バーニング天使様

 案件配信から数日後。


「な、なにこれ!?」


 私――焔子は、思わぬ話題をつぶやいたーで見かけてしまい思わず声をあげた。



ちづるちゃん、実は真っ黒だったwww

【悲報】ルナミア3期生の大天使ちづる、実はすべて演技だった模様

【ルナミア速報】清楚担当のちづるたん、ファンとオフパコしていた疑いも


 ……朝起きたら、ちづるちゃんが燃えていたのだ。

 発信源はどこだか分からないが、すでに大手まとめサイトには続々と記事がある状態。

 それがつぶやいたーで拡散され、またたく間に話題が広がっているようだった。

 

 まさしく寝耳に水。

 プロ意識の高いちづるちゃんのことだ。

 ファンの前でオフの姿を晒すなんてこと、絶対にやらかさないと思うけど……。



(いったい、何が起きてるの!?)


 混乱する私に追い討ちをかけるように、事務所から電話がかかってくる。


「もしもし、焔子さん? ちょっと緊急事態――すぐに集まれる?」

「例の件ですよね。はい、はい――すぐに向かいます」


 電話はマネージャーから。

 至急、今回の件についての対応を呼びかけるためルナミア3期生を集めることにしたとのこと。


 私は、不安な気持ちになりながらも事務所に向かうのだった。




***


 会議室は重々しい空気に包まれていた。

 私が事務所に到着すると、すでにルナミアの3期生の面々は集まっていた。


 ――ルナミア3期生は、5人のダンチューバーから成り立っている。


 この間の案件で一緒になったミミズクさん。

 真っ青になって、何かを堪えるようにギュッと俯くちづるちゃん。

 2人の少女が、ちづるちゃんを気遣うようにじっと見ていた。



「さて、集まったか――」


 重々しく口を開いたのは、事務所の社長であった。


 ――ルナミアは、ダンチューバー事務所の中では比較的大手と呼べる規模感の事務所である。

 とはいってもダンチューバー事業そのものが、まだまだ黎明期といっても差し支えがない現状。

 会社の規模としては、まだまだ小規模というのが実態であり、会議に社長が顔をのぞかせることも珍しいことではなかった。


 珍しいことではなかったが――、



(さすがに緊迫した空気になるよね――)


 炎上騒動は、何よりも対処が大事だ。

 ボヤ騒ぎであっても、対応を誤れば火は際限なく燃え上がる。

 そうなってしまえば、やがてはメンタルを病み、引退を余儀なくされる。

 そんなケースも配信者にとって、決して珍しいことではない。



「この動画は……、本物なのか?」


 社長が見せてきたのは、とある動画だった。


 ――曰く、それが火種となっている動画で、一気に拡散しているものらしい。

 動画の内容としては……、


「これ、ちづるちゃん?」


 映っていたのは、ちづるちゃんそっくりの人間が、男を連れ立ってホテルへと入っていく姿。

 おまけに未成年でありながら、ばっちりと酔っ払っているように見え……、


「ち、違います!!」


 ちづるちゃんは、大慌てで、そう答えた。

 その顔は、なぜバレた――というようなものではなく、ただただ理解できないものを見るような目つきであり……、


(黒ちづるちゃんは、たしかに裏表があるけど――)

(それでも誰よりもプロ意識が高い。こんなこと、するはずがない!)


 私は、そんな確信ともに立ち上がり、


「合成じゃないですか?」


 おずおずとそう発言する。


 ――合成写真による意図的な放火。

 AI技術の発展した今の時代、フェイク写真の作成は一般人にとっても容易なのだ。


 炎上騒動は、当事者以外の人にとっては騒げれば良いだけの娯楽にすぎない。

 ちょっとした証拠のようなものがあれば、それで石を投げれば十分なのだ。


(大炎上のスキルを授かって、炎上事件の歴史を調べたことはあったけど……)

(その大半が、デマ混じりだったよね)



「なら、こっちの動画は――」

「それは…………、恥ずかしながら純度100%の真実です」


 厄介なのが、一部、真実が混ざっているケースだ。

 たとえば今回のように。


 ――社長が指さしたのは、火種となっているもう1つの動画であった。

 

「なるほどお。S級モンスターを倒しても、報償金には目もくれずにサッと姿をくらませる。

 完璧な、実は清楚でしたムーブ――勉強になるよ」

「え? って。なにを驚いてるの?

 あなただって、分厚い仮面。付けてるのよね?」

「いや、ボケないで良いって。配信は切れたし、もう純真な振りは必要ないよ」



 ――天使様の真実。

 そんな名前を付けられた動画が、捨てアカウントでダンチューブにアップロードされていたのだ。


 そのやり取りには、見覚えがあった。

 イレギュラーモンスターを討伐するために向かった際の、私とちづるちゃんのやり取りである。 


「な、なんでこんなものが!?」


 思わず叫ぶ私をよそに、


「それで私は、どうなるんでしょう?」


 ちづるちゃんは、粛々と社長の様子を伺っていた。



「ちづるちゃんの発言が、迂闊だったのは事実だ。

 我が社もちづるちゃんのプロ意識は、誰よりも知っている。それでも、ここまで騒ぎが大きくなってしまった以上、このままという訳にはいかない。

 厳重注意――後、ほとぼりが冷めるまで活動自粛と自宅謹慎。事務所の対応としては、このようにしようと思う」

「そう……、ですか――」

「ま、待って下さい! こんなの、ほとんどガセじゃないですか。

 こっちの動画だって、盗撮によるもの――それなのに活動自粛なんておかしくないですか!?」


 思わず声をあげる私だったが、



「引退、じゃないんですね。良かったです」


 ちづるちゃんは、心底、ほっとした様子で安堵のため息をつく。


「でも……!」

「ファンの皆に、見せちゃいけない姿を見せたのは事実。仕方がないことよ」

「それなら私だって、同じようなもので……!」


 なおも納得がいかず、私は食い下がろうとしたが、



「ぷぎゃー、ですわ!

 煽り系として売っていた焔子ちゃんより先に、私の方が炎上するなんて――煽り系として、あまりにお雑魚ですわ!」

「ちづるちゃん…………!」


 ちづるちゃんは、私をなだめるように、そんなことを言い出し。

 結局、偉い人が決めた決定は覆ることはなく……、



「この件に関するコメントは、基本的には触れないように。発表は、すべて事務所を通じて行うこと。良いね?」


 最終的には、そう釘を刺され。

 ――ちづるちゃん炎上事件への対策会議は、解散となった。




***


 帰路、電車の中で。


「ごめん、焔子」


 夕陽を浴びながら、深々と帽子を被りったちづるちゃんが、小声でそう謝ってくる。


 マスクをつけて、だぼだぼのジャージ服――いつも以上に、身バレに注意した姿である。

 会議室では、冗談めかして笑っていたものの。

 プロ意識の高いちづるちゃんだからこそ、今回の一件にショックを受けているのは間違いなかった。


「何が?」

「だって、焔子の方にも飛び火、してるし……」


 あの動画には、私の姿も映っていた。

 とはいえ、その動画で私は、黒ちづるちゃんに振り回されていただけではあった。

 それでも、ちづるちゃんの本性を知りながら黙っていた裏切り者、という批判を見かけたことがある。



 ――そんなことか、と不思議な気持ちになった。

 黒ちづるちゃんは、やっぱりどこまでもプロ意識が高く、同時に同期を思いやれる天使様なのだ。 


「私なんて、もともと燃えてナンボみたいなスキルだし。ちづるちゃんこそ、本当に大丈夫?」

「迂闊だったな――あの発言を見られるなんてこと、決してプロとしてはやっちゃいけなかった」


 人が大勢いる場所で、素の姿を見せてしまったこと。

 それは確かに、迂闊だったと言えるのかもしれない。



「うん。ちづるちゃん、戻ってくるの、ずっと待ってるからね!」

「べ、別にほとぼりが冷めたら、そのうち戻るし……!」


 手を握ってぶんぶん振り回す私に、ちづるちゃんはそっと顔を逸らしていた。

 その頬は、ほんのり赤く染まっている。


 ――スイッチがオフの状態の黒ちづるちゃん。

 その素は、見れば見るほど悪人ではないと思う。

 ……悪人だったら、こんなに気に病むことが無いと思うから。



「黒ちづるちゃんも可愛いと思うんだけどな」

「……その発言、絶対に配信では言わないでよ?」


 ちづるちゃんが、ジト目で私を見てくる。


「むしろ、今こそ煽りチャンス! お~っほっほっほ、なんか同期が炎上してますわ~! ぐらいに言ってやっても良いのよ」

「いやいやいやいや、この状況で煽れって正気!?」


 首をぶんぶん横に振る私。


「ガチものの煽りカスなら、それぐらいやるわ」

「な、なるほど。ここで煽ってこその、煽り系……?」

「いやいやいやいや。さすがに、さすがに冗談。冗談だからやらないでね!?

 …………そんなことしたら、焔子まで燃えちゃうから」


 コロコロと表情を変えるちづるちゃん。

 最後には、無性に心配そうな顔で私を見つつ、


「あ~、もう。本当に気にしないで良いのに!

 ……降って湧いた、夏季休暇みたいなものよ。

 謹慎だからこそ、危険なダンジョンに暫く潜る必要もないし。ゆっくりさせてもらうわ!」


 最後にはそんなことを言いながら。

 ちづるちゃんは、バイバイと手を振りながら電車を降りて帰路につくのであった。

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