第21話 ミドリ摘み 【side 梅】

 四月になってリョータと野口は京都へ行ってしまった。スーちゃんも学校が始まって忙しそうだ。

 アタシは何もしないままぼんやり家でブラブラしている。両親にも姉弟にも呆れられた。

「働かざる者食うべからずや、働け!」

 桜が言う。

「阿呆の三杯汁、太るで」

 ご飯をお替わりしたら妹の桃に言われた。悔しいが言い返せない。肩身が狭い。

「明日は明日の風が吹くって」

 弟の信が肩を叩いた。何かムカつくのでほっぺたをつねってやった。


 そう、いつまでもこうしてはいられない、とりあえず外へ出よう。かといって行く当てもなく結局外でブラブラしている。

 気がつくと足が勝手にリョータのお寺へ向かっていたようで、目の前に龍間寺があった。


 こわ…無意識にここまで来てもうた。


 白壁の塀に沿って歩いていると、

「あー アカン。危ない」

と男の人の声がした。途端に頭に何かが降ってきた。

「きゃ、痛っ 何?!」

 上から松の枝がバラバラと落ちてくる。

「なんしとんじゃっ!あほんだらっ!!」

 別の男性の罵声が飛ぶ。剪定中の松の枝が塀の外に落ちたようだ。

「お嬢、大丈夫か。スマンな」

 脚立の上から頭に手ぬぐいを巻いたおじいさんが見下ろしていた。

「あ、はい。びっくりしただけで。チクチクするけどそんな大きい枝じゃなかったから大丈夫です」

「松ヤニついたら汚れとれへんど」

 おじいさんは顔を横へ向けると、

「ちゃんと謝ってこい!服汚れとったら弁償せんならん、見てこい!」

と怒鳴った。

 ガチャガチャと脚立を降りる音がして塀の上から男の人がこちらに飛び降りて来る。

「アホかっ 塀の瓦に乗るなっ!割れたらどないするんじゃっ!!」

 またおじいさんの雷が落ちる。首を竦めて

「すんませんっ!」

とおじいさんに謝ってから、飛び降りた男の人はこちらに歩いてきた。

 まだ若いお兄さんだった。

「すんませんでした。上の方の枝抜きしとったら飛んで行ってしまって…」

 枝抜きって何?ようわからんけど怪我した訳でもないし、しっかり前を見ずにぼんやり歩いてたアタシも悪い。

「いえ、ボーっとしてたアタシも悪いんで。大丈夫です。服も汚れてないから」

 そう言うとお兄さんはホッとしたようで、もう一度頭を下げてから今度は塀に飛び乗らず、お寺の門の方へ走り去って行った。

「ボーっとしやがってからに」

 おじいさんのぼやきが聞こえる。

 顔を上げると、

「お嬢のことちゃうど」

とおじいさんが慌てて言った。

「剪定してはるんですか?」

 お兄さんがまた叱られないようにおじいさんの注意をこちらに逸らそうと尋ねてみた。

「剪定っちゅうかミドリ摘みと枝抜きやな」

「ミドリ摘み?」

「この、にゅうと伸びてるやつあるやろ、見えるか?」

 おじいさんは松から伸びている芽を摘まんだ。それを根元からぽきんと折ってしまう。

「あっ」

 思わず声が出た。おじいさんは笑いながらこっちを見た。

「可哀想か?せやけどこうして折ったらんと樹形が悪なるんや。樹勢がありすぎるやつを残しといたらぼさぼさになってまう。自然に生えてる木と違ごて植えられてる松は形を整えたらんとアカンからな」

 おじいさんはそういうと次から次に芽を折っていく。

「こう言う小さいやつは下の芽が生えてるとこをちょっと残して上の方だけ摘むんや。あとでこの細長い葉っぱになったとき上手いこと形が整うように考えて摘んだらんといかんのや」

 おじいさんの手元をずっと見ていた。首が痛くなった頃作業が終わったのかおじいさんは脚立を降りて塀の向こうに見えなくなった。

 慌ててお寺の門へ走った。中に入るとおじいさんが作業している所を目掛けて更に走る。

「あのっ」

 片付けをしているおじいさんに声を掛ける。顔を上げたところに勢いよく頭を下げた。

「弟子にして下さいっ!!」

 おじいさんは呆気に取られて持っていたゴミ袋を落とした。

 せっかく集めた松の新芽がそこら中に散らばった。

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