなるんや。ここからそれぞれその者に合った手の掛け方すんのが大事やゆうことわざになったんやろな。人間でゆうたら個性を生かした育て方をしましょうっちゅうやつや。せやけどな、梅は切れ、ゆうてもむやみやたらに切ったらエエゆうもんでもない。次生えてくる枝がどうなったらエエか、日の当たらんとこが出んように、でも枝が細いとこは徒長枝残して補強したるように、よう見といたらんとアカン。梅は手ぇ掛かるんや。しっかり見てしっかり世話する。そうしてやってこそ綺麗な花咲かせよるし、美味しい実ぃつけよるんや」
親方は外した手ぬぐいをもう一度頭に巻いた。
「よう見といたったら、エエ花咲かせよるかも知れんど」
そう言ってから梅に向かって叫んだ。
「はよ片付けんかいっ、日ぃ暮れてまうどっ」
職人さんらしき男性と話し込んでいた梅はぴょんと飛び上がって道具を片付け始めた。
「今はまだ箸にも棒にもかからんけどな…」
親方はため息を付いてから、梅たちが作業している方へと歩いて行った。
[梅のこと頼むで、ちゃんと見といたってな]
野口の言葉を思い出した。
俺は梅のことを見ていただろうか。この何年も自分の感情にばかり目を向けて全然梅を見ていなかった。
梅が何を喜び、何に怒り、何に哀しみ、何を楽しんでいるのか。今はもう何もわからない。
ずっと一緒にいたいと願いながら、梅が何を望んでいるのか見なかった。本気で確かめようとも知ろうともしなかった。
男も女も関係なく、裏切りというのならそれこそが梅という大切な人に対しての裏切りだった。
梅を欲しいと思う事よりも、梅を見ずに自分ばかりを見ていたことの方がもっともっと恥ずかしく、情けないことだった。まさに合わせる顔がない。
親方に頭を小突かれて頬を膨らませている梅の視界に入らないよう、俺はそっと姿を隠した。
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