第5話 噛む馬は
野口は四人部屋の窓側のベッドで半分身体を起こして携帯ゲームをしていた。頭にはまだ包帯が巻かれていたが思ってたより元気そうに見える。
病室のベッドはカーテンで仕切られていたが、野口の周りのカーテンは全開でゲームをする野口が丸見えだった。
病室の入り口で梅はそんな野口をにらみつけるように見つめながら一旦足を止めた。そして大きく息を吸い込むと、まるで戦いに行くかのような足取りで野口に近づいて行った。
気配を感じた野口が顔をあげる。梅に気づくと驚いたように口を開けた。
梅は正面から向かい合うようにベッドの足下で立ち止まると、真っ直ぐに野口を見た。 野口が慌てたように身体起こす。
「……ありがとう。生きててくれて」
梅は怒ったように呟いた。
「え…?」
「……地震の前、ひどいこと言うたからアタシ。アンタがホンマに死んでたら取り返しつかへんとこやった……だからありがとう」
野口は梅を呆然と見つめていたが、ようやく梅の言葉が頭の中に入ってきたのか、顔を赤くしながら
「俺もあの日…ひどいこと言うてごめ……」言いかけた途端、
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁーっ」
と梅が叫んだ。
何事かと3つのベッドカーテンが次々に開いて同室の入院患者さん達が驚いた顔を出す。
「謝らんとって。アタシも謝らなアカンようになる」
梅は野口から目をそらした。
「アタシが言うた言葉は間違ってたと思う。だけどあの時はホンマにムカついたから、謝りたくないねん。けどあのままアンタがいなくなってたらスゴい後悔したと思うから……だからお礼は言うとこうと思って」
梅はふてくされたようにもう一度
「ありがとう」
と言うと、カバンから何か取り出して野口の足下に放り投げた。
「…何それ?」
ちょっとおびえながら野口が聞く。
「ひまわりの種。半分はアタシがもう植えた。アンタも元気になったらイヴのお墓の近くに蒔いたって」
梅はそういうと病室の入り口で立ち尽くしていた俺の方へと戻ってきた。
入り口でくるっと病室の方を振り返り、
「騒いでごめんなさい」
と頭を下げてから病棟の廊下をスタスタと歩いて行ってしまった。
俺は呆気に取られたようにこちらを見つめている同室の患者さん達と野口に、同じく頭を下げてから慌てて梅を追いかけた。
梅は病棟の入り口にあるエレベーターホールでエレベーターを待っていた。相変わらずムスッとした顔のまま。
「気ぃすんだん?」
俺が尋ねると、
「…うん」
とこちらを見ずにうなずいた。
梅はやって来たエレベーターに乗り込むと、はぁと大きなため息をついてから、
「やっぱり顔見ただけでムカつく」
と呟いた。
檀家さんのおじいちゃんに教えてもらったことわざを思い出す。
【噛む馬はしまいまで噛む】人をかむ馬は死ぬまでかむ。悪い癖はなかなか直らない。
梅の横顔を見ながら俺もため息をついた。
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