バーニングお嬢様、宣戦布告する

「はあ、それで……。

 犯人を捕まえて来てしまった、と――」

「ですわ!」


 ルナミアの事務所にて。

 私は、事務所の会議室に座っていた。



 配信を終えると、マネージャーから電話で呼び出されたのだ。

 至急、事務所に来るように、と。


「この件には、なるべく触れないようにって言ったよね?」

「ふ、不可抗力ですわ! いつものように配信していたら、向こうから飛び込んできただけですわ!」


 ――目の前には、社長やマネージャーの姿。

 隣には飄々としたフリをしつつも、割と怯えている暴露屋ルーニーが座る。


 私は、売られた喧嘩を買っただけだ。

 あそこでルーニーの言い分を聞いて取り逃せば、どれだけ舐められることだろう。



「ふ~ん、君が暴露屋ルーニーねえ」

「……」

「こうなった以上は、正直に答えた方が身のためですわよ?」

「――そ、そうだ。俺がルーニーだ」


 社長が睨みつけるも、ルーニーは素知らぬ顔をして目を逸らすのみ。

 それでも私が声をかけると、ビクッとした様子でそう答えた。


(私、そんなに怖いんですの?)


 むっと唇を尖らせる私。



「依頼は、シャドウ・メロディアからだと言っていたな?

 それは本当なのかね?」

「ああ。今さら嘘は言わねえよ」

「ちっ、あいつは……。まだこんな下らないことを――」


 ルーニーの言葉を聞き、社長が舌打ちした。



「あいつ?」

「社長とは腐れ縁みたいでね。同じ大学の卒業生で元親友。

 一度は同じ会社に就職した戦友みたいな人だって」

「昔の話だ。あいつはもう、変わっちまった」


 首を傾げる私に、マネージャーがそっと耳打ちする。

 社長は、そう吐き捨てた。


 

「だけど独立した後は、社長だけがこうして成功して。

 一方的に敵視されて、これまでも、ちょくちょくちょっかいを出されてたみたいなのよ」

「それを見過ごしてたのは――」

「特段、相手にするほどでもないと思っていたんだよ。

 だが奴は、手を染めてはいけないものに手を染めた。我が社の演者への誹謗中傷と、フェイク写真の拡散――正式に抗議させてもらおう」


 社長は、静かに立ち上がり、


「よくやってくれたな、焔子。

 一歩間違えたら、また火種を大きくしかねない行為だ。本当は諌めなければいけないのかもしれないが……、同期を守るため。よくやってくれた」


 そう、私に頭を下げてきた。



(対処を誤れば更に炎上して、演者ごと燃え尽きてしまうこともある)

(難しい、問題ですよね――)


 最悪、会社ごと巻き込み取り返しが付かなくない事態を招く可能性もある。

 どうしても、保守的にならざるを得なかったのだろう。

 それでも社長が選んだのは、きっちり相手に落とし前を付けさせること。 


「別に社長のためにやったわけじゃありません。

 気に食わない奴が目の前にいたから、いつものように配信した。ただ、それだけのことですわ!」


 事務所が問題解決に当たってくれる以上、私が言うことは特にない。

 だから私は、そう答えるのだった。




***


 ━━プルルルルル

 その時、社長が持つスマホが鳴った。


「失礼」


 その番号を見て、目の色を変える社長。

 じーっと私たちが見ていると、社長の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。



「は? おまえたちが、我が社を訴える!?

 おまえは、いったい、何を言っているんだ!?」


 社長は呆れたようにため息をつき、


「おまえは、どこまで腐ってるんだ?」


 心底残念そうに、そう口にした。



「我が社の演者が、暴露屋と手を組んだ?

 ガセを流してシャドウ・メロディアの評判を落とそうとした?

 ふんっ、馬鹿も休み休みに言いたまえ」


 社長の口から、そんな言葉が飛び出してくる。

 そうして社長は、通話のスピーカーモードをオンにしてみせた。



 何が起きているのか分からなかった私だが、電話を聞き、徐々に何が起きているのか把握する。


 ――シャドウ・メロディアというダンチューバー事務所が、競合を蹴落とすために火種となる暴露動画の作成を依頼した。

 私の配信をきっかけにそんな情報が拡散され、シャドウ・メロディアは、凄まじい勢いで炎上を始めたらしい。

 自業自得だと思う。けれどもそこで、圧倒的な面の厚さを見せつけてきたのが、シャドウ・メロディアの社長という訳だ。


 鎮火をはかり、あろうことか私の配信が誤りであったと発表させようと画策。

 今まで良いように言いくるめてきた社長を説得しようと、電話をかけてきたという状況らしい。




「おや? おまえにしては随分と強気じゃないか。

 バーニングお嬢様だっけ? おまえのところは、随分と演者に好き勝手させてるようじゃないか」


「(なっ!?)」

「(まあ)」


 ――忌々しそうに出てきた名前は、なんと私のもの。




「弊社の特色は、演者の個性を重んじることでな。

 どこかの社長とは、違うんだよ」

「ふん、ほざけ。

 今回の件、もし裁判になったら最終的に損をするのは誰だ?

 損害が大きいのは、そちらだろう。

 人気商売だ――問題が起きてしまえば、それだけで傷になる。

 演者のためを思うなら、選ぶべきは穏便な解決策。そうは思わないか?」


 その声音は、心底、こちらを見下してきているもので。

 賭けても良い――相手は、所属する演者のことなんて、何とも思っていない。

 ただ、こう言っておけば丸め込めるだろうという詐欺師のような語り草。


 率直に言ってしまえば不快だった。



「今回の騒動が、バーニングお嬢様のヤラセであったと発表しろ。それで、今回の件は、チャラにしてやる」


 しまいに言い出したのは、そんなあり得ない欲求で。



「そんな要求が通ると思ってますの!!」


 社長から携帯電話を引ったくり、思わず私は、そう言い返す。


「なっ、なんでそこにバーニング嬢が!?」

「配信中でなかったのが、本当に惜しいですわ。

 今までも汚いことを、やってきたんですわね? それをそうやってゴリ押してきた、と。でも今回は、一歩も引きませんわ。ですよね、社長?」

「ああ。その通りだ。そちらが、その気なら、我が社としても徹底抗戦させてもらおう」


 ――篠宮、年貢の納め時だ。

 社長は、因縁の相手に、静かにそう返す。


 淡々と、つぶやくような口調。

 それは不思議と、今回こそはケジメを付けさせるという決意が見え隠れするようで、



「くそっ、後悔するなよ!?」


 そんな捨て台詞とともに。

 シャドウ・メロディアの社長――篠宮は、ぶつりと電話を切るのだった。

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