第10話 近くて遠きは男女の仲

 とうとう卒業式がやって来た。

 クラスの大半は同じ中学に通うことになるので、♪いざ さらば~さらば友よ~♪と歌っても実感がわかない。

 でも野口は…そう野口とは本当にさらばだ。

 会おうと思えば会える距離なのに何だかもう二度と会えないような気がする。もう一緒にひまわりも育てられない。


 卒業証書を入れた筒を持って運動場へ出た。生徒の家族が来ていてあちこちで写真を撮っている。

「高木、三人で写真撮ろう」

後ろから声がした。

 振り返ると野口と梅が並んでおいでおいでと手招きしている。近くにいた同じクラスの子にカメラを渡して三人で写真を撮った。


「また遊ぼうな」

野口に声を掛ける。

「近いねんからいつでも会えるし」

梅も続けて言う。

「…うん」

野口は無理に作ったような笑顔で答えた。

 本当は全員心の中では思っていたのかも知れない。たぶん今までのようには一緒に遊んだり出来なくなるんじゃないかと。

 距離が離れただけで心まで離れる訳ではない、でも距離は思っている以上に重要だった。

 毎朝自然に顔を合わせるのと、いちいち連絡を取り合って会うのとは全然違う。ましてや新しい学校や環境で過ごしていくうちに、三人の関係は今とは全く別のものになるような気がした。


「またな」

野口はそう言って右手を出した。いつかの、梅が野口と握手したあの時を思い出した。

 今度は野口を真っ直ぐ見て梅はその手を握った。

「ありがとう。あの地震の時生きててくれて、ひまわりも一緒にお世話してくれて、友達になってくれて……ありがと……」

梅の目から涙がこぼれた。

 野口はそれを見ながら、

「俺も…ありがとう。出会ってくれて…おんなじクラスにいてくれて…ありがとう」

と声を詰まらせながら呟いた。

 そのあとの俺との握手の時、つないだ手をグッと引っ張って顔を寄せた野口は小さな声で囁いた。

「梅のこと頼むで。ちゃんと見といたってな」

野口の目が赤かった。俺は無言でうなずいた。

「んじゃなー バイバーイ!」

明るい声でそう言うと野口は走って行った。

 俺と梅はただ黙って突っ立ったまま、見えなくなるまで野口の背中を見送っていた。

 最後じゃない、一生のお別れじゃない。そう自分に言い聞かせていた。


 中学は同じだったが、梅とは違うクラスになった。

お互い友達が出来たし部活にも入ったので、あまり話す機会がなくなった。何より困ったのは一緒にいると周りから冷やかされることだ。

 梅はその度に激怒したが、小学生の頃のように暴力を振るうことはなくなった。言葉も前ほど乱暴ではない。何より見た目が女の子らしくなった。

 すると前なら平気でしていたことが出来なくなった。例えば一つの缶ジュースを二人で分けて飲んだり、顔を寄せ合って一緒に本を読んだり。

 どちらからともなく距離は離れた。同じクラスになることもなかった。


 意外にも野口とは中学になってからも結構一緒に遊んだ。男二人で。

 距離が離れても友達でいられたのは野口で、距離は変わらなかったのに、友達でいられなくなったのは梅の方だった。


 いや、距離はあった。男と女という距離が。

 三人でいた頃はあまり意識していなかった。でも、やっぱり梅は女の子だった。

 どんどん女の子に変わっていく梅と前のように気楽に話が出来なかった。梅といると何だか心臓がドンドンと身体の中から胸を叩いて来た。顔が勝手に熱くなった。そんな風になる自分が嫌だった。梅を裏切っているような気がした。

 梅もあまり俺に話しかけなくなった。


 野口は会った時にはたまに梅の話を聞いていたが、そのうち何も聞かなくなった。

 野口に言われた約束を果たせないまま中学を卒業した。


 中学卒業後、梅はマンションから市内の一軒家に引っ越しした。進学先の高校も違う。

 距離はそんなに離れていない、でも野口の時よりもっと寂しかった。今度こそもう会えないと思った。

 一生のお別れ、そんな気がした。

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