第9話 時薬

 2月になってすぐウチのお寺で節分の豆まきがあった。梅と野口も来ていた。


 豆まきの後境内ではなく自宅の方の縁側で豆大福を食べていると、弟の龍喜(たつき)がそこへやって来て俺たちに尋ねた。

「あゆむちゃんも一緒に食べてもいい?」


 あゆむちゃんは俺より一つ下の小学5年生の女の子で、小さい頃から寺の行事に弟の誠くん(まあくん)と一緒にしょっちゅう来ていた子だ。

 夏になる少し前まあくんが亡くなった。誕生日の前でまだ5歳にもなってなかった。

 小さい頃から病気でよく入院していたが、今回の入院は元気な姿で退院する事が出来ずに終わった。

 弟の龍喜はまあくんの二つ上で仲が良かった。それもあってか、弟はまあくんが亡くなってからあゆむちゃんが来るとそばを離れない。弟なりにまあくんを亡くしたあゆむちゃんを心配しているのだと思う。


 龍喜に引っ張られるようにしてあゆむちゃんがこちらへやって来た。

「おまんじゅう食べ」龍喜があゆむちゃんに豆大福を差し出す。

「ありがとう、龍喜くんも食べて」あゆむちゃんが優しく微笑む。笑っているのに寂しそうで何だか胸がグッと押さえられたような気持ちになる。

 あゆむちゃんは6つ離れた弟のまあくんをいつもお母さんのような態度で見守っていた。病気であまり長くは生きられないとお医者さんに言われていたまあくんが可哀想で可愛くてしょうがなかったのだと思う。  

 実際まあくんは素直で明るくて本当に可愛い男の子だった。ゴンタくその生意気なウチの弟とは全然違う。

「美味しい?」龍喜があゆむちゃんに聞く。

「うん」とあゆむちゃんが龍喜に笑いかけたその顔が少し歪む。泣き出したあゆむちゃんを、

「大丈夫?泣かんとって」と龍喜も泣きそうな顔でのぞき込む。


「龍喜、お母さんにお茶貰って来て。あゆむちゃん大福が喉につかえたんかも知れん」

俺がそう声を掛けると、龍喜は弾かれたように飛び上がって廊下を駆けていった。野口と梅も心配そうにあゆむちゃんを見ている。

「ごめんな、龍喜見たら思い出してまうんちゃう?」

俺があゆむちゃんにそう言うと、

「違う、ごめんね。何でもないことで急に涙が出たりするねん、もう半年以上も経つのに……」あゆむちゃんは涙声でそう言った。

 まあくんと龍喜は全く似ていないが、それでも同じ年頃の男の子を見るとまあくんを思い出してしまうのではないかと心配になった。あゆむちゃんには豆大福をほおばるまあくんが目に浮かんでしまうのではないかと…

 事情がわからず戸惑っているようだったが、梅も野口も何も言わずに黙々と大福を食べていた。


 そのあとお茶を乗せたお盆を持った俺の母親がやって来て、あゆむちゃんの背中をさするとそのまま本堂の方へ連れて行った。

 追いかけようとする龍喜を、

「お前は食べかけの大福食っていけ」

と引き留めた。

 龍喜は不満そうな顔で大福を食べながら、あゆむちゃんが去って行った方を心配そうに見つめている。龍喜があゆむちゃんを大好きなのは知っているし、心配する気持ちもわかっていたが、

「あんまりあゆむちゃんにうるさくすんなよ」

と言ってしまう。

「……うるさくしてへん」

龍喜がムッとして言い返す。

「まあくんおらんようになってからずっと泣いてるやん。可哀想や」

龍喜が泣き出しそうなのを我慢している顔で言う。

「うん。でも可哀想とか言うな。それはあゆむちゃんに対して失礼や」

しつれいってなに?と龍喜が呟く。上手く説明出来ない。龍喜にはまだわからないと思う。

「お前見たら余計まあくんのこと思い出すかも知れんやろ?そっちの方が可哀想やと思わへんか?」

俺の言葉を考えるように龍喜が首を傾げた。

「ぼくのせいであゆむちゃん泣いたん?」

「違う。それは違うけど……」

何て言えば良い?


「時間かかるねん」

突然梅が声を出した。

「元気になるのも笑顔になるのも。だから待ってあげて。早く元気になれって急かさんとゆっくりでいいよって言うてあげた方が良いと思う。泣きたいときは泣かせてあげて。誰かに心配されたら余計に悲しくなるから。ゆっくり待ってたらきっと元気になるで」

梅はそう言うと龍喜を見てにっこりした。

 龍喜はドキドキしたのかちょっと赤くなって、

「うん」

とうつむいた。


「何も知らんのに口出してごめん」

梅はそう言ってお茶を飲んだ。

 首を横に振ってから「ありがとう」と伝えた。囁くみたいな小さい声しか出なかった。

 野口はそんな俺と梅を豆大福を食べながら黙って見ていた。

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