第3話 再会と約束と

「私、もうすぐ死んじゃう、、、みたい、ははは」

 乾いた笑いが、口から漏れ出して、一筋涙が落ちる。僕もあの幼かった夏以来の再会がまさかこんなにも血にまみれることになるとは思わなかった。やはり彼女のことはなにも知らないなと、改めて思う。


「私と約束したよね。まあ、能力の都合上契約みたいになっちゃうんだけど」


 彼女の口から能力という聞きなれな、いやラノベを嗜む僕からするととても身近な言葉が出てくる。


「そういえば、代償とか言ってたね。あお、、、葵はなにかと契約したの?」


「いいや、あれは私の能力よ。私の能力は〈契約〉なにか代償を支払うことで、なにかの運命を変えるとかそんな感じかな。」


 「運命を。。。」


 彼女曰く、運命を変えるというものの定義は自分でもよく分かっていないらしいが、なにかを支払うつまり葵が何かをする代わりに、誰かあるいはなにかが葵の理想の行動、動作をするというものらしい。葵の理想が高ければ高いほど代償は大きくなるらしいのだが、自分の中で等価だと思っているかどうかが重要らしく、ほかの九割が割に合わないと思っていても自分さえ平等だと思っていれば契約は成立するとのことだ。


「まあ、人相手ならその人に契約を受け入れてもらう必要があるけどね。モノ相手だとなんかほわほわーんってちょっと透けてる人と契約するんだけど。。。って話が逸れちゃったね」


さっきまでわかりやすく笑顔で教えてくれていた表情とは一転。悲し気な表情になる。


「私、もうすぐ死んじゃうからさ。100個の夢を全部叶えられそうにないんだ。だから今日は、あお君にこのノートを返しにいこうと思ってきたんだけれど、運悪く上のやつに見つかっちゃって」


 上のやつ。この場合葵よりも力が強い人ということだろうか。


「このノートはさ。ちょっぴり私の能力が付与されてるから、きっとあお君の助けになると思うんだ。それに、今も夢なんかないようだし、ちょうどいいでしょ?」


 葵は、あの約束のことを言ってるんだ。僕に変わりに夢を叶えてほしいって。確かに今の僕には夢がないから、死に際の葵が託したなんて、当然生きる意味にもなる。けれど、それじゃあ葵が救われないじゃないか。あの約束はこんな一方に利益があるものじゃなかったはずだ。なにせこれは「契約」なのだから。


「わかった、僕が叶えるよ」


「ふふ、よかったぁ。断られちゃうかと思ったよ」


「ただし、僕にだって条件がある」


「条件?」


 僕が設ける条件。いや、忘れてもらっちゃ困るってやつか。


「確か約束は、一緒に協力するってあったはずだ。だから僕が代わりに叶えるんじゃない。一緒に叶えるんだ」


「でも、私はもう後がないの!それなのに、一緒にったってできっこない!」


「ここでだ。僕と、相馬葵そうまあおいと契約をしてくれ」


「契約?」


 僕がここでかわす契約によって、僕も、葵も生き残ることができる、はずだ。


「僕は葵の100個の夢を叶える、これが僕の代償だ。そして葵には命をかけてもらう。どうせもう後がないんだろ?」


 葵は目を見開いて驚く。


「そこで僕が願う理想は、この危機を脱することだ」


「それじゃあ、それじゃあ私は助からないよ。。。どっちも助けるとか言って、いくらあお君でも酷いよ!」


「そこでだ。僕が葵に願ってほしいことがある。僕が100個葵の夢を叶えたら、生き返るって願ってくれ」


 この契約は、双方に代償と利益をもたらすことで、契約一つの力で、二つ願いを叶えることができる。そして、代償としては相当なものがある。


「その。。。いいの?」


「なにがだ?あの女から逃げ切るには、こうでもしないと逃げ切れないと思うんだけど」


「でも、私その。。。あのノートに結構なこと書いちゃったし、その!もしかしたら叶えられないものだってあるかもしれないし。。。」


「それでも、この契約で大事なのは、自分の価値観なんでしょ?つまりその夢が文字通り叶ったかより、その夢の奥にある願望が、気持ちが、大事なんじゃないかな」


「その奥の、気持ち。。。」


「僕なら叶えて見せる。やることがない僕は自堕落なヤツだけど、目指すものがある僕は無敵だからね」


 僕は葵にニヤっと笑って答える。なにせ僕には、まだ誰にも言っていないとっておきがあるのだから。


「次に会うときは、お茶でもしながら落ち着いてお話したいな。だからさ、僕に賭けてくれ」


 葵は、僕の話し方や表情がらしくなかったのか、若干引きつった笑顔をしている。けれど、どっか嬉しそうな声に変わって。。。


「わかった。私のために、あお君のために、この契約をします。あお君もいい?」


「ああ。もちろん」


「じゃ、契約成立だね。。。あお君!」


 葵はいきよいよく僕のことを呼ぶ。涙がぽろぽろと零れ出す。けれど、その表情には悲しさも怖さも後悔もなく、晴れ晴れとしている。


 ぎゅっと両こぶしを握ったかと思うと、僕の方へと駆けてくる。そしてぎゅっと僕を抱きしめて。。。


「私、こんな形だけどあお君と会えて嬉しかった。また会うときは、お友達でも紹介してね。もっとあお君のこと知りたい」


 僕の腰に回された手に力が入る。葵の温度を、間近で感じる。きっと僕は、あの夏から葵のことが。。。


 僕は手を葵の腰に回して強く抱きしめ返す。


「僕だって、これだけじらされて、また会えたと思ったらこれだ。次会うときは、もっと葵のこと知りたい」


 葵は僕の両肩に手を置いて、とびきりの笑顔で僕と向かい合う。


「うん!約束だよ!!」


 視界がほんのり白くなる。神社に血の赤、夏本番になりかけた7月の日差しが差し込んでいく。そして、忘れていたことが起こる。そう、激痛だ。


「そういや忘れてたッ―――いやまだ倒れちゃだめだ」


 葵はすでに横たわっている。さっきの契約通り、死んだのだろう。僕だって、彼女のために今成さねばならないことを成す。


「あら、死んじゃったのかしら?あなたにはまだ聞きたいことがあるのよ。死んでもらっちゃ困るのよ。それに、、、あら?」


そこにいたはずの少年。葵の姿が見えないことに、女は小さく悪態をつくのだった。










はあ、はあ、はあ、はあ、


 息を切らしながら来た道を戻るように走っていく。田んぼの一本道を駆け抜け、住宅地に入り、小学校の前を過ぎていく。自分の家はこの道をまっすぐいって、坂を登ればそこにある。坂に差し掛かる十字の交差点にたどり着く。

 ここは横断歩道はあるが信号はない。そこまで人通りもない田舎だからというのと、完全な生活道路であるため、そこまで大きな車が通ることもなければ渋滞が起こることもない。そして今も、車が通る気配がない。


「このノートが僕の手にあるってことは、きっと成功してる。あの女からは無事逃げることができるはずだ!早く家に―――――


 刹那、さっきまで何も見えなかった左の道路からトラックが差し掛かり、僕の身体を固い金属塊がたたく。ボゴッという鈍い音と、バキバキと骨が軋み折れる音。頭と視界が揺さぶられる。体は自分が走るより早くトラックの前に投げ出される。自分が轢かれたのだと認識して地面を転がり終え仰向けに倒れた直後、それまで感覚がほとんどふきとんでいた自分の身体を煉獄が包むような熱さと痛みが、僕の口から声にならない号哭を出させる。


 暗く黒く赤くにじんでいく視界にありえない角度に曲がった四肢と、端にあのノートを写す。


 どういうことかわからないまま。僕は意識を手放した。







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