ソロモンvsアイザック・ニュートン 3
ソロモン王。
古代イスラエルの最盛期を支えた偉大なる王と評価される裏で、堕落した王とも呼ばれた。
イスラエル王ダビデの不義の関係から生まれた忌み子ながら、父の死後、兄を含めた王位継承権争いに勝利し、王座に就いた。
神の齎した智慧。
悪魔の齎した御業があれば、至極簡単な事だった。
憤怒で我を忘れた者にかまを掛ければ、簡単に落ちた。
傲慢な者にかまを掛ければ、いとも簡単に力を見誤った。
強欲な者に条件を設ければ、物欲しさに簡単に従った。
嫉妬深い者に嗾ければ、勝手に潰し合いをしてくれた。
暴食に汚い者に食べ物を与えれば、あっという間に他の力を衰退させた。
怠惰な者に休養を与えれば、役目を放棄するようになった。
色欲の強い者に女を宛がえば、快楽に溺れて何もしなくなった。
先代と違って内政に重きを置き、外国との交易を広げて国の経済を発展。統治システムとしての官僚制度を確立し、国内制度の整備を行った。軍事面でも他国との外交を率先して交わし、条約を結んで自国を強く育て上げた。
ソロモンの智慧は他国でも知られ、彼自身多くの者と知恵を比べ、彼の世界は、彼が生きる限り広がっていった。
では何故、彼は怠惰なる王と呼ばれたのか?
自身と同じユダ族を優遇したから? 否。
自身の事業を優先して、国民に無理な重税を強いたから? 否。
ユダヤ教以外の宗教を黙認し、他の宗教信者との対立を誘発したから? 否。
自分以外を育てなかったから。
多くの智慧を求めたのも自分のため。国を治めたのも自分のため。国を強国に変えたのも自分のため。全ては、自分自身のため。
彼は自分自身の成長のためなら何事も惜しまなかったが、自分以外の何かに興味を示さなかった。後世を育てなかった。自分以外の事を考えず、あらゆる諍いを黙認した。
結果として彼の死後、イスラエルは南北に分裂。対立関係となってしまったが、彼はそれを知っても、まるで興味を示さなかった。
故に呼ばれる。怠惰な王だと。
「余の悪魔を倒した事が嬉しいか。余の指輪を砕いた事に興奮しているのか。余を追い詰められている事に歓喜しているのか……驕るなよ! 人間がぁぁぁっ!!!」
王の怒号が響き渡る。
魔導書のページが勝手に捲れて最後のページに達すると、噛み切った人差し指の腹から滴る血液を押し付けた。
「最後のページを開け! “
曰く、ソロモンはユダヤ教の秘技が書かれた
本当に?
厳密には、ソロモンは神より指輪もしくはラジエルの書を賜ったとされる。
では、その手に指輪を持つソロモンの持つ書物の正体とは――名は、ゴエティア。作者不明の
七二の悪魔を召喚し、従える術が記されたソロモン専用の
だがその秘奥はまるで別物。
それは悪魔を召喚するでも従えるでもなく、悪魔の力のみを絞り出し、己が身に宿す禁忌。人間を止め、悪魔へとなる術であった。曰く――
「顕現せよ! 『ゲーティア』!!!」
手の中に収まっていた炎が燃え広がり、ソロモンを燃やす。
焼けて、焦げて、黒く染まっていくソロモンの嬉々として輝く目が金色を灯し、大量の灰と煤を被った体は肥大化と収縮を繰り返しながら変貌。
元々備わっていた双眸に加え、全身に七〇の目を搭載した異形の巨躯と化したソロモンは、ニュートンの前に立ちはだかった。
「ベリアルも、ベレトも、アスモデウスも、ガープも、全て余の手駒であり手下! 我が力は、それらを統べる王である! 神に選ばれし者である! 貴様ら他の転生者とは、そもそもの規格が――!?」
不意に、ソロモンの巨体が吹っ飛んだ。
ニュートンの斥力キックが蹴り飛ばしたのだろう。彼の足が、白煙を噴いている。
「リンカーンは言った。主は平凡な顔立ちの者を好むのだ、と。しかし主とやらは、どうやら愚かな間違いを犯したらしい。こんな、他人の力で威張るような
「こ、の……このぉ!!!」
ソロモン――いや、ゲーティアが吠える。
双眸を除く七〇の目から、解き放たれる壊光線。
ニュートンの斥力防壁が全て弾き飛ばすが、ゲーティアは構わずニュートンの顔ほどのサイズの拳をぶつけんと向かって来た。
紙一重のところで斥力が働き、触れられぬまま弾き飛ばされる。
が、壁に足が付いたゲーティアはすぐさま飛び掛かり、再び拳を構えた。
「俺が反応出来ないタイミングでカウンター決める気だろ。馬鹿だな。そのまえにあんたの体が壊れるぜ。叡智の王ソロモンの作戦とは思えないな」
攻めては弾かれ、弾かれた先からまた跳んで来ては攻め、弾かれる。
頑丈な肉体と、人間離れした反射速度を手に入れたが故に出来る強引な作戦だが、愚策だ。
そもそもニュートンは向かって来る拳をいちいち認識してから、斥力バリアを展開してはない。相手が攻め続けるのだとわかったなら、最早自分の周囲に常時バリアを展開し続けていれば済む話。
斥力の加減は確かに必要だが、今までの悪魔らとのやり取りから、必要最低限の力は把握した今、いちいち調整する必要はない。
もうこうなってしまえば、ただの消耗戦だ。
時間は掛かるだろうが、相手の力が尽きるか体が壊れるかするまで待てばいいだけの話――と、周囲の誰もが考えているだろう中で、ニュートンは違和感に気付き始めていた。
斥力は常時展開中。力の加減も把握済み。それは違いない。
だが徐々に、本当に徐々に、本当の本当に少しずつだが、削られてはないか。いやそもそも、斥力を削るとは、概念的にどういう現象を言うのか。いや、そんな事はどうでもいい。
向かって来たゲーティアの眉間に、人差し指を突き立てる。
「“
指先から放たれた斥力が、ゲーティアの巨体を押し退け、吹き飛ばし、壁に叩き付ける。
光線や銃の類ではないので風穴こそ開かないが、陥没くらいはしてもおかしくない。が、残念ながらその手応えはなかった。
ならば――
「“
いくら弾いても効果がない。貫くのも陥没させるのも出来ない。
ならば、閉じ込める。圧し潰す。
全ての臓器、器官を機能しないまで圧縮して、生物的に殺す。
せめて人間として原型を留めておきたかったが、仕方ない。相手はもう悪魔に成り代わったのだ。この際、勝ち方に文句を言ってる場合ではない。
「原型留められないけれど、文句言うなよ、王様!」
【貴様は、先から誰に物を言っている】
「何?! 何が起きたの?!」
ニュートンが、吹き飛んだ。
壁に叩き付けられたニュートンは腹部を押さえて吐血。
血の量から見て、臓物が押し潰されたか。
一体何がどうなってニュートンが吹き飛んだのか、誰にもわからない。
唯一状況を理解しているのはニュートン自身と、この戦いで初めて彼を殴り飛ばしたソロモン――否。
【余は魔王ゲーティア。貴様ら人間より遥か高みに位置する存在である。頭が高いぞ】
自らを魔王と称した悪魔、ゲーティアだけであった。
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