ソロモンvsアイザック・ニュートン 2

 自分の人生について、アイザック・ニュートンは語る。

「何が面白かったのかねぇ……ニュートン力学って呼ばれてるの? 今。それ見つけた時は大興奮だったけどね。自然哲学。数学。物理学。天文学。神学。聖書の研究や錬金術にも手ぇ出して、下院議員とか王立造幣局長とか色々やったし、投資もやったけど、結局、万有引力見つけた時みたいな衝撃はなかったなぁ……学問は好きだったけどね。色々やり過ぎた結果、逆に目的見失った感じかな。だけど、後悔はしてないよ。俺の人生がもし成功した物として語られているのなら、それは常に、願望や目標について考えていたからだ。そうした思考で作られた人生だったからこそ、俺の人生は成功し、異世界転生の権利を得た。そして、この闘争に出る権利を得た。なら見つかるさ! 夢中になり過ぎて、今さっき食事していたのを忘れてた。そんな、極めて興味深い体験がね」

 ビフロンス。

 ウァレフォル。

 ナベリウス。

 ロノウェ。

 再び顕現する異形の悪魔達。

 だが、ニュートン目掛けて突進していった者の頭部から捻じれ、歪み、潰れて爆ぜた。

 ニュートンから生じた斥力の壁がソロモン目掛けて解き放たれるが、ソロモンも同じような力で防壁を展開。ニュートンの攻撃を相殺した。

 フェニックス。

 フルカス。

 キマリス。

 三体の悪魔が、ニュートンを囲う様に現れる。

 巨大かつ鈍重な足が踏み潰さんと落ちて来るが、ニュートンにぶつかる前で止まり、ゆっくりと、しかし確実に跳ね除けられて、徐々にその巨体を持ち上げられていった。

「芸がないなぁ。ただ悪魔を召喚するだけで、自分は高みの見物? 随分と余裕なこった。その余裕を奪ってやれば、少しはこの状況も変わるかな」

「変えられるか? そちめに」

「言ったなぁ?」

 ニュートンの力が、悪魔を皆吹き飛ばす。

 そのまま悪魔の一体を鷲掴むと砲丸投げの要領で振り回し、ソロモンへと投げ付けた。

 が、悪魔はソロモンの目の前で、ソロモンが対処するより先に潰れる。漆黒の体液がソロモンの視界を遮った一瞬。黒い体液を貫く壊光線が、ソロモンの体を貫いた。

 ソロモンの命を守った代償として、二つ目の指輪が砕け散る。

「あんたが悪魔の地位や序列じゃなく、率いる軍勢の総数から順に出してんのは見当が付いてんだ。だったらとっとと出したらどう? 七二柱の中でも圧倒的軍勢を率いた悪魔、パイモンを! でないと……先にあんたが死んじゃうぜ」

 どういう原理か。最早理解する事など諦めた。

 翼を持たない人間が、どうやって宙に浮いているかなど、今はどうでもいい。

 問題は今の一瞬の間にどうやって、ニュートンが戦場の表層を引っぺがしたかだった。剥がされた瓦礫が浮遊して、ニュートンを中心に土星の環が如く回っている。

「“我仮説を作らずプリンキピア”」

 ニュートンの周囲で回っていた瓦礫が、速度を増して回転。火を灯して火球となると、散弾の如く解き放たれる。

 一つ一つが数十枚に重ねられた鉄板を軽々と貫通する威力。

 対してソロモンが展開したのは、これまで繰り出したのとはまた異形の、しかし人の形をわずかばかりに有した悪魔による結界だった。

 全ての火球を受け止め、砕き、防ぎ切る。

「そちの考察通り、余は悪魔達が従える軍団の数が少ない順に繰り出していた。御し切れる軍団の数即ち、その悪魔の力量だからな。だがそちめを仕留めるのに、軍団数四九以下の悪魔では相手にもならぬと判断した。これから先の戦いは――」

「防壁の向こうだからか? 変に流暢になったな。そんなところに閉じ籠ってないで、さっさと出てきたらどうだ? そぉらっ、来いっ!」

 ソロモンの体が引き寄せられる。

 結界の有無など関係ない。結界も、悪魔の存在すらも無視して引き寄せられる。

 結界にぶつかって、それでも尚引き寄せられる力に押し潰されそうになったソロモンは悪魔を向かわせ、ニュートンの術を解かせるために交戦させた。

 黒馬に跨った獅子の騎士、サブナックの槍がニュートンへと向けられて、繰り出した先端から捻じ曲がる。

「マリ・キュリーは言った。人生において、恐れるものは何一つとしてない。全ては理解されるもの。そしてその恐れがより小さくなるように、今、更に理解を深める時だ、と」

 サブナックの体が、跨る黒馬ごと弾き飛ばされる。

 壁に衝突した体は四散し、粉々に砕け散った。

「これまで召喚された悪魔の形状、形態、在り方から、大体の悪魔の特性は理解出来つつある。研究者の前に未知を放りだした結果を、考えなかったおまえの浅慮が生み出した結末だ。あまんじて、受け入れるがいい」

 ブエル。

 獅子の頭に山羊の脚が付いたそれは、四つの脚を高速で回転させて車輪の如く走る。

 自ら飛んだニュートンはブエルの背後から斥力を籠めたパンチを繰り出し、顔面から転倒したブエルの上に降りると、数十トン単位の重力で圧し潰した。

 同時、引力と結界とに押し潰されたソロモンの指輪が砕け、体は転移。圧し潰されたブエルの肉塊から這い出て来たソロモンの手はニュートンの足首を捕まえ、召喚した大蛇の悪魔ボティスに丸呑みにさせた。

 体内に秘められた猛毒は、激痛を齎す神経毒。呑み込まれれば最期、絶対に生きて帰って来れはしない――

織田おだ信長のぶながは言った」

 蛇の巨体が爆ぜる。

 飛び散る猛毒はすぐさま揮発し、ソロモンの手によって巨体諸共一瞬で消え去った。

 猛毒の一滴も浴びてないニュートンの両手に、赫と蒼の光が宿る。

「絶対は、絶対にない」

 斥力あか引力あお。混合、重力球むらさき

「“死没生誕グレゴリオ・ユリウス”」

 斥力と引力。二つの相反する力を混ぜ合わせて作った超巨大重力球。

 解き放たれたそれは躱すのは容易な速度だったが、会場の規模が回避を許さない。

 かと言って受け止めきれるのかと問われれば、それは容易に頷ける規模ではない。ソロモンの有する悪魔の中でも、高位の存在を召喚せねばならなかった。

「招来……アスモデウス」

 右肩に牛、左肩に羊の頭部を模した鎧。

 臀部から生える尾は舌を鳴らす蛇で、ガチョウの脚で跨るのは巨大な龍。

 大地を断ち切らんと抜いた巨剣を両手で握った悪魔は、ゆっくりと落ちて来るむらさきの光へと巨剣を振り被った。

「“悪魔の激昂アエーシュモー・ダエーワ”!!!」

 振り下ろされる巨剣。

 衝突する茈の光。

 会場を満たす全てが消え、対戦する両者の姿形だけが残っていた時、砕け散ったソロモン四つ目の指輪が、彼の指から滑り落ちた。

「そろそろ本気出したら? 王様ぁ。本気を出す暇もなかったから負けた、なんて、何の言い訳にもならないぜ。それとも、これが王様の本気? だとしたら……

 虚勢ではない。

 挑発の意味合いも、恐らくはない。

 本気なのだ。本気で嘲り、罵り、蔑んでいるのだ。

 これまでの戦いで、ニュートンはソロモンを自分より下と評価した。ただそれだけなのだ。

 ブラフでも作戦でもない純粋な嘲り。何の裏もない他の意図もない言動が、ソロモンの機嫌を逆撫でた。

「そうか……余の悪魔を倒した事が嬉しいか。余の指輪を砕いた事に興奮しているのか。余を追い詰められている事に歓喜しているのか……驕るなよ! 人間がぁぁぁっ!!!」

 王の怒号が、会場中に響き渡る。

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