第3話 物言えば唇寒し
隣の席になったことで石田梅とかなり仲良くなった。「石田さん」から「石田」になり今は「梅」と呼んでいる。
席が替わっても相変わらず野口は梅に絡んでいた。
今も掃除の時間に、梅にホウキで頭を叩かれて泣いているところだ。先生がやってきて梅は職員室に連れて行かれた。
そのまま教室で待っていると梅が職員室から戻ってきた。
「怒られた?」
と聞くと、
「親呼び出しやって」
梅はふてくされて言った。
「なんですぐ暴力に訴えんの?」
呆れて言うと、
「気ぃついたらもう、どついてた」
ムスっとしたまま呟く。
「口悪い、けんかっ早い、凶暴、強情、頑固…」
「言われんでもわかってるし」
梅が睨む。
「わかってんのになんで同じ事繰り返すん?」
プイっと顔をそらして梅は椅子の上で体育座りをした。おまけに行儀も悪い。
「もう帰りぃや。アタシお母さん来んの待っとかなアカンし」
横を向いたまま梅が言う。
「わかった。また明日な」
俺はそう言って教室を出た。梅は椅子の上で膝を抱えたまま俯いていた。
そのまま職員室へ向かう。担任の席に行って先生に声を掛けた。
「おう、どうした高木」
「今日石田さんが野口君をホウキで叩いたのって、前に教室で飼ってたハムスターを殺したのはお前だろうって、野口君が石田さんに言ったからだと思います」
俺は先生に告げ口した。
告げ口なんて卑怯なことだと思ったが、梅はなぜ野口を叩いたのか聞かれても言わない気がした。呼び出されたお母さんや先生に、梅がただの乱暴者だったと思われるのが悔しかった。
「そうか。でも暴力はアカンな」
それは確かにそうなんだけど……
「叩いたことは本人もホンマは反省してると思います。でも絶対意固地になって謝らへんやろうから」
梅根性やもんなアイツは、と先生は笑った。わかったからお前はもう帰れと先生に言われ、失礼しましたと職員室を出た。
先週教室で飼っているハムスターがケージから脱走した。その日の飼育当番が気づいたのは放課後だったので、いつ逃げ出したのかはわからないが、とりあえずその場にいた者で教室を見て回った。俺と梅も一緒に逃げたハムスターを探した。教室にはいないようだと学校の他の場所もみんなで手分けして探してみたが、かなりの時間を費やしてもハムスターは見つからなかった。
時間が遅くなってきたせいで段々「私、塾あんねんけど…」とか「僕もお母さんに今日早く帰ってこいって言われてたのに…」と言い出す子が出てきて、結局明日またクラスのみんなで探そうと言うことになった。
校門でバイバーイと手を振ってみんなと別れてから梅は、
「あ、アタシ忘れ物した、取ってくるから先帰ってて」
とまた校舎へ戻っていく。
何をしに行くかなんとなく想像がついたので俺も後を追いかけた。案の定梅は独りでハムスターを探していた。
俺が近づいていくと「付き合わんでもエエのに」と怒ったように言う。「餓死したら可哀想やん」と返すと慌ててまた必死にハムスターを探し始めた。
ハムスターは最初は二匹いた。「アダム」と「イヴ」と名付けられた二匹は、誰かの家で生まれたハムスターでケージごとクラスにやって来た。話し合いで毎日日替わりで当番を決めて朝と授業が終わった後に、当番が餌やりやケージの掃除をすることになっていた。
オスの「アダム」はすぐに死んだ。多分ストレスだと思う。女子たちが代わる代わるに毎日可愛い可愛いと手に乗せたりさわったりしていたから。梅が当番の時以外ハムスターに構っているところを見たことはなかった。なのに何故か今は必死でイヴを探している。
結局女子トイレの入り口近くでイヴは見つかった。もう冷たくなっていた。
梅はイヴを持って学校の花壇に行くと
「ここやったらひまわり咲くから喜んでくれるかも知れん」
と穴を掘って埋めた。
黙ったまま二人で作業をし、大きめの石を探してイヴを埋めた盛り土の上に置いてから、並んで手を合わせた。
次の日の朝イヴのことを朝の会で報告した。
お墓にとりあえず置いた石は、その後誰かが持ってきた【イヴのお墓】と書かれたかまぼこの板に代わった。
野口がホウキで叩かれた日、野口は梅に、
「ホンマはお前がハムスター殺して食うたんやろー だれも死体見てへんし こわー 食いよったー こわー」
とはやし立てた。
梅は持っていたホウキの柄の真ん中あたりを握りしめ、そのまま野口の頭に振り下ろした。一言も言葉を発しなかったが、梅のまわりに陽炎のように白い怒りの炎が燃え上がっているのが見えた気がした。
野口が泣いたのは痛みではなく、梅を本気で怒らせたことに対する恐怖と後悔のせいかも知れない。
職員室を出てから校門でしばらく待っていると、梅と野口、おばさんが二人、校舎から出て来た。校門の方に歩いて来る。梅は前だけ見つめて足早に歩き、その後ろを野口が小走りに追いかけている。
その二人の後ろからおばさん達がお互い頭を下げて謝り合いながら歩いていた。
「ごめんって、ふざけすぎた」
と野口がいつものムカつく語尾上がりとは違う、真剣な様子で謝っていた。梅はそれが聞こえないかのように真っ直ぐ前だけ向いて歩き続けている。
「すいませんでしたっ」野口が立ち止まり直立不動の姿勢で頭を下げた。
梅はやっと足を止めて野口を振り返った。
「死ね」
一言言うとまた前を向いて俺のいる校門の方へ向かって歩き出した。
野口は立ち止まったまま動かない。おばさんたちが後ろから野口を追い抜かしても、固まったようにその場に立ち尽くしていた。
そしてその日、あの大きな地震が起きた。
ちょうど夕食の時間帯だったため、至る所で火事も起きた。小学校の生徒の中にも亡くなった子が何人かいたほどだ。
その日野口は、倒壊した家屋の下敷きになり意識不明の重体で病院に運び込まれた。
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