バーニングお嬢様、暴れる(1)

 ちづるちゃんの炎上から数日後のこと。

 私――焔子は、ダンジョンを訪れ配信のスイッチを入れた。



「お~っほっほっほ、下僕の皆さま御機嫌よう!」


 今日の配信は、ソロ配信だ。

 本当はちづるちゃんとコラボ配信がしたかったけれども、謹慎中なのでこうなった。


(なぜ、ちづるちゃんが謹慎?)

(何も悪いことしてないのに……)


 考えれば考えるほど、理不尽だと思う。

 それでも今は少しでも楽しく配信して、ちづるちゃんが戻って来やすい環境を作るのが私の役目だ。



"ちづるちゃんのオフパコの噂は本当なんですか!?"

"あの動画は本物なんですか?"

"教えてください!!"


「お~っほっほっほ! 慌てなくても、時が来ればちづるちゃんが全て話して下さいますわ!」


 怒涛のように押し寄せてくるコメントたち。

 予め決めていた対応。

 それでも、強いて私から一言、言うとすれば――


「ちづるちゃんは、ちづりえるの皆さんを裏切ってなんていませんわ。だから……、信じて待っていて上げてほしいのですわ!」


 これぐらいの発言ならセーフだろう。



 実際、騒ぎたいだけの視聴者も多くいた。

 炎上騒ぎを聞きつけてやってきた、いわゆる"お客さん"達だ。

 しかし、そういう人たちはの書き込みは、モデレーター(コメント欄の治安を守る人たち)の手によりポンポンと消されていく。



 普段の配信の空気が戻ってくるのに、そうは時間はかからなかった。


"そういえば例の動画、ほかにもとんでもないもの映ってたよね!?"

"バーニングお嬢様、神話魔法・イノセントシャイン使えるってマジですか?"

"え? なんのこと?"

"つ:URL 【悲報】真っ黒なちづるちゃんを見て脳が破壊されたバーニングお嬢様、うっかり神話魔法をぶっ放してしまう"


「み、未遂ですわ!?」


 というか、そんなもの切り抜かないでよろしい。



"てか、黒ちづるちゃんも可愛い"

"分かる"

"裏でも、バーニングお嬢様のガチファンだったの可愛い"

"隠してる姿があったことを死ぬほど気にしてるちづるちゃん可愛い"


「黒ちづるちゃんがたまに見せる、ポンコツちづるちゃんこそが至高。さすがは私の下僕たち、よく分かっているのですわ~!」


 もちろん批判的な声も目立つ。

 同時に、それと同じぐらいには、ちづるちゃんの意外な一面を面白がる声も多く……、


(ちづるちゃんが築き上げてきたものは、あの動画程度ではビクリともしませんわ!)



 ……っと、いけないいけない。

 このままいくと、延々とちづるちゃんの可愛さについて語って終わってしまうところだった。



「お雑魚ウォッチング、With迷惑ダンチューバー。ですわ~!」


"なんか始まった!"

"てっきり、ちづるちゃんへの愛を語って終わるのかとw"

"実質コラボ配信やんけ!"



「私、気が付いてしまったんです。

 もしかして、私の煽り文句って、まだまだ未熟なんじゃないかって――」


"そこに気がつくとは天才か?"

"あっ・・・(察し)"

"そのままの君でいて?"


「それで私も、勉強したんですよ。

 炎上系ダンチューバーの動画とか見て――いやぁ、びっくりしました。

 奴らは人間の屑。ゴミクズですわね!」


"キレッキレww"

"今日、どったのw"


 思い出したのは、ダンジョンの罠に人を放り込んだスプラッタ動画である。

 死ぬギリギリで命乞いをしたところに、ひたすらP音が入るような罵倒を浴びせながらとどめを刺すヤバイ動画だった。


 ……あれは、見ているだけで不愉快だった。

 何が面白いのか理解したくもない、エンタメをまるで分かっていない産業廃棄物。

 あんな物が再生数を取れるとは、世も末である。



「――ふと、思ったのですわ。

 私が被害者のフリをしてPKギルドを誘い込み、返り討ちにしてから思いっきり煽ってみる。

 獲物を狩ろうとしたら、狩られる側だったということ――愉快ですわね!」


"草"

"今日は暴れたい気分なのねw"

"ただの迷惑ダンチューバー成敗配信やんけ!"

"正義マンに凸されてたバーニングお嬢様を思い出すな・・・"

"いつも華麗に燃やされてたライナー仮面さん、元気にしてるんだろうか・・・"


 そういう訳で、私はダンジョン休憩室に備え付けられた変装道具で着替えることにする。

 ちなみに前回のジャージ+お面は、封印した。あまりに有名になりすぎてしまったし、お面は、配信で付けるにはダサい代物だったからだ。


 今回、身にまとったのは、いかにも世間知らずのお嬢様が身に纏うような派手なドレスだ。

 華やかさが際立ち、機能面など何も考えられていない素人丸出しの衣装。

 

 ダンジョンには、時おり怖いもの見たさで、肝試し感覚で実力を持たない人間が訪れる。

 迷惑ダンチューバーが狙うのは、そういうダンジョンを知らない探索者であり、私はそれに擬態したわけだ。


「ジャーン! 変装、完了ですわ!」


"可愛い!"

"可愛い(可愛い)"

"例のクソダサ仮面かぶろ?"

"というかPKギルドとやり合うことになるけど大丈夫なん?"


「駄目だったらミミズクちゃんルートでいきますわ!」


 爆散、速やかにデスループ。

 目の前で逃げられたら、それはそれでPKギルドとしては悔しいだろう。

 できれば返り討ちにしたいが、向こうの目論見を挫けば成功だと思う。


"まじかよw"

"ミミズクちゃんルートw"

"デスルーラ前提にしないで!?"



 ……正直なところ、少し怖い。

 けれども注目を集めている今、新しいことにも積極的にチャレンジしてみたいと思ったのだ。


(きっと、ちづるちゃんも配信、見てくれていると思うしね)



「それでは、お雑魚ウォッチング! With迷惑ダンチューバー……、スタートですわ~!」


 そうして私は、颯爽とダンジョン中層に入り込むのだった。




***


 ――ダンジョン中層。

 それは少しだけダンジョンに慣れた初級者~中級者の探索者が活動している階層である。



"バーニング嬢、中層潜れたの?"

"大丈夫? 無理してない?"

"余裕やろ、オークキングワンパンする女やぞ"

"草。そやったな・・・"


 あくまで私の目的は、PKギルドからターゲットにされることだ。

 演じるのは、中層に潜り込んでしまった初心者である。



 目の前に、ゴブリンと呼ばれる小型モンスターが現れた。

 上層でも現れるが、中層になると同時に何体も現れるようになるのだ。


(いつもなら、蹴散らしてるけど…………) 



「あ、あわわわわわ」


 私は、ゴブリンの攻撃をあたふたと避ける。

 そして慌てた悲鳴をあげながら、ばたばたと逃げ回ってみる。


"ぶりっ子ヤメテ"

"ゴブリン相手に逃げ惑うとか、お雑魚ですわ~! お雑魚ですわ~!"

"バーニングお嬢様に煽られる!"



(お、思いのほかストレス溜まりますわね!?)


 私が、曲がり角を曲がり息を潜めていると……、



「ようよう、お嬢ちゃん。中層は危険な場所だぜい!」



 突如、私に声をかけてくる者がいた。

 ナイフを片手に持った、いかにもといったガラの悪そうな男。

 更には物影から、複数人の盗賊姿の男が現れ――


「ヒャッハー! 有り金、全部置いていきな!」

「へっへっへっへ。今日の企画も、ちょろそうですねえ、アニキ!」

「な~に、大人しくしてれば悪いようにはしねえよ。――へへっ、たぶんなあ」


 私を脅すように、ナイフを見せびらかしてきた。

 勝ち誇っているところ悪いが、その動きはド素人同然のものであり……、



「初狩りでイキってるお雑魚ギルド――ブラッド・ナイトメアですわね!

 お~っほっほっ、お覚悟はよろしいですわね!」


 私は、長年の鍛錬の成果(高笑い)で迎え撃つのであった。

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