第20話 向日葵 【side 梅】

「ホンマにやめとくん?」

 スーちゃんががっかりした顔でアタシを覗き込む。

「うん。ごめんな、せっかく誘ってくれたのに…」

「それはいいねん。でも梅ちゃんどうするん?どっか他の学校行く?それか就職する?」

 うーん。何もしないでブラブラしている訳にもいかんし…どうしたもんか。


 スーちゃんが行きたがっていた専門学校の体験入学に誘われて行ってみた。

 フラワービジネスの学科があるその専門学校は、フラワー装飾技能士という国家資格も取得できるらしい。そんな資格があることすら知らなかったが、お花に携わる仕事が出来るということろには惹かれた。

 学生達がフラワーアレンジメントや華道をしているところを見学する。先生に教えてもらって実際に簡単な花束を作ったりもした。色とりどりの切り花が至る所に置いてある。作業途中のブライダル用や葬儀用の装飾の花々も目に美しかった。

 でも、無造作にゴミ箱に捨てられている、まだ綺麗な切り花達にどうしても目が行ってしまう。

 アレはそのまま捨てられてしまうんだろうか。不要なものなのだろうか。

 より美しくコーディネートするためには必要な事なのだろうが、自分には出来そうになかった。

 綺麗な花束には不要だと言われた葉や花びらを千切る事が出来ない。お陰でもっさりしたセンスのカケラもない野生的な花束になった。

 華道でも剣山に茎をブスッと刺すのを見て目を背けてしまう。堅い茎や枝ならガンガンと床に打ち付けて刺している。

 駄目だ…精神的に無理だ……こういう仕事はアタシでは務まらない。

 諦めるのは大嫌いなタチだが、辛いと感じてしまうのを自分では変えられそうになかった。

 結局スーちゃんには申し訳ないが入学を希望するのは止めておくと伝えた。


「でもスゴい良い仕事やと思う。思ったより体力的に大変そうやけど、スーちゃんやったらパワーもあるし大丈夫や!力仕事も万全やもんな」

「褒められてる気ぃせえへんけど…」

 複雑そうな顔でスーちゃんが呟く。

 野口が作る生花をスーちゃんが必要とする人々へ届ける。素敵だなぁと素直に思った。

 野口と一緒の未来を見ているスーちゃんがうらやましくて眩しかった。


「それより今年の桜祭りどうする?野口君も高木も入学準備でおれへんし」

 スーちゃんが思い出したように切り出した。

「スーちゃんは?」

「私は手伝いにいくつもり。子供らに会うのも楽しみやし、高木がおらんから人手不足やろし」

「じゃあアタシも連れてって。今度こそふわふわの綿菓子作るし」

 スーちゃんがにっこり笑った。


 桜祭りの綿菓子は自分で言うのも何だか、結構良い出来に仕上がった。去年も来ていた子達が拍手してくれた。前年の悲惨さを知っているから。

 リョータにも見せたかったなー 上手に出来たとこ。自慢出来たのに……


 リョータは四月からは本格的に京都へ行ってしまう。野口も京都へ行ってしまうのに寂しくないの?とスーちゃんに尋ねると、

「会いたかったら会いに行けば良いだけやん」

とキョトンとした顔で言った。

 会いたかったら会いに行けば良いだけ。

 当然のようにそう言えるスーちゃんがうらやましい。素直なスーちゃんが。


「いいなぁ…うらやましい…」

「何がぁ?」

「スーちゃんが…」

 真っ直ぐで正直で自分の気持ちに嘘を付かないスーちゃんが。ひまわりみたいなスーちゃんが。

「私の方がずっとうらやましかったで」

 スーちゃんが真面目な顔で言った。

「梅ちゃんがうらやましかった。綺麗やし自分をしっかり持っててカッコいいし。野口君が好きになるんも当たり前やなーって」

 思わずスーちゃんの顔を見た。スーちゃんは真顔のまま続ける。

「野口君と仲良くなってすぐわかった。野口君がいっつも話してる女の子が梅ちゃんやって。懐かしそうに愛おしそうに話すからちょっとムカついたけど、野口君が幸せそうやったからいっつも黙って聞いててん。

 野口君に従姉妹やって内緒にしてたんは、そうしてって頼まれたからじゃなくて、私が怖かっただけ。

 梅ちゃんに会ったら、野口君はまた梅ちゃんのこと好きになるんやろなって心配で。ズルいなぁって自分でも呆れてた。

 でもやっぱり会えたほうが良かった。みんなで遊べるようになった方が楽しかったやん?もっと早く従姉妹やって事言えば良かったのに…」

 スーちゃんはそう言ってアタシを正面から見ると、

「やきもち焼いてた、梅ちゃんに。ごめん」

と頭を下げた。


 何だか涙が出て来てスーちゃんに抱きついた。

「おぉっとぉ」

 スーちゃんは相変わらず女の子らしくない声を上げてアタシを受け止めてくれた。


 アタシはスーちゃんが大好きだ。

 太陽みたいなひまわりみたいなスーちゃんが大好き。


 スーちゃんはそのまま泣き止むまで背中をよしよしと撫ぜてくれた。

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