第5話

 その母は今、自宅に一人でいる。救急車で運ばれた母は、額を車のマフラーで切っていて数針ぬうことになった。それでもその他に異常はなく、何日かケガの状態を見てもらうだけで済んだ。

 結果的に何事もなくてよかった。

 だが、家に一人でいるということに不安も覚えている。本当に大丈夫なのか、仕事をしている時に転んで見つけられなかったらどうなるんだろうかという不安。今日みたいな急な対応もあるだろう。こんなときどうすればいいのだろうか。車のへこみを見ながら考えてしまう。

 幾度目かわからないが風がパーキングを通り抜ける。

 その冷たい風が、意識を現実へと引き戻してきた。その母のために早く帰らないといけない。冷たさがかわらない缶コーヒーを持ちながら、助手席側のドアの手形を軽くこする。手形はにじんで形を変えてのびる。

「帰ったら洗車して拭くしかないか」

 小さくため息をつきながら、運転席へと回り込み、滑るように乗り込む。ずっと同じ姿勢で運転していたためか、シートのほうも体にフィットした状態にへこんでいた。少しずつもとの状態に戻ろうとはしているが。

 ブレーキを踏み込んでギアを変える。わずかに車体が揺れて、エンジン音が変わる。ブレーキをゆっくりとゆるめながら、再び高速道路へと合流する。

 多少の時間が経過したとはいえ、深夜であることに変わりはなく、車の台数はあまりおらず、時折いても猛スピードで追い抜いていくものかトラックがほとんどだった。焦ってはいたものの、走行車線を進んでいる。相変わらずみえるものはほとんどが真っ黒な世界で、ヘッドライトで照らされたところに揺れる木がみえることと、中央分離帯にある反射板だけだった。

「次のパーキングは二十キロ先か」

 暗闇の中に浮かんだ青い看板が次の休憩場所の案内を出していた。トラックが通り過ぎる。夜間の移動になるため、どうしても輸送用のトラックが多く走っていた。夜間の高速道路に現れるトラックはサイドミラー越しに見ても、窓ガラス越しに見ても異様にうつる。その明るく大きな車体に引き込まれそうになる。真っ暗な中、突如あらわれる明るいものに引かれてしまうのはある意味で動物としての習性なのかもしれない。

「それにしても、トラックが多いな……」

 風切り音が何度も聞こえてくる。そのたびにトラックが通り抜ける。しっかりとハンドルをもって、吸い込まれないように意識する。アクセルも踏み込むようなことはせず、安全運転を心がけるようにしなければ。母のことは気になるが、これだけトラックが走っている以上、焦って事故っては意味がない。とにかく、落ち着こう。

 遠くにトンネルが見える。オレンジ色のライトに照らされたその穴は暗闇の中にぽっかりとあらわれていた。そのトンネルの横には黄色の看板がつけられていた。看板の上から白に近い色のライトが当てられている。そこにはトンネルが連なっている絵が描かれていて、その上に、トンネル連続、と書かれていた。

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