第23話 梅切らぬ馬鹿 【side 梅】

 こうしてアタシは大山造園に就職した。

 就職?いや見習いか。

 家族の反対はなかった。と言うか「アカン言うてもどうせ聞かへんくせに……」と諦められていただけだが。 

 大山造園などと大層な社名だが、社長のおじいさん、大山社長独りでやっている一人親方の会社だ。あの時アタシに松を浴びせたお兄さんは勇治さんといって、大山社長、つまりウチの親方の知り合いの息子さんだった。

 勇さんのお父さんも一人親方をやっていた。お父さんは腰を悪くして廃業する予定だったが、勇さんが会社を辞めて後を継ぎたいと言ったことから、一旦ウチの親方のところへ弟子入りして、自分のお父さんの顧客さんを何とか維持しようと頑張っている。

 見習いなので鼻くそほどの給料だ。確かに学校ならこちらがお金を払って教えて貰うところなのだから頂けるだけでもありがたいけど……

 仕事はとにかく雑用。剪定して出た枝や葉っぱを、下に敷いていたシートの上にかき集めてトラックまで運ぶ。メインはその作業だ。あとは言われた道具を取りに行って脚立の上の親方や勇さんに渡したり、庭木の水やり。切った枝先へ「癒合剤」という木のための傷薬を塗ったり。

 仕事を教わるといっても、説明や解説はして貰えない。親方の作業を見ながら、

「これは何をやってるところですか?」

とか聞いても親方は、

「見てわからんモンには言うてもわからん」

と教えてくれない。勇さんがこっそり後で説明してくれたり、初歩過ぎて読まなくなった園芸入門書をくれたりと、何かと面倒見てくれている。

 

 今日は一般宅のお庭に生えている梅の木の剪定に来ている。梅は種類が多いので剪定の時期もそれぞれ違うが、大体は初夏に行われることが多いらしい。

 6月頭のこの日は天気も良くてちょっと暑いぐらいだ。もさっと葉を伸ばしまくった梅が、家の塀からはみ出している。

 まずは梅の実を取る作業だ。親方はこれをアタシにやらせてくれた。この時期にはもう熟している梅の実は、枝を揺すっただけで簡単に落ちてしまう。作業中に地面に落ちて傷つかないよう下にブルーシートは引いているが、取れる実は先に取ってしまえと親方に言われてせっせと実を取る。葉っぱが伸びすぎていて手が入らない。

「木の中に手ぇ入れるから[手入れする]ゆうんやどー」

親方が叫ぶ。

「はーい」と返事してうーんと手を伸ばした。


「梅は徒長枝がいっぱい伸びてくるから、それを切っとかんと成長して枝になったとき、込み合って奥まで日が差し込まんようになるねん。そうなったら花も実も付きにくいし、樹形も崩れてしまう。せやから剪定も積極的にしたらんとアカンねん。庭に植えたらアカン木ってよう言われるで。手入れが大変やから」

勇さんが教えてくれた。

 

 親方は無言でためらうこと無くどんどん剪定していく。落ちた枝葉を集めながらじっと手元を見つめていると、

「こんなに切ってもうて可哀想やなと思わんか?」

と親方が聞いてきた。

「でも梅のためには大事な事ですよね?切ったらんと花も実も付きにくくなるって」

親方はそれを聞いてフンっと鼻で笑った。

「これから夏になる。日差しも強なるわな。梅がこうやって太陽に向かって枝伸ばすんは光合成したいからや。そのために葉っぱが仰山欲しいはずや。梅のためや言うんやったらこんなに切ってしもたらアカンやろな」

何も答えられない。

「木のため草花のために働きたいんやったら保護団体みたいなとこで働いたらエエ。わしらは金貰うて頼まれて、その金くれる人のために仕事しとるだけや。その人が望んだら木のためにも花のためにもならんことでも何でもせんならん。それが出来んのやったら、この仕事はやめとけ」

親方はそう言うとまた黙々と剪定を続けた。


 後で隠れて悔し泣きをしているアタシに勇さんがそっとお茶を差し出して教えてくれた。

「こないだ親方独りで松の木伐採しはってん。もう何十年も親方が世話してきた木やってんけど、その松のある家な、息子夫婦が同居してお嫁さんが庭でガーデニングしたいって言うたらしくて……景観が合わんから松を抜いて欲しいって。伐採は重労働やから俺も手伝うって言うてんけど、結局全部独りで切りはった。機械使わんとノコギリで上から順番にちょっとずつ切って、最後の根っこ掘るんも全部独りでやった。切る前にしばらく幹に手当てて何か話ししてるみたいやったで。元気な根っこやのう って根切りしながら悲しそうにつぶやいてはった。この仕事してたらそういう辛い思いもするぞって言いたかったんちゃうかな…」


 それを聞いて、今度は悔し涙とは別の涙が止まらなくなった。  

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