第6話 怪我の功名
学校に復帰した野口は以前のように梅に絡まなくなり、梅からも話しかけはしない。二人のしょうもない言い合いがなくなると、教室が静か過ぎて何だかちょっと物足りないような気がした。
梅が蒔いたひまわりの種は一週間ほどで芽を出していた。新芽が出た時どうしても誰かに見せたくなったのか、俺を花壇まで引っ張って行って、
「可愛いやろ」
と子供を自慢する母親のような顔で見せてくれた。種を蒔いてから独りでこまめに水をやりずっと世話をしていたらしい。
それから直ぐのある日の放課後、梅が帰ろうとする俺の前に立ちはだかった。
「お願いがある」
真剣な顔で言われてそのまま花壇へと連れて行かれた。
「ナメクジが葉っぱ食べてしまう…」
梅は悔しそうにそう言うとひまわりの新芽を指さした。
「朝も昼休みも取ったのに…」
と泣きそうだ。
とりあえず落ちている小枝などで見える所にいたナメクジは取った。でもきっとまた出て来る。何とかしようと、二人で学校の図書室に行ってナメクジの対処法を調べることにした。
園芸の本には『木酢液や竹酢液を水で薄めたものを蒔くといいでしょう』などと書いてあったが、それが何なのかすぐに手に入るものなのか、二人ともわからなかった。
やっと『塩水やコーヒー殻を蒔くのも効果がある』という一文を見つけたので、今度は塩を求めて二人で学校中を駆け回った。その後何とか塩水を新芽の周りに巻き終わった頃にはもう日が落ちかけていた。
「ありがとう。ゴメンな、手伝わせて」
梅の横顔は夕日で赤く染まっていた。頬に土が付いている。
「手洗って早よ帰ろ。顔も洗わんと」
俺が言うと、
「うん。ほっぺた汚れてんで」
梅がハンカチを差し出した。受け取ったそのハンカチで梅の頬に付いた土を拭うと、梅は驚いたのか俺の手をはねのけた。
「あ、ごめん。梅も土付いとったから」
「…自分でやるからいい」
と顔を背ける。
梅の頬が赤いのは夕日のせいだけではないような気がした。
次の日コーヒー殻を持って朝早めに登校すると、梅はもう花壇の前に来て竹箒を振り回していた。
「何してんの?」走って行くと、
「スズメが葉っぱ食べに来るねん」
と息を切らせながら答える。
今度は鳥か…ひまわり敵だらけやん。授業もあるし一日中鳥を追い回しているわけにも行かないしと二人で途方に暮れていると、
「…ネット張ったらエエんちゃう?」
と声がした。
振り向くと何だか気まずそうに野口が立っていた。
「じいちゃんが畑やってるから…鳥が来たらネット張っとったで。野菜の芽が出たとき…」
梅と目を合わさないよう斜め下を向いている。
「やり方とか材料とかじいちゃんやったらわかると思う」
「じいちゃんに聞きに行っても良い?」
俺が聞くと、
「うん」
と俺の顔はちゃんと見ながらうなずいた。
「何でこんな時間にこんなとこ居てんの?」
梅がぶっきらぼうに尋ねる。
「……種蒔こうと思って…」
野口は梅が投げつけたひまわりの種が入った袋を見せた。
「多分じいちゃん、もう畑におるから今から行ってみる?」
野口が上目遣いで恐る恐る梅に話しかける。
「行く」二つ返事で梅が答えた。
一時間目が始まるまでまだ時間がある。急いで校門を出て野口の後ろについてじいちゃんの畑まで三人で走った。畑には10分もしないうちに辿り着いた。野口は作業しているじいちゃんらしき人の元に駆け寄ると事情を説明している。
隣で膝に手をついてはぁはぁ言っている梅に、
「良かったな」
と声を掛けると梅が、
「うん」と答える。
下を向いていたがうれしそうなのがわかった。
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