N.H Ep.2 決意

 結局のところ、菜音は都に援助される形で高校へ通うことになった。

 身元等を聞かれた彼女はとっさの虚言で「記憶がない」と偽った。もちろん写真の件もあり疑われはしたが、結果としては限定的に記憶を取り戻したということにして、その虚言を貫くことができた。

 ——月羽なら、もっとうまくできたのかな。

 そんな考えがよぎるのは彼女の日常である。

 ただ、彼女の名前がよぎるたびに、菜音の心で決まる誓いがあった。

 ——絶対に天使を殺す。

 復讐、の意味もあるが、あれの存在をこの世に出さないため、天使という悲劇の元凶を殺すため、菜音と月羽は動いてきた。

 この目標を止めてはいけない。そしてそう、月羽が死のうとも、彼女の意思はあたしが継ぐ……!

 彼女の瞳の奥に炎が灯る。それは目標を潰やさないと決めた、赤い決意の炎。

 菜音は右手のシャープペンシルを強く握った。


菜音なのぉ~」

 呼ばれた彼女は思わず声の方へと視線を移す。

「どうしたの?」

「宿題見して~」

 胸の前で両手の平を合わせると、桃色のポニーテールの彼女——七瀬みゆは頭を下げる。

 「それが……」と菜音は苦笑い。

「あたしもなんだよねぇ」

 まあ実際は少し違い、今まで勉強をしてこなかったツケに悩まされているだけなのだが。

「え?! 菜音も?!」

 みゆは少し考えるようにした後で、菜音の隣である自席に腰を掛けた。

「まあいいやぁ。2人で謝りいこ」

 菜音は小さく笑うと頷いた。

「そうだね」


 高校へ通い始めて数日。

 菜音は既にこの学校に馴染んできていた。最初こそ、途中から入ってきた異物にクラス中が困惑していたものの、菜音の性格が功を奏した。

 女子高というのは、グループからあぶれた者に厳しい一面があるが、菜音はもうクラスの半数以上と、友達と言える程度には付き合いがあった。

 ——菜音は、人を引き付ける才能があるな。

 月羽も言っていた言葉だ。

 このままならば、おそらく彼女はそこらにいる一般の女子高生という、あたりさわりもない平和ボケしたような称号を手にすることができるだろう。

 

 しかし彼女はそれを望んではいなかった。


 どれだけ多くの友人ができようと、それらがどれだけ自身に笑顔を与えてくれようと、菜音には月羽が特別だった。

 きっと、今の友人たちは、不器用な月羽よりも多くの笑顔を与えてくれるし、不器用な月羽よりたくさん笑ってくれるだろう。

 ただ、菜音はそんな月羽が好きだった。不器用であまり笑わないし、口下手で言い回しがうまくない、月羽。

 それでも菜音は確かに月羽とつながっていた、とそう思っていた。

 互いに互いをわかっていた。それはきっとこれからできるどの友人よりも。それだけで十分だった。

 十分すぎるくらい。


 だから菜音は「一般の女子高生」という称号は蹴り捨てた。

 だから菜音は今、研究所前に立っていた。

 決して月羽との約束はたがえない。必ず天使を殺す。

 そのために菜音は再び戻るのだ「研究所潰し」の称号で呼ばれた過去の彼女に。いくら天使とて、協力する研究所に身を潜めている筈だから。


 菜音はポケットから銃を出すと、彼女の魔法である「未来視」を発動し研究所の入り口の電子ロックへ銃口を向ける。

 その時だった。

「菜音」

 振り向けばそこにみゆがいた。

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