T.Y Ep.1 復讐

「成功か」

 廃ビルの中、月羽は小さくつぶやいた。

 彼女は自身の体に視線を落とす。

(服、肌、筋肉、共に問題はないな)

 月羽は手を何度か握り戻すという行動を続けてから頷くと、次にビルの窓から外を見る。

 ——あの日から何日が経ったのか、と彼女は思った。

 あの日、彼女は心臓を潰され、死んだ。ように思えた。

 いやまあ実際のところ彼女の体は一度死んだのだ。そしてもう一言付け足せば、別に生き返るなんて都合のいい現象は起きていないし、起き得ることもない。

 ただ、彼女はしたのだ。自分をもう一人。

 彼女の魔法は「素粒子操作」。

 心臓を掴まれたあの瞬間、彼女は瞬時にして自身の体の構成をスキャンした。体を作る全ての素粒子を。

 そしてスキャン結果に基づいて粒子を操作し、自身が叩きつけられたビル内に即座に自身を組成した。

 つまりは今生きる彼女は、彼女の形をして彼女の記憶を持った別の個体。

 しかしその組成によって彼女は魔力を完全に失い、数日間意識を失っていた。

 魔力回復速度から考えれば、眠っていたのは1日か。

 と、ここで彼女は思い出す。

「菜音……!」

 

 月羽は昨日天使の現れた現場に向かい、思わず立つ尽くした。

 混乱の中、昨日はよくわからなかったが、崩れた研究所はここまでの惨状になっているとは。

 正しく瓦礫の山だ。

 月羽はすぐさま菜音を探した。

 そして3時間。それだけが立ってなお、菜音の姿は見当たらない。

 月羽は近くを通る者に声をかけた。

「黒髪に赤い目のわたしと同い年くらいの奴を見なかったか?」

 フードを目深にかぶり、顔も見えない男は「ああ」と言ってから声を続けた。

「昨日ここを通った時に見ましたよ」

「どこに行った?!」

 月羽の問いに、男は少し間を開けて言いづらそうに言葉を出した。

「……知り合いなら、あまり聞かない方が……」

 月羽は犬歯を剝き出しにして、男の胸倉を掴んだ。

「早く言え!」

 彼女の瞳には殺意さえ宿っている。言わなければ殺されるのではないかと思うほどの殺意が。

「わかったから」

 男は両腕を天へ向けつつ、フードから覗いた眼を彼女へ向ける。

「まあ、手を放せよ」

「ああ」

 月羽は若干突き飛ばすように手を放した。男はよろめくが体勢を整えてから口を開いた。

「その子なら、昨日きた救急隊に病院に運ばれていったよ。でもまぁ、ひどかったよ。正直見てて吐き気がするくらい。血だらけだったし、心肺も停止してるって救急隊員が言ってた」

 聞いて、月羽は息を詰まらせるような感覚を覚えた。

「もう行っていい」

 男がその場を去ったのを見てから、月羽はその場に腰を落とした。

 ——菜音が死んだ……?

 考えたとたん、彼女は急激な吐き気に襲われた。

 何も食べていないからか、吐き出されたのは胃酸のみ。

 ——あの時「菜音は逃げろ」なんて言わなければ……。

 月羽に後悔が押し寄せる。

 菜音と共に一早く天使の召喚を防ぎに行っていれば、間にあったかもしれない。もしくは、その前にいた研究所から連れてこなれば……。

 ここまで思考した後で、違う、と思った。

 そもそも菜音は「わたしが守る」だなんて言えるほど弱くなかったし、それを言える程ほどわたしは強くなかったのだ。

 実力も、心も、わたしは彼女に追いつけていなかった。

 月羽は、瓦礫の上に落ちた涙の上から拳を叩きつけた。

「クソッ……!!」

 わたしがもっと強ければ……。天使など殺せてしまえれば……。誰だって喜べるハッピーエンドがそこにあったのかもしれない。

 ——わたしの、所為だ。

 彼女は左手の爪で自身の右腕の肉をえぐり切った。

「わたしが……。わたしが!!!」

 彼女の左手は自身の首へ動く。

 そして彼女は自身の首に爪を突き刺した。

 月羽はの首から血が滴る。

 月羽はこのまま魔法で自身の首を潰してやろうかとそう思った。菜音がいないという現実から、自身が弱いという現実から逃げるため。

 とその時、一つの言葉が、一瞬にして彼女の脳を埋め尽くした。

「殺してやる」

 それは復讐の言葉。

「二度と息もできないように……!! 殺す……殺す、殺す!」

 彼女の瞳の奥に、炎が灯った。

 それはどす黒く、血にまみれた、復讐の炎。

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