第14話 鳴かぬ蛍が

「待てって! 梅ー!」


 梅だ。梅がいる。慌てて追いかけたが梅はものすごい早さで走って行った。

「何事?!」

 スーちゃんがコテを片手に走って来た。

「いや、友達が……知ってる子がおった気がしてんけど…」

 野口も走ってきて、

「梅? 梅が来てんの?」

と驚いている。

「見間違いかも知れん…」

 いや、あれは梅だった。絶対に。

 どうしてここに来た? 何しに? 何か困ったことでもあったんだろうか? 言い出せなくて逃げたのか?


「ごめん、私が呼んでん」

 いきなりスーちゃんが言い出した。

「石田梅は私の従姉妹やねん。今日お祭り手伝って貰おうと思って呼んでてん」

「え? 梅と従姉妹なん?」

 野口が驚いて言う。

「うん。黙っててごめん。びっくりさせようと思って内緒にしてた」

 スーちゃんは、ごめん、と頭を下げた。

「別に謝らんでもいいけど…」

 あゆむちゃんも不安げな顔でこちらへやって来た。

「何かあった?」

「いや……ようわからんねん」

 梅は俺を見て逃げたように思った。

「何か…誤解させたのかな?もしかして…」

 あゆむちゃんが心配げに俺を見る。誤解?

「告白してると思ったんかも…」

 あゆむちゃんが呟く。

「誰が? 誰に?」「私が龍太くんに…」

「それ見て何で逃げんの?」

 別に逃げる必要ないのに。

「びっくりしたんちゃうかな。とっさに邪魔せんようにと思ったんかも」

 スーちゃんはそう言うと、

「後で聞いとくわ」

と言って屋台の鉄板の方へと走って行った。


 せっかく来たのに。

 話ぐらいして行けばいいのに、久しぶりに会えたのに。のにのにと出来なかった事ばかりだ。

 梅は会いたくなかったのかな? 急に不安になる。嫌々来たわけではないと思いたいが、あんな全力疾走するぐらいこの場から去りたかったのか?

 どんどん気持ちが沈んだ。どうしたのかと電話すれば良いだけのことなのに、何故かそれも出来ない。

「そのうち連れてくるわ、梅ちゃんも会いたがってるし」

 スーちゃんの明るい声にも素直にうなづけない。会いたがってる? 本当に? 会おうと思えば直ぐに会えたのに。スーちゃんから聞いていればいつでも会えたはず。


 ふと顔を上げると野口がこっちを見ていた。黙ったままでじっと俺を見ている。

「何? どうしたん?」

 声を掛けると、

「ちゃんと見といたってって俺、頼んだよな」

 そう言うと俺に背を向けてスーちゃんを手伝いに屋台の中に入っていった。


 俺だってずっと見ときたかったよ、ホンマに。でも見たらバレてしまう。俺の梅を見る目が友達に対するものじゃないことがわかってしまう。そしたらさっきのように梅は全力で逃げてしまうかも知れない。

 怖くて梅を見れない。そばにいられない。

 何で男はこうなってまうねん、情けない……

 悔しくて恥ずかしくて梅に合わせる顔がなかった。

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