勇者がハーレムを起こさない
ひよこ
本文
「勇者達が帰還する!」
ファルヴァール帝国では、その話で話題がもちきりだった。
それもそのはず。何故なら、勇者達は見事魔王に勝利し、生きて帰ってくるのだから。それに、今代の勇者は公爵家の出であったこともある。
「なぁ、おい。聞いたか?」
「何をだよ。勇者が帰還するのはもう聞いたぞ。すごいよな、魔王を倒して――――」
「違う違う! その話じゃない!」
ひとりの村人が、もう片方の村人の話を遮る。
「実は、国王が勇者に皇位を譲るらしいぞ!」
「マジか!?」
この王国には既に皇太子がいたが、それを退けて皇位を譲るくらい、勇者の貢献は凄まじいものだったのだろう。
「そっかぁ、勇者様が皇帝になっちまったら、釣り合う女がいねぇんじゃねえの? なんたって、勇者様はすんごい美形だもんな」
村人がそう羨ましそうに言ったのを、もうひとりは不思議そうに首を傾げた。
「何言ってんだよ。勇者様はもう婚約者がいるだろ」
「は? 嘘だろ」
その情報は、国民のほとんどが知らない事実だった。大々的に発表しなかったからでもあるが、その婚約者は身体が弱く、勇者が目立つのを避けようとしていたからである。
しかし、村人にはまだ疑問が残っていた。女の勘ならぬ、男の勘というやつだ。
「勇者様と同じパーティーの美女達……あの人達とデキてそうだと思ったんだけどなぁ」
勇者パーティーには、勇者を含め4人いる。その内の3人は女だった。それぞれ、弓使い、エルフ、魔法使いという組み合わせだ。
そしてこの3人共、相当な美女だった。恐らく、並の男では一発で堕ちるだろう。
だからこそ、村人の男の勘は働いたわけだが――――。
「ないない、あの勇者様に限ってそれはない」
自らの友人に、すぐさま一蹴された。
「何でだよ。勇者とは言っても男だぞ。それに、勇者パーティーにハーレムはつきものだろ?」
「ちょっと何言ってるかわからんが……とりあえず、見りゃわかるよ」
その言葉で、話は打ち切られた。
「ねぇねぇ、今日はもっと大きい宿に泊まりましょうよぉ〜。貴方だって、私達とシたいでしょ?」
「抜け駆けすんなよ、このビッ●が!」
「うるさいです。ところで勇者様、わたしと一緒にあの宿に行きませんか? あそこはカップルの間で勇名な所なんです」
とにかく自分を落とそうと奮闘する女達には目もくれず、勇者は帰路を急いでいた。
しかし、彼女達が名誉も権利も金も持っている美形を逃がすはずもない。
「ちょっと、ユリウス様ぁ! 待ってくださいよぉ!」
その声にようやく振り向いた勇者――――ユリウス・ベルジュロンは、正直言って怒りに満ちていた。
定番の金髪碧眼を持つ彼は、普段は物腰の柔らかい好青年である。
ただし、今回ばかりは違っていた。
「早くしてくれないか。俺は今すぐ帰りたいのだが」
顔には出さないものの、碧い瞳からはひたすらに殺気が放たれているし、言葉の端々から棘が感じられる。
ただ、女性陣はかなり鈍いようで、そんなことに気が付いていない。
「ねぇ、国王からの褒美には私達を娶るってお願いしてね? 皆で楽しみましょうよ」
そう言ったのは、亜麻色の髪と緑の瞳のエルフ、イリスである。彼女はかなりの巨乳だ。
「はあ? ふざけてんのか? あたし一人で十分だろ」
口が悪い女性は、弓使いのエディッタ。赤毛に桃色の瞳という、とにかく目立つ色をしている吊り目の美女だ。
「わたしは見た目より歳がいってるので、法に引っかからないと思います」
のんびりした口調で話すのは、魔法使いのフレア。黒髪に紫の瞳の美少女だが、実際の年齢は不明だ。
そんな女性達に囲まれる生活を想像するだけで、普通の男なら鼻の下を伸ばしただろう。
しかしユリウスにとって、それはありえなかった。
すでに彼には、何よりも大切な愛しい存在ができていたからである。
「すまないが、それはありえないな。ついでに、既に願いは決めてある」
「え!?」
拒否されることを想像していなかった彼女達は、明らかにショックといった顔になる。
しかし、ユリウスはおかまいなしに足を進ていった。
「あっ、勇者様だ!!」
誰かの声で、辺りが一斉に歓声で包まれる。
「わああぁぁ! 勇者様、お帰りなさいませ!」
「魔王を討伐して下さって、ありがとうございます!」
民衆の声に笑顔で応えながら、なおも急ぐ様子をみせるユリウス。
そんな彼に、女三人はついていくのに精一杯だった。
「ちょっと、どういうことなのよ。何でユリウス様が落ちないわけ!?」
「訳わからない……。彼はわたし達とハーレムを起こすはずなのに」
「何なんだよ! そもそも初めから、あたし達には興味ないって感じだったし!」
まるで、
実際、知っていたかのように、ではなく、知っていたのだ。
この三人共、転生者であった。
話は、彼女達の転生前に遡る。
彼女達は一般家庭の
次女であったイリスは、相当な気分屋で男好き。とにかく贅沢をしまくり、彼女の財布は常に火の車であった。
エディッタは三女。男勝りな性格で、自由奔放。両親すら手を付けられないほどの暴れん坊だった。
フレアは四女で、もとから童顔だ。それをコンプレックスと知っていた姉達に馬鹿にされ、自身も馬鹿にする力を身に着けてしまった、残念な末っ子だ。
ここから予想できるだろうが、姉妹仲は最悪。親も唯一性格が歪まなかった長女を構っていたため、家族仲も悪かった。
まあ、彼女達の性格が歪んだのは、ある意味親のせいとも言えるのだが――――それは置いておこう。
ただひとつ、三人に共通するところがあった。
それは「男好き」であることだ。そのことは、恋愛への興味にも繋がった。
年頃であったことも加わり、見事な恋愛小説オタクへと成長した三人。
同じ趣味を持っていると、行き着くところが重なることもある。
ある日、三人は同じ小説を手に取った。タイトルは『勇者がハーレムを起こして何が悪い』である。
しっかりした論理論を持った方なら「それ浮気だろ全てが悪いわ」と思われるかもしれないが、まともな頭すらない――――というか、ただのオタクの三人は、これ程惹かれるものはなかった。
内容はよくあるハーレムの話。本当にありきたりだったのだが、そこを美麗イラストがカバーしていて、男好きには堪らなかった。
「ユリウス様かっこよすぎだわ……。あと、イリス様美しすぎ」
「はあ? エディッタが可愛いけど」
「姉さん達、趣味悪いね。あんなババアと赤毛ザルのどこがいいのやら。一番はフレアに決まってるでしょ」
常に意地を張る三人だが、男性キャラの推しは当然ユリウス。私がイリスだったら、もしエディッタだったら、フレアになれたら、と妄想しまくっていた。
そんな姉妹の転生は、唐突だった。家族もろとも事故で死んだのだ。
それぞれ、イリス、エディッタ、フレアになったことを自覚し、魔王討伐まで期待を膨らませる。
設定通りに国から討伐命令が出され、三姉妹は予期せぬ再開を果たした。
どちらも、中身が元の人物ではないことに、すぐに気が付いた。それ程、本当の人物とは性格がかけ離れていたのだ。
「ねえ、あんた達。まさかだけど、転生者とかないわよね?」
先に声を上げたのは、イリスだった。
「は? もしかして、お前も……?」
「最悪。転生者はわたしだけだと思ってたのに!」
エディッタは苛立たしげに、フレアは不満そうに応える。
そして三人共、そこで違和感に気付く。あまりにも、前世の姉妹に似ているな、と。
「なっ、まさか……」
「マジかよ」
「何、もしかして姉さん達?」
ただでさえ転生者同士ということでピリピリしていたのに、まさかの姉妹だったとは。
この件で、三人の仲は氷点下になってしまった。
しかし、彼女達の狙いはユリウス。利害が一致したからか、協力するようになっていた。
だが、これは良い意味での協力ではない。あくまで、ユリウスを落とすための協力だった。つまり、家事はおろか、戦闘面では一ミリも協力し合わなかったのだ。
そんな彼女達を、ユリウスは正直ゴミ以下だと考えていた。実質、魔王を討伐したのは彼ひとりだ。
魔王の件は置いておいても、三人の行動には目に余るものばかりだった。野宿は嫌がる、毎回高級な宿を強請る、家事は一切しない……。挙げ句の果には、自らを落とそうと奮闘する始末。
前半あたりは我慢できたが、最後のものには彼も耐えられなかった。
言っておくが、彼は公爵令息だ。家事なんて出来るわけないし、やり方が下劣な彼女達への評価は、下がる一方だった。
つまるところ、ハーレムシナリオを壊したのは、転生者達だったのだ。
話は変わって、勇者一行は王城へ到着していた。
ここでも勇者達を讃える声は絶えず、ユリウスはうんざりしてきた。
ようやく玉間に着き、騎士に扉を開けてもらう。
だだっ広くきらびやかな部屋の中心には、これまた素晴らしい彫刻が施された椅子がある。
その玉座に座っているのは、ファルヴァール帝国の皇帝、エドガルド・ファルヴァールだ。
彼はすでに40を超えているが、言われなければ20歳くらいにみえる程若々しく、そしてイケメンだった。皇族の象徴である銀髪を撫でつけているため、色気が増し増しである。
そんな皇帝は、自分に向かって臣下の礼をする勇者達を見遣った。
「楽にしてくれ。此度は本当に良くやってくれた。皇帝として礼を言う」
「お褒めに預かり、光栄です」
ところで、と言った皇帝は、紅い瞳を細める。
「当然ながら、褒美を授けようと思う。遠慮せず、欲しいものを言ってくれ」
この言葉に、女三人組は胸を高鳴らせた。なぜなら、小説でユリウスは「パーティーで私に貢献してくれた彼女達をください」と頼むからだ。
まだ頭が狂っていない者ならば、ユリウスに冷たくされた時点で諦めるだろう。しかしこの女どもは、冷たさこそも愛だと信じていた。
ユリウスが顔を上げ、三人は頬を高潮させる。しかし当たり前ながら、彼の願いは女達の想像とは違った。
「私が望むものは、貴女の娘―――この皇国の第一皇女、ベルティーユ・ファルヴァール様です」
この発言には、その場に居合わせた上位貴族も目を見張った。
その中で、エドガルドだけは楽しそうな表情をしている。
「ほう? 既に婚約している者が欲しいとは、一体どういうことだ?」
その質問に貴族達が頷き、後ろの三人は違う理由で目を剥いた。何しろ、自分達とハーレムを起こすはずの勇者が別の女を欲しがったのだ。当然といえば当然である。
皇帝の質問に答えるという恐怖の場面に、ユリウスは冷静に返した。
「陛下、私が知らないとでも思っていたのですか? 彼女には私という婚約者がいるのにも関わらず、縁談が舞い込んでいることを。そして、彼女は自分の兄からも求婚されていますよね?」
ユリウスの衝撃発言に、またもや貴族達が目を見張る。
「ど、どういうことだ!? 皇女殿下に縁談……!?」
「何故、皇太子殿下が!?」
「ご説明ください、陛下!」
臣下の声には返事をせず、エドガルドは「相変わらずだな、お前は」とユリウスを見返した。
「その通りだ。ベルティーユには我が帝国貴族からだけでなく、他国の貴族からも縁談が殺到している。そしてお前が言ったように、我が息子からもだ」
「陛下、どういうことですか! 何故、皇太子殿下が皇女殿下へ求婚できるのです!? そもそも、皇太子殿下には婚約者がいるでしょう!」
貴族からの悲鳴のような問いに、エドガルドは苦々しい面持ちになった。
「……あれは、私の子ではない」
「は?」
「あれは―――レイモンは、側妃の不貞でできた子だ」
その事実は、国民どころか貴族すらしらないことだった。ただでさえ側妃の子供で危うい立場の皇太子が、皇帝の子ですらないとは、あってはならないことだ。
そういった臣下の心を読んだかのように、エドガルドは言葉を続ける。
「本来ならば、その時点でレイモンは廃嫡だった。しかし、皇位を継げるのはレイモンしかおらず、正妃から産まれたベルティーユも、女児だった上に虚弱だったのだ」
皇帝の苦悩が目に見えるような錯覚に陥った貴族達は、黙り込んだ。
「仕方なくその件は隠蔽し、レイモンを皇太子にした。皇家の銀髪を持たないレイモンへの当たりは強かったが、私はそれを乗り越えられると思っていた。しかし、あんなことになるとは……!」
突然怒りを露わにしたエドガルドに、臣下達は慄いたが、ユリウスは話を促した。
「あれは自らの婚約者が罪を犯したかのように婚約破棄し、運命の相手はベルティーユだと宣言、そして求婚したのだ! あの時廃嫡にしなかったのを、本当に後悔した」
最後は悔しげに呟くように言い、一瞬の間が空く。そして一度息を吐き、エドガルドは顔を上げた。
「頼む、我が国の英雄よ。娘を幸せにしてくれ……!」
この感動的な雰囲気は、ユリウスによって破壊された。
「当然でしょう。ついでに、皇位も貰っておいてあげますよ」
「ちょっ、ユリウス殿っ!?」
「何だ、気付かれていたか」
「陛下ぁ!?」
先程までの哀しげな顔はどこへやら、エドガルドは計算高い皇帝の面を被り直していた。
「ここまで来たら、陛下は皇太子殿下を廃嫡にするしかありません。つまり、皇位継承権を持つ人間はベルティーユ様だけになる」
「ああ。しかし、ベルティーユは激務をこなせるような身体ではない。だからこそ、私は褒美と称して、お前に皇位を譲るつもりだったのだ。運良く、お前はベルティーユの婚約者。皇家の血を絶やさずに済むわけだ」
おいおい、我らの存在忘れてないか、と思う程、悪い顔をした男ふたりの話は白熱している。
「……ですが、皇位継承の前に結婚が先ですよ?」
「おいおい、そんなに執着してたら、ベルティーユに嫌われ――――」
「待ちなさいよ!」
金切り声に男達の会話は裂かれ、嫌々ながらも声のした方に顔を向ける。
案の定、怒りに満ちた顔のイリスが立ち上がり、エディッタとフレアも苛立ちげだ。
「勝手に話進めないでくれない!? 褒美を貰えるのは私達もでしょ! もし私達の願いがユリウス様に関することだったらどうすんのよ!」
言い終わったイリスは、早く願いを聞きなさい、と言わんばかりの顔をしている。
しかし、エドガルドとユリウスは首を傾げただけだった。
「何故、お前達の願いも叶えなければならない?」
「……え」
「だから、何故なにもしていないお前達の願いを叶えなければならないのか、と言っているのだ」
どういうことか分かっていないのは、残るふたりも同じだった。
討伐に参加したのはユリウスと同じはず。なのに、なぜ自分達は褒美がないのか。考えなくとも、誰でもわかることだ。
「もちろん、活躍していたのなら褒美は与えるつもりだった。だが、お前達は何をした? 魔王討伐の時も、旅の途中も、役に立つようなことをしたのか?」
「……あ……」
ようやく理解した三人は、失言に青ざめた。
自分達は何もしていない。いや、むしろ悪影響しか及ぼしていないではないか。
「お前達が使った宿代や食事代は、後から全て請求させてもらうぞ。せいぜい金額でもみて後悔していろ」
毒づいたエドガルドは、憲兵に三人を退出させた。彼女達には、もう反論する余力も残っていないようで、大人しく連れて行かれた。
「ああ、終わったな」
「はい」
用も済んだと貴族達もいなくなり、残るはユリウスとエドガルドだけになった。
「すまないな、ユリウス。魔王討伐を任せた上、次期公爵だったはずのお前に、皇位とは……」
「良いですよ、別に。俺がベルティーユと共にある為には、その方法しか残っていなかっただけですから」
「いやいや、王配になる道もあっただろう」
沈黙が流れたあと、ユリウスは室外に出ようと、足を動かす。
「では、お先に」
「ああ。……頼んだぞ」
言葉は無かったが、彼はフッと笑みを浮かべた。
「……全く、若いやつは生き急ぎ過ぎなのだ。私もまだ健在。ベルティーユもまだ、結婚させるつもりなど無かったのにな……」
玉座に座っているのは、皇帝という皮が剥がれた、ただの親バカだった。
城の最奥に着いたユリウスは、目の前にある扉をゆっくりと開けた。
目の前にはいかにも女の子らしい部屋が広がっていて、その中心にあるソファには、ひとりの少女が座っていた。
「ベルティーユ」
そう声をかけると、美しい金の瞳が自分を捉え、驚いたように見開かれる。
「ユリウス様……? お帰りになられたの?」
澄みきった声と共に、ドサッと本が落ちる音が響く。ベルティーユは本が落ちたことすら気付いていないらしく、見向きもしなかった。
初めはゆっくりと動き出したが、ようやく現実だと実感したようで、慌てたように駆け出した。
「ユリウス様、よくぞご無事で! っ会いたかったです、ずっと心配で……」
涙を浮かべる彼女を愛しく思い、そっと抱き寄せる。
「ごめん、心配かけて。大丈夫だよ」
撫でるように艷やかな長い銀髪を漉き、そっと涙を拭う。
自分が異性に何をされているかわかったベルティーユは、顔が真っ赤になった。
「ご、ごめんなさい!」
「ふふっ、可愛い」
あわわわ、と更に顔が赤くなる少女を見て、ユリウスはハッとなった。
「ベルティーユ、身体は大丈夫?」
「あ、はい! 今日は喘息の発作だけで済みました! ユリウス様のおかげですね、ふふっ」
喘息の発作“だけ”だと明るく言うベルティーユの手を握ると、本人は「大丈夫ですよ」と優しく微笑んだ。
だが、彼女の顔が一瞬曇ったのを、ユリウスは見逃さなかった。
「やっぱり、何かあった? 言ってみて」
「……貴方に隠し事をするのは、本当に難しいですね」
ベルティーユは苦笑し、目を伏せた。
「わたくしは貴方に、申し訳ないことをしてしまいました。しかも、ひとつではありません」
「ベルティーユ?」
「わたくしは以前、貴方に悩みを打ち明けました。それは、兄のことと、皇位についてです」
兄については、あの求婚のことだ。ベルティーユは『帝国の妖精姫』と例えられるほどの美貌を持っている。そのせいでレイモンから求婚されていると相談された。
そして、皇位について。レイモンがいなくなると、必然的にベルティーユに皇位が回ってくる。だが、彼女はそんな重役ができるわけないと不安を口にしていた。
「そんなことを言わなければ、貴方は皇位を受けようとされなかったでしょう。それに……」
ベルティーユの声が震えた。
「ユリウス様は、好きな女性
「…………」
ユリウスはこのとき、人生で一番のショックを覚えた。さすがの天然でも、これ程鈍い人はベルティーユくらいではないだろうか。
沈黙が不安になったのか、ベルティーユは声をかけた。
「……ユリウス様が好きなのは、勇者パーティーのお仲間の女性達ですよね?」
よりにもよって、嫌いな女達が挙げられるとは。そもそも、彼女にメンバーのことは教えていないはず。何故知っているのかがわからない。
ここでわかった方がいるかもしれない。
そう、ベルティーユも転生者だった。
彼女はあの三人の一番上、四姉妹の長女だった。ひとりだけ性格が歪まなかった逸材だ。
何故そんな子が小説の内容を知っているかというと、ただの好奇心だった。妹達が盛り上がっているのを見ると、つい気になってしまったのだ。
特にハマらなかったものの、初めて読んだ恋愛小説として、彼女の記憶には刻まれたのだろう。
そんなことをユリウスが知っているはずもないが、愛している人に勘違いされたまま終わりたくないので、弁解することにした。
「あのさ、ベルティーユ」
「は、はい」
「俺はあの女達に好意なんか持ってないよ」
「……え?」
目を瞬くベルティーユを見ながら、告白ともいえる言葉を告げる。
「俺が愛してるのは、君ひとりだ」
「あいしてる」
「うん。愛してる人のためなら何だってできるし、一緒にいるためなら何でもする。だから俺は、皇位を継ぐことにしたんだ」
「え? ……え?」
理解できてきたのか、頬が高潮したベルティーユを、ユリウスは押し倒した。
「きゃっ! ユリウス様!?」
「俺はね、愛してる人を落とすのも、手段を選ばないんだ」
そう言って綺麗な顔に笑みを浮かべ、ベルティーユの唇に自身のそれを合わせた。
想像より長かったのか、ベルティーユはユリウスの肩を軽く押し、強制的に終わらせた。
ユリウス的には少し足りない気分になったが、ベルティーユの顔をみた途端、さすがの彼も顔が僅かに赤くなった。
ベルティーユは林檎のように顔が赤くなり、金色の瞳には涙が溜まっていた。だが、嫌がっているような様子はなく、恥ずかしかしそうに目を反らしている。
「ううっ、突然すぎませんか……」
「そう? 俺は我慢した方なんだけどな」
そう言いながらベルティーユを抱き起こすと、彼女は自然と、自分の首へ手を回してくれた。
「ユリウス様」
小声で名を呼ばれ、ベルティーユの顔を見る。
彼女は自ら顔を近付け、耳元でこう囁いた。
「わたくしも、貴方を愛しています」
勇者がハーレムを起こさない ひよこ @hiyoko0131
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