天使様、さらわれる
【side:ちづる】
私――花守知弦――は、性格が悪い。
それもちょっと性格が悪いなんて生易しいレベルではなく、最悪といっても差し支えない性格の悪さだ。
花守知弦――芸名、大天使ちづる。
それが私のダンチューバーとしての芸名だ。
口の悪さで目をつけられ、すっかりハブられ、ぼっち飯を決め込んだ暗黒の中学時代。
素の私では誰にも好かれないということを、いち早く学んだ瞬間であった。
だから高校では、徹底的に人に好かれる方法を学んだ。
相手が好意を持つ話しぶり、表情、角度。それらを効果的に見せる、細かな仕草まで。
中学時代をバネに徹底的に研究したそれは大正解で、私は高校ではクラスの中心人物となった。
私の素の性格は悪い。
だから私にとって、演じることは生きるための武器だ。
磨き上げてきた、生き様そのものだ。
――そんな私にとって、まさしくダンチューバーは適職だった。
そこそこ大手のダンチューバー事務所に、3期生としてデビュー。
チャンネル登録者数は順調に伸び、人生は順風満帆。
誰にでも好かれる無垢で無邪気な天使様。計算された姿に誰もが惚れ込み、私ではない私を見て喜んでいる。
当然だ。誰もが喜ぶ自分を徹底的に研究し、自らに最適なキャラを育て上げてきたのだから。
常に誰かを騙しているような錯覚。
同業者の前ですら、息を付けない息苦しい生活。
所詮、私はすべてが作り物。それを武器に入った業界なのだから当たり前。
そう思いつつも、やっぱりそれは寂しくて……、
そんな世界で、私は出会ってしまったのだ。
配信切り忘れ、なんて飛び道具で一躍時の人となったお嬢様。
――根っこを隠しきれない
(まさかあれが天然で、素だなんて)
(最初は、想像もしてなかったなあ――)
最初、バーニングお嬢様に興味を持ったのは、ひとえに同類を見つけたと思ったからだ。
日々、演じること、誰かを騙すことへの罪悪感――同じ悩みを共有できると、そう思っていたのだ。
結果は、ものの見事に自爆しただけだった。
バーニングお嬢様は、私が想像もしていないほどのピュアピュア少女だったのだ。
そうなれば、話は変わってくる。
私は、ただ同期の前で、無様を、失態を晒した性格最悪人間に早変わりという訳だ。
――失望されると思った。
軽蔑されると思った。
素を見せたら嫌われる。
それは身に染み付いていたから。
それなのに焔子は。
むしろテンションが上がったという不思議な反応で。
――心配しないで。ちづりえるとして、私は、ちづるちゃんの中身が真っ黒の堕天使だったとしても、ちゃんと推すから!
――へっへっへ、つまりは私こそが筆頭ちづりえると言っても過言
そんなことを言いながら、手をブンブンと握ってきたのだ。
(それが、どれだけ特別なことだったのか)
(焔子には、絶対に分からないんでしょうね――)
だからこそ、迷惑はかけられない。
炎上騒動は、ずっと演じてきたツケにほかならない。
言ってしまえば、身から出たサビそのもの。
だから謹慎だって大人しく受け入れたし、決して他のダンチューバーは巻き込めない。
――そう思っていた。
***
私が、焔子――バーニングお嬢様の配信を立ち上げたのは、無意識だった。
――ちづるちゃんは、ちづりえるの皆さんを裏切ってなんていませんわ。だから……、信じて待っていて上げてほしいのですわ!
――黒ちづるちゃんがたまに見せる、ポンコツちづるちゃんこそが至高!
「炎上中のダンチューバーに触れるなんて。
プロ失格――本当に、焔子は、なんで――」
配信中で、そんな発言を見てしまい。
文句を言いつつ、ついつい頬はにやけてしまったり。
――お雑魚ウォッチング、With迷惑ダンチューバー。ですわ~!
「それただのPKK! 治安維持配信!?」
そんなツッコミを画面前でしたせいで、出かけた涙が引っ込んでいったり。
その後も、バーニングお嬢様は、楽しそうに配信を続けていく。
ときどき思い出したかのように出てくるポンコツな煽り芸。
それでも焔子の配信は、天然の姿なのに、どこまでも魅力的だった。
(なんか同期が、恐竜を一撃で消し炭にしていた件)
(何を見せられているんだ……?)
更には、あれよ、あれよ、という間に。
暴露屋ルーニーを追い詰め、真相を明るみに出していったり。
「…………って、いやいやいやいや!?
何なのこれ!? 何なのこれ~~!?」
うちの同期、行動力の化身すぎやしません!?
目を回すほどに濃厚な2時間だった。
(やっぱり焔子は、配信の神様に愛されてる)
(今日は、一段と、良い配信だったなあ――)
私が、バーニングお嬢様の大ファンなのは周知の事実だ。
そんなバーニングお嬢様が、私のために怒ってくれている。焼き尽くさんばかりの炎は、まさしくバーニング嬢の怒りそのもののようで。
その出来事にすらも、喜びを感じてしまう。
(…………って! 大天使ちづるとしては、むしろ諌めないといけないんだけどね!)
(まったく! 今度通話したら私に触ったら駄目だって、焔子まで炎上しないように注意しないと!)
もらった元気。
謹慎中だというのに、喜びすら覚えてしまう。
「~~♪」
私は、ごろごろ転がりながら、バーニングお嬢様の動画を再生していく。
――【悲報】真っ黒なちづるちゃんを見て脳が破壊されたバーニングお嬢様、うっかり神話魔法をぶっ放してしまう
――疲れた体には、お酒とちづるちゃん! これですわ~!
(私は、お酒と同列なの!?)
……そんな世迷い言も、今は心地よい。
私が上機嫌で、バーニングお嬢様の切り抜き動画を再生していると、
――ピンポーン!
ドアのチャイムが鳴った。
(……誰だろう?)
私は、玄関の覗き戸を見て、
「でゅふふふ、ちづるたん!
ハァ、ハァ――やっと、やっと会えたね!」
「ヒッ」
私思わず息を飲み、後ずさる。
――その顔には見覚えがあった。
リアルを特定され、一度は引っ越しを余儀なくされた人間だ。
その男は、熱心なストーカーで……、
(な、なんでここが分かったの?)
身バレ対策には、随分と気を使ったのに。
「い、いい加減にして!
警察。警察を呼びますよ!」
「ふひひひ、酷いなあちづるたんは……」
私の怒りに頓着せず、ストーカー男は気味の悪い笑みを浮かべる。
(事務所に電話する?)
(それとも警察に…………?)
鍵はかけてある。
慌てず、騒がず、冷静に。
ここから飛び出す方が、はるかに危険だ。
私が対処法に悩んでいると、
「でゅふふふ、僕にはね。
大手ギルド――ダイダロスが、バックについてるんだ」
「ダイダロス!?
あの、ダンジョンで片っ端から有力ギルドのトップを再起不能に追いやった……、あの!?」
ダンジョンを取り巻く現実。
ダンジョンは、まだ法整備が追いついておらず、半ば無法地帯と化していた。
それを象徴するのが、中で死んだ場合は蘇生するからと、殺人すらお咎めはなしという無法地帯ぶりであろう。
ゲームの世界が、現実になったかのような空間。
だからこそPKプレイなんて代物が、"迷惑配信"程度の受け止められ方をしているわけだ。
同期のミミズクの冗談のような
そんなダンジョンの闇の1つが、犯罪組織の隠れ蓑になっている現実だ。
現実では非力な人間も、ダンジョンの中に入ればスキルという概念が適用される。レベルという概念が適用される。
結果、人間という生き物は、モンスターというバケモノに抗う力を得るのだ。
そのダンジョンにおいて、圧倒的な強者を集めて作られた犯罪組織が存在した。
警察や行政ですら手を焼いており、幾度となく返り討ちにあった最凶の犯罪ギルド。
ついには捕縛すら諦められた生粋の犯罪集団――それがダイダロスなのである。
「なんで……。なんで、そんなギルドと繋がりが?」
「ある御方のおかげでね?
もし君が付いてこないなら……。
そうだね、君が大好きなバーニングお嬢様。
あの子に、ダンジョンで痛い目見てもらおうか」
「――ッ!」
ストーカー男は、ストレートにそう私を脅した。
それは今の私にとって、急所に等しい。
(落ち着きなさい、知弦)
(相手の狙いが分からない以上、動きようもない。今は、少しでも情報を集めないと――)
私は携帯の音を消し、こっそりと事務所に通話をかける。
時間稼ぎと、情報集め。
これは私の問題だ――これ以上、焔子に迷惑はかけられない。
ここは誘いに乗るフリをするのだ。
「わ、分かった。あなたに付いていく。
だから約束して、焔子には手を出さないって」
「でゅふふふ、やっぱりちづるたんは良い子だねえ。
良いよ、約束してあげる」
私は男に従い、駐車場に向かって歩き出す。
別に、逃げようと思えば、逃げられたかもしれない。
けれどもダイダロスの存在をちらつかされている今、逆らおうという気にもならなかった。
「ハッ、大天使ちづると思わしき女を連れてきました」
「よくやった、五郎」
止まっていた高級車で私たちを待ち受けていたのは、スーツを着た細身の男であった。
やたらと高そうなゴテゴテの装飾品で身を固めた、神経質そうな男。
その男の顔には、見覚えがあった。
名前はたしか……、
「シャドウ・メロディアの……、篠宮社長!?」
「ふっ、名前を覚えてもらっていたとは光栄だね。
悪いけど、君は人質だ。一緒に来てもらうよ」
「こんなことをして、ただで済むと……!」
(ストーカー男が、なんでシャドウ・メロディアと!?)
(シャドウ・メロディアといえば、たしか焔子の配信でも出てきた今回の炎上騒動を引き起こした張本人!)
響き渡る脳内アラート。
けれども後ろには、ガッツリとストーカー男が張り付いていた。
逃げようにも、到底、逃げられない。
「シャドウ・メロディア――まさか、ダイダロスと繋がりが?」
「おや、そこの馬鹿が口を滑らせたのかい?
彼らは実に良いお客さんだからね。金さえ払えば、なんでも請け負ってくれる――邪魔者を消すにはもってこい。
そう思わないかい?」
篠宮社長は、私を脅すようにそう告げる。
「ちづるたん、この人はおっかない人だよ。
あまり逆らわない方が良いよ」
「…………」
ストーカー男が、私をなだめるようにそんなことを言う。
(くっ、白昼堂々こんな手に出るとは……)
(私としたことが、まさかこんな良いようにやられるなんて!)
唇を噛みながら、私は現状を把握する。
どうにか落ち着こうと、頭を無理やり回転させる。
人通りが無いわけではない。
大声で助けを求めれば、どうにかなるだろうか。
けれども、そんなことをしたら――
(ダイダロスのことが、もし本当だったら――)
結局、私を縛るのはそれ。
「分かった。あなた達に付いていきます」
「へえ、素直な子は好きだよ?」
結局、私が選んだのは一時的な投了。
唇を噛みながら私は、ストーカー男――五郎というらしい――の運転する車に乗り込むのだった。
===
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