第7話 宋襄の仁
野口のじいちゃんは快くネットや支柱をくれた。ひまわりの背が高くなっても使えるようにとかなり長めの支柱だったので、野口と電車ごっこみたいになりながら運んだ。梅は後ろで呑気に「汽車汽車しゅっぽしゅっぽ」と歌っている。
やっと花壇まで運びこみ作業を始めようというところで始業のチャイムが響いた。仕方なく運んだ荷物はそのままで教室へとダッシュする。
走りながら梅が野口に「ありがとう」と言うのが聞こえた。
教室の扉を開くと先生がもう教卓の前に居て「遅い!」と叱られたが、野口は何だかうれしそうに見えた。
その後は三人とも授業中そわそわしながら昼休みを待った。スゴい勢いで給食をかき込むと食べ終わった順に花壇へと走る。
野口のじいちゃんにやり方を教わってはいたが、実際は聞くほど簡単には出来なかった。
結局放課後も花壇へ走って行き、三人がかりであーでもないこーでもないと半分喧嘩しながら何とかひまわりの周りを囲えた頃には、全員手も服も汗と土とでドロドロだった。
「じいちゃんに聞いて、もっといるもんあったら明日持ってくるわ」
土だらけのTシャツの裾で手を拭いながら野口が言う。
梅は両手をパンパンとはたいてから野口に右手を差し出した。不思議そうにそれを見ている野口に、
「…もう顔見てもムカつかへんから」
と恥ずかしいのか顔をそむけながら更に手を突き出した。
真っ赤な顔でテレたような野口と、ムスっとした顔を無理に作っている梅の握手を見て、朝から走り回って泥んこになった甲斐があったな、とうれしい様な、ホッとした様な気分になった。
ひまわりの新芽はどんどん出てきて、やがて双葉になった。じいちゃんに貰ってきた虫除けの防腐剤を撒いたり肥料をやったりと、それからも三人でせっせとひまわりの面倒を見ていた。
ある日、野口が梅のいないところで厄介なことを言い出した。
「ひまわりって間引きせなアカンねんて」
「間引き?」
聞き返すと、
「おんなじとこから出てる芽を一番元気なやつだけ残して抜いたらんとアカンって、じいちゃんが」
「元気なやつ以外全部?!」
思わず聞き返すと、
「…うん」
と何故か申し訳なさそうに野口がうつむく。
過保護なお母さんのようにひまわりの芽を可愛がっている梅に、せっかく生えてきた芽を抜けとはとても言えそうになかった。
梅ではなく俺に相談してきたのは野口もそう思ったからだろう。かと言って梅に黙って勝手に芽を引き抜くわけにもいかない。
「どうする……?」
と男二人で相談する。
結局うきうきと楽しそうに芽の成長を喜んでいる梅に間引きの件は伝えられず、このままでも何とかなってくれると期待を込めてそのままひまわりを見守った。
でもそれは後になってから、期待ではなくただ二人して嫌な役目から逃げただけだったと思い知らされる。
結果は最悪の形で現れた。密集しすぎて栄養が行き渡らないためか茎が細く、隙間が無くて真っ直ぐ上に伸びられないものは斜めに茎を伸ばし始めた。
日が上手く当たらない葉は黄色くなり、下の方に生えていたもののほとんどが病気のため葉は白い斑点だらけ。せっかく真っ直ぐ生えている茎に支えを付けようとしても、もっさりと密集していてそれも出来ない。もうその時点で手遅れだと頭ではわかってはいたが、とにかく一輪でも花が咲いてくれればと願った。
でもやっぱりそれも無理だった。決定的だったのは風だ。大きな台風がやって来た次の日の朝、ひまわりは根こそぎ倒れた。
密集していた分その姿は酷かった。梅があんなに可愛いがったひまわり達はゴミの山になった。
台風の翌朝、花壇の前でそれを見て立ち尽くしている梅に、俺も野口も声が掛けられなかった。オロオロとその背中を後ろからただ見ているだけ。
「アタシのせいや」
ふいに梅が呟く。
「ホンマは芽を抜いてやらなアカンかってん。間引きっていうねんけど……それをせなアカンって本に書いてあった。知ってたのにせんかった。出来ひんかってん。でもそれで結局全部をこんな風にしてもうた」
梅の声が揺れている。
俺は野口を見た。野口も俺を見ていた。
俺らのせいや。
梅に間引きが出来ないことを俺らはわかっていた。こっそり二人で間引きをすれば良かった。いや違うそうじゃなくて、どんなに梅が怒っても間引きをしようと言えば良かった。
梅のためと言いながら本当は面倒だっただけ。梅と言い争ったり説得したりすることが嫌だっただけだ。そしてその結果、こんな梅の姿を見なければならなくなった。
梅も野口も俺も。それぞれが自分の中の後悔を抱えて、倒れたひまわりの残骸の前でただただ立ち尽くしていた。
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