第4話 明日知らぬ世

 野口がどんな容態なのかクラスの生徒には詳しく説明されなかったが、かなり重傷である事は先生の表情と涙交じりの声でわかった。


 地震の次の日の朝、学校の教室で隣に座っていた梅は野口の話を聞いた後、昨日の野口の様に硬直して固まったままピクリとも動かなくなった。

 まだ震災の直後で、来ていない生徒も多く授業もなかった。安否確認と避難が必要な者は体育館に来る様にとの説明があった後、生徒たちは帰宅することになった。


「帰ろか」

固まったままの梅に声を掛ける。

 ロボットの様に固い動きで梅が立っている俺の方へ顔を向けた。

「昨日……聞いてたんやろ」

掠れた声で梅が俺に尋ねる。

「死ねって言うてたな、野口に」

梅は俺から目を逸らし、机の上を見つめた。

「吐いた言葉は取り消されへん」

梅が呟く。

「俺ん家、お寺やねん」

俺がそう言うと梅が顔を上げて、俺を見た。


「昨日の夜から炊き出しとか避難するとこない人に寺の本堂開放したりしてたから被災した人らが結構来てたけど、後悔してる人多かったで。兄弟とケンカしたままやったとか、お父さんに酷い事言うた後やったとか、亡くなった人の家族がそう言うて泣いとった」

梅は黙ったまま聞いている。

「家が寺やから、俺多分普通の小学生より身近な人が死んでしまう事いっぱい経験してると思う。小さい頃から可愛がってくれた檀家のおじいちゃんとかおばあちゃんとか今までに何人もお葬式出したし、若い人でも亡くなってる。

 病気やったらちょっとは家族が覚悟する時間もあるけど、事故とか今回の地震みたいな場合はいきなり目の前からおらんようになんねんで。

 人って死ぬねん。それもいつかじゃなくて今この瞬間に死ぬこともある。昨日まで普通に会ってたのに急に。

 だから自分が後で後悔する様な言葉を人に使わん方がエエで。一生謝られへんかも知れん。明日も会えるとは限らんねんから」


 梅がまた机の上に頭を下げる。俯いたまま肩が震え出した。俺は来ていた自分のジャージを梅の頭から被せて梅の涙を俺から隠した。


 3週間後、野口が一般病棟に移ってお見舞いにも行ける様になったと、先生が朝の会でクラスのみんなに伝えた。今度はうれし涙混じりの声だった。


 放課後、帰ろうと立ち上がった俺のジャージを引っ張って、梅はムスッとした顔で言った。

「一緒に野口の病院、着いて来てくれへん?」

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